4 過去と伝承
エルヴィア達は、村長の家に招かれた。
オカルとマユザも、その席に加わった。
「まさか、ロルドの子が再びこの村に訪れるとは……これも〝スーラ=マナ〟の導きやもしれぬな」
〝スーラ=マナ〟とは、なんだろう?
「スーラ=マナとは、マナを見出す者、という意味だ。マナの力を自在に操る賢者の名で、魔女や魔術師の祖ともいわれておる」
部屋の奥の椅子に腰掛けた村長が言った。
「その『スーラ=マナ』も、ディの民のひとり……なのですか?」
エルヴィアが尋ねる。
「そうではない。言い伝えの中にその名が出てくるが、ディの民であったとは伝わっておらんでな」
村長は咳払いをすると、再び低い声で語り始めた。
「その指輪の話だったな。ロルドの遺品だそうだが――」
「ええ……父は、今年の春に息を引き取りました」
「そうか――」
村長は、窓の外の景色を眺める。
「もう三十年以上も前の話だが――ロルドは突然、この〈細工人の村〉へやって来たのだ」
細工人の村――
つまりは、魔装品を作る者達の村、ということか。
「ロルドは若い女を連れていた。西の民でも、ディの民でもない。浅黒い肌の、闊達な娘だった」
それは――エルヴィアの母ではない。
「ロルドとその女は、まさに今、お前さんがしている指輪を見せて言った。『この指輪を預かってはくれぬか』と――」
どういうことだろう?
エルヴィアは、村長に話の続きを促した。
「聞くところによると、指輪は、その女の故郷から持ち出したものだという」
「持ち出した……?」
「なんでも、『災いを呼ぶ指輪』と言うておったな」
災い――
それは、エルヴィア自身、腑に落ちる話だ。
多くの苦難や悲しみは、この指輪から始まったのだから。
「――この指輪には、悪魔の力が宿っているのです」
村長は、エルヴィアの目をじっと見つめる。
「恐ろしい力です。父やその女性は、そのことを知っていて、指輪を預かれと言ったのですか?」
エルヴィアの問いに、村長は首を横に振る。
「それは分からん。だが、〝災いの指輪〟などというものを預かることはできんかった。どうにも馬鹿正直な者達だったのう」
村長は、初めて表情を和らげた。
皺だらけのその顔は、昔を懐かしんでいるようだった。
「割り込んで悪いけど――」
隣に座っているアニスが口を開く。
「この〈神の遺物〉というのは、そもそも、どういうものなの?」
アニスは首巻きをずらして、己の首に埋まった宝石を晒す。
「これ、取ろうにも取れないのよ。エルの指輪もそう。呪いかなにかかしら?」
それはエルヴィアも気になっていた。
ムースカリトゥが死者の街で手に入れた〈遺物〉も、彼女の身体を蝕むように同化してしまった。
だが、ネラやママナの〈遺物〉はそうではない。
その違いは、なんなのだろう?
「儂らも、詳しいことは知らん。だが、スーラ=マナの業であることは、おそらく間違いあるまい」
「スーラ=マナ、ねぇ……」
アニスは首元の宝石に触れながら呟く。
「ねえねえ、そのスーラ=マナってさぁ……」
ネラが片手を上げる。
「今もどっかにいるのかな? 直接、話とか訊けないかなぁ」
「あくまで、伝承の中の存在だが――」
村長が応える。
「ディの民の中には、魔術を究めるため、スーラ=マナの知識を探し求めて旅をする者もおったのう」
エルヴィアは、再び村長に尋ねる。
「その方々とは、今も関わりはあるのですか?」
「いや……近頃はめっきり便りも減った。ディは各地へ散り、他の民と交わった。その源流を色濃く残すのは、儂らくらいかもしれん」
ディはもはや、消えゆく民なのか――
「……なんか、暗くない?」
マユザが突然、不満げな声を上げた。
「ホント、年寄りは後ろ向きなことばっかり言うんだから!」
その場の皆が、虚を突かれたように沈黙した。
「あたし達は、まだ先がある若者なんだからさ。『もう終わりじゃあ』みたいな空気を出さないでほしいよ!」
マユザの苦言を聞いたネラが、思わず吹き出す。
「笑い事じゃないよ! こっちには未来があるんだよ。ようやく大人になって、これからって時にさぁ……」
村長が苦笑する。
「いや、すまんかった。年を取るとつい、なにごとも悲観してしまうわい」
マユザという娘は、まるで夏の太陽のようだとエルヴィアは思う。
「そうだな……これからは、お前たち若者が時代を作ってゆくのだ。ロルドの子を連れてきたのも、そのきっかけやもしれんな」
少し張り詰めていた空気が、和らいでいた。
「マユザ、あなたはとても素敵な娘だと思うわ」
「え、本当に? そう言われると、なんだか照れるなぁ……」
「本当よ。あなたがいれば、どんなわだかまりも、溶けて消えてしまうような気がする」
傍らのオカルが「それは褒めすぎじゃないかなあ」と茶々を入れると、マユザはまた頬を膨らます。
父も、この村で、こんな風に笑ったのかもしれない。
この笑顔こそ、父が求めたものだったのだろうか。
エルヴィアの心の奥に、小さな希望のようなものが生まれつつあった。
それは暖かく穏やかで、力強いなにかを与えてくれる気がした。




