10 新しい家
エルヴィアはママナと共に、東の地の拠点を目指す
「そうですか、サルディーン家の……」
二頭の馬が、東の地をゆっくりと進んでいる。
馬上にはエルヴィアと、ママナの姿があった。
「その頃、ママナは各地を放浪していましたねぇ」
東方の拠点への道中、エルヴィアとママナは互いの身の上を話した。
「ママナは、なぜ修道院を出て放浪を?」
「教会、そして貴族が支配する社会に失望したのです」
その理由を、ママナは滔々と語った。
ヴァーガルト家は代々、聖職者を多く排出する貴族の家だという。
だがママナは女子だったので、他家へ嫁ぐことになっていたらしい。
「そこで粗相をして、修道院に送られてしまったのですねぇ」
「粗相って、一体なにを?」
「お相手があまりに無礼だったので、暴れてしまいましたぁ」
実に、ママナらしい話だ。
「修道院では、真剣に神の教えを学びましたよ。古文書を読み漁り、機会があれば司祭とも教義について議論しました」
しかし、彼女は〝真面目過ぎた〟そうだ。
「ママナは歴史が好きでした。さらに深い知識を求めて、魔術師や魔女に、古い伝承を聴きに行ったりしました」
「なぜ、彼らに?」
「あの方々は、〈魔術〉を生み出した古代人の末裔。白い肌と白金の髪を持つ我々より先に、この土地で暮らしていた民なのです」
それは、本当のことなのか――
単なる伝説だと思っていたが。
「今、そんなことを標榜すれば、間違いなく殺されますよ。彼らはかつて、北西の海から来た我々の先祖に侵略された民の子孫です」
貴族は〝侵略者〟だったということか。
「少し昔であれば、誰でも知っていた話だそうです。ですが今、貴族は〈アゼリア聖教〉の教えを広め、その事実の隠蔽を図っている」
『ああ、我はこの血が呪わしい! この身に流れる略奪者の血が!』
あれは、そういう意味だったのか――
『おそらくは、まつろわぬ者達との融和を目指していたのやもしれません』
ルバエドの言葉がよぎる。
父も、そのことを知っていたのかもしれない。
「そういった諸々を知ったママナは、教会の司祭やお偉いさん相手に、馬鹿正直に議論を吹っかけたのですねぇ」
「なんというか……真っ直ぐなのね、ママナは」
「真っ直ぐ、ひたむきに――が信条なのですよ」
案の定、煙たがられた、とママナは語る。
「怒りましたよ、ママナは。奴らは、小さき人々を救う、なとど言いながら、実際は弱き者達を踏みつけにし、土地を奪った歴史をひた隠しにしている!」
ママナの声が、だんだん大きくなる。
「まあ結局、ママナは暴れすぎて破門になりました。家に帰ってもどうせ理解は得られずに叱られる。ならば――」
教会が秘蔵する〝凱歌の杯〟を奪い、悪辣な体制を滅ぼすと誓ったという。
恐ろしい行動力だ――
エルヴィアの胸の奥が痛んだ。
彼女は、あまりにも真摯で、同時に不器用だったのだ。
「その後は、さらにこの土地のことを深く知るために、各地の古老を訪ねて回ったのですよ。その過程で、多くのことを知りました」
エルヴィアは心から願う。
孤独に戦い続けた彼女の信念が、いつか報われることを。
「東方のエルフ、ですか? 彼らと会うのが楽しみですねぇ。古い時代の生き証人は、貴重な存在です」
馬は黙々と歩みを進める。
ママナの話題は、夜まで尽きることはなかった。
†
ようやく、東の地の拠点に到着した。
一週間ほど離れただけだったが、随分と懐かしく感じる。
「あっ、エルが帰ってきた!」
ネラが手を振って出迎える。
「ネラ、ただいま」
「ん? その娘は――?」
馬から降りたママナは、ネラに急接近する。
「あなたがネラ様ですか! エル様からお話は伺っておりますぅ!」
ネラは、ママナの勢いにたじろぐ。
「ネラ様……?」
「なんでも魔女でいらっしゃるそうで。んんっ、確かに、その衣服といい、装飾品といい、前にお会いした魔女の方にどことなく似ていますねぇ」
困惑するネラにママナを紹介した後、エルヴィアは他の仲間の姿を探す。
拠点の家の影から、ミノークが姿を現した。
「ミノーク、遅くなってごめんなさい」
エルヴィアは、背負い袋から数冊の本を取り出す。
「なるべく簡単なものを持ってきたわ。事情があって、しばらくあちらには戻れないけど、そのうち誰かに残りの本を運んでもらうつもり」
ミノークとネラは嬉しそうに頷き、さっそく本を捲っている。
夢中になるふたりを見て、エルヴィアはようやく、ひと息ついた。
「拠点も、だいぶ整ってきたみたいね」
「うん、もう普通に暮らせるよ。皆、頑張ったからね」
新しい、仲間達の家だ。
エルヴィアは祈る。
たとえ束の間であっても――
ここがママナにとって、皆にとって安らげる場所であるように、と。
†††
第5章「離郷の灯火」終




