8 信念と孤独
「しかし、この街は一体なんなんだ?」
カルスが首を捻る。
「死霊がそこら中に徘徊し、おまけにあんな大物まで――まるで死者の街だ」
膝をついていたママナが立ち上がる。
「なにも知らずに来たんですかぁ?」
「……お前は知っているのか?」
「いいえ、全然」
それにしては、迷いなく進んでいたようだが――
「ただ、こういう妙な場所には大抵〈遺物〉がありますからねぇ」
そう――ママナも〈遺物〉を探しているのだ。
修道女だった若い女が、教会の本拠地から〈遺物〉を盗み出し、さらなる力を求める――
一体、どんな事情があるのだろう。
「ママナ――あなたは〈遺物〉を集めて、どうするつもりなの?」
エルヴィアが問う。
「……知りたいですかぁ?」
「ええ」
「ならば、そちらにも明かしてもらわないとぉ」
まだこちらを警戒している――
パリオの仲間、というだけでは信用できないのだろうか。
「〝遺物持ち〟がふたり……しかも、だいぶ禍々しいのをお持ちです。ママナが言うのもなんですが、マトモじゃないですよ、あなた方」
エルヴィアは口ごもる。
それを見て、カルスが切り出した。
「――俺達は〝闇のギルド〟だ。陽の光の下を歩めぬ、逸脱者の集まりだ」
「はあ。ゴロツキの集団ですか。それがなぜ〈遺物〉を狙うのです?」
「……居場所のない者達が、生き残るためだ」
「フッ、答えになっていませんね!」
ママナはカルスを嘲るように笑う。
「生きるためというなら、盗みや略奪でもしていればいい。わざわざ〈神の遺物〉に関わる意味が分かりません」
確かにそうなのだ。
闇ギルド――いや、カルスは〈遺物〉、そして〝東の地〟に異様に執着している。
それはきっと、父と関係しているはずだ。
カルスと父――
ふたりの間には、ことのほか強い繋がりがあったのではないか。
「世界に拒まれた者達のためだ――このままでは、力ある者だけが益々栄え、力なき者は苦しむためだけに生きることになる」
「このままでは? 随分と呑気な話ですねぇ!」
ママナの目に怒りが灯る。
「この世界はとっくに、強者――いえ、おぞましき外道達に牛耳られている!」
興奮するママナの声が、聖堂に響き渡る。
「教会、そして貴族! それこそが、世の欺瞞の根源!」
ママナは元・修道女であり、貴族でもある。
信仰と出自を否定すれば、もはや彼女は何者だというのか。
「ああ、我はこの血が呪わしい! この身に流れる略奪者の血が!」
ママナの感情が昂る。
「いずれ、我は真実の神の力をもって、悪を滅する! 奢った略奪者達がその血族によって滅ぼされるのです! 実に滑稽ではありませんかぁ!」
これ以上放置すると、歯止めが効かなくなる――
「つまり……教会や貴族による支配体制を打破するために〈神の遺物〉を求めている、ということか?」
「そうですよぉ。あ、つい喋っちゃいましたねぇ」
カルスが溜息をつく。
「お前の考えは理解した――だが、それをたったひとりでやるつもりか?」
「やりますよぉ。文句あるんですかぁ?」
「文句ではないが……」
〈遺物〉の力をもってしても――
さすがに教会という巨大組織に単身で立ち向かうのは無謀というものだ。
「ママナ、聞いてくれ。その志は否定しない。だが、ひとりでは無茶だ」
カルスは、まるで敵に挑むかのような表情で、ママナに言い放つ。
「仮に力で打ち勝てたとして――その先はどうする?」
ママナは目を細める。
「さあ……ママナは悪が消えればそれでいいのです」
「そうか。だが、俺は悪が消えることなどないと思う」
鈴の音が聞こえる――
ムースカリトゥが、死者を弔っているのだ。
「本来、人は誰しも弱いものだ。そして、善も悪も抱えて生きるのが人だ。純粋な正義など、幻想の中にしかない」
「では、あなたはどうするというのです? ただ寄り集まって、肩を抱き合うだけですか?」
「そうさ――情けない話だが、今はそのくらいしか思いつかない」
ママナは呆れたようにそっぽを向く。
だが、その瞳はなぜか、とても悲しげだ。
「死者は孤独」
ムースカリトゥの声がした。
幼く、涼やかな響きだ。
「誰しも死ぬ時は孤独だ。死は寂しい。独りは、死んでいるのと同じ」
黒ずくめの少女は、まるで預言者のように語った。
「……ママナ、私達と一緒に来ない?」
エルヴィアも語りかける。
「なぜ、ママナに構うのですか……」
少し、声が震えている。
「ママナを憐れんでいるのですか?」
「いいえ――」
乱れた髪を整えて、エルヴィアは言う。
「あなたを放っていったら、パリオに怒られちゃうかもしれないから」
「フッ、なんですか、それ」
その微笑みは、まるで別人の顔に見えた。
「全然、納得できる答えじゃないですが……まあいいでしょう」
ママナは戦鎚を大儀そうに担いだ。
「叔父様には、なにも言わずに出奔してしまいましたからね。ご挨拶くらいしなければ、不義理というものです」
ゆっくりと足を踏み出した彼女の瞳は、また元の淀んだ色に戻っていた。
「さ、早く案内してください。あなた方の〝居場所〟へ――」




