4 死が彷徨う街
闇ギルドの一行は、サルディアで旅の支度をし、砦の町へ出発する
エルヴィア、カルス、そしてムースカリトゥの三人は、探索の準備を整え、馬に乗って砦の町へ向かった。
自分の屋敷から馬を手に入れられたのは幸運だった。
近頃は長距離を移動することも多く、毎度のように馬車を探すのも億劫になってきたところだった。
砦の町までの移動は一日で済んだ。
馬を厩舎に預け、その日は町で夜を明かした。
翌日、朝早くに隠れ家の通路から、モルディレインへ侵入した。
「ムース、先導してくれ」
カルスが頼むと、ムースカリトゥは黙って頷いた。
三人は、真っ直ぐ東へと進む。
東への道は、平坦な草地で、森や林に分け入る必要はなかった。
周囲に魔物の気配もない。
「見通しが良くても油断はするな。なにが起こるか分からん」
カルスに心の内を見透かされた気がして、杖を握る手に少し力が入った。
†
半日ほど歩くと、やがて目的地が見えてきた。
石造りの街――
見渡す限り、灰色の建物が続いている。
王都と同じくらいの広さかもしれない。
「広大だな……」
カルスが呟く。
「見たところ随分と荒れているが、人は住んでいるんだろうか」
これだけの文明があったというのに、今まで〝こちら側〟と関わりがなかったのも不思議な話だ。
父は、この街の存在を知っていたのだろうか――
「ともかく、進んでみよう」
カルスの一声をきっかけに、三人は再び歩き出す。
街の入口には、巨大な石のアーチが組み上げられていて、その脇には、やはり石造りの監視塔がそびえ立っている。
エルヴィアは、少し緊張しながらアーチを潜った。
街を散策しながら、いくつかの建物を調べてみたが、どうにも様子がおかしい。
「この街……生活の跡がまるでないわ」
人が暮らしていた痕跡が見当たらないのだ。
無論、人そのものの姿もない。
「なんらかの原因で、滅びた文明なのか……?」
カルスも頭を捻っている。
「ん」
ムースカリトゥが小さな声を上げた。
彼女の視線の先を見ると――
「ああ……」
ようやく〝人〟を見つけた。
だが――
「オリド・ガードか……」
そこに倒れていたのは、衛兵の亡骸だった。
「まだ新しい骸だ。最近、街に入った者達だな」
カルスが亡骸を調べる。
「これは酷いな……大型の鈍器で殴られたようだ」
亡骸はひとつではなかった。
四、五人の衛兵が、石畳の上で無惨な姿を晒している。
「切創もある。おそらく剣の傷だな。ふたりとも、敵がいるかもしれん。十分に注意してくれ」
エルヴィアの鼓動が早まる。
周囲を見回すが、動くものはない。
ふとムースカリトゥを見ると、道にしゃがみこんでいる。
「ムース、どうしたの?」
ムースカリトゥは立ち上がり、足元を指差した。
そこには、塩のように白い粉末の山ができている。
「なんだ、その粉は……?」
カルスが尋ねると、
「多分、骨――」
ムースカリトゥが、鞭の柄で粉末をかき回しながら言った。
骨の粉末――だというのか?
「どうして、そんなものが……?」
背筋に、嫌な感覚が走る。
気づけば、ムースカリトゥは粉末を掬い集め、革袋に詰めている。
その姿を見て、じんわりと汗が吹き出た。
「俺達も、招かれざる客人なのかもしれん。ムース、まだ進むか?」
カルスが問うと、ムースカリトゥは当然のように頷いた。
三人は、いつ襲われてもいいように、慎重に進む。
やがて、前方の道が途切れた。
よく見ると、その先は下りの階段だ。
「待て――」
カルスが声を潜めて行く先を遮った。
「あの下に、なにかがいる」
耳を澄ますと、確かに物音が聞こえる。
カルスは、中腰の姿勢で静かに階段へと近づいていく。
階段の脇に設えてある柵の前に至ると、こちらを振り返って手招きした。
エルヴィアとムースカリトゥも柵の前に移動する。
そこから眼下を見下ろすと――
(あれは――)
死霊の集団――
そして、それと対峙するのは、ひとりの人間だ。
顔は、外套のフードに遮られて見えないが――
その両手には、大きな戦鎚が握られている。
「神聖――」
澄んだ女の声がした後、戦鎚が白く光り輝いた。
一瞬、目の錯覚かと思ったが、間違いない。
黒い外套をまとった人物は、戦鎚を勢いよく振り回す。
一体の死霊が殴られて吹き飛んだと思うと――
立て続けに、二体、三体と、信じがたい勢いで戦鎚になぎ倒されていく。
だが――さらに驚いたのは、その後だ。
殴られた死霊は、白い炎のようなものに包まれたかと思うと、そのまま燃え尽きた炭のようにボロボロと崩れていった。
崩れた死霊達は、やがてさっきの白い粉へと姿を変えていく。
エルヴィアは震えた。
起こった出来事に、頭が着いていかない。
「誰ですかぁ?」
再び、下から女の声がした。
「隠れても無駄ですぅ! 出てこないと殺しますよぉ?」
この状況に全く似つかわしくない、頓狂な声が響く。
「仕方ない……出よう」
カルスは観念して、立ち上がる。
続いて、エルヴィアとムースカリトゥも、その身を晒した。
こちらを見上げる人物の青い目を見て、エルヴィアはぞっとした。
その女からは、まるで感情というものが見えない。
死人を屠った女の表情は、〝闇〟そのものだった。




