3 黒い少女の誘い
生まれ育った屋敷に別れを告げたエルヴィアは、闇ギルドの隠れ家へ戻る
エルヴィアは、馬を駆ってサルディアへ向かった。
その道行きは、否応なしに〝あの夜〟を思い出させた。
闇ギルドの隠れ家に着く頃には、空が赤く色づいていた。
近頃は、この時間になっても寒さはない。
もう、夏がやって来るのだ。
隠れ家の扉を開けると、そこにはドグとムースカリトゥがいた。
ふたりに会うのは久しぶりだった。
「おう、やっと帰ってきやがったか」
ドグは椅子にふんぞり返っている。
「こちらのムース様が、あんたに用事だとよ」
珍しいこともあるものだ。
ムースカリトゥとは、あまり関わりがない。
もちろん、エルヴィアが闇ギルドに入って日が浅いせいもあるが――
「ムース、一体どうしたの?」
尋ねると、ムースカリトゥは一言、
「説明」
と、ドグに言い放ち、口を閉じた。
「結局、俺様が説明するのね……」
まるで全てを諦めたかのように、ドグは天井を仰いだ。
「こないだのことだが、例によって、東の地を探索していたのさ」
ドグが椅子に座り直して言う。
「盲点だったんだが、砦の町の東側の出口――そこから続く道を全く探索していないことに気づいてね」
確かに、東方の探索は、いつも隠し通路の出口から始まる。
「もちろん、堂々と門を通るわけにもいかんので、〝裏〟から行ったがね。まあ、多少回り道をして東へ進んだのよ」
ドグが話していると、ムースカリトゥが足踏みを始めた。
「待てって。話には順序ってモンがあるだろうが――」
どうやら「要点だけ話せ」と言いたいようだ。
「まあ、手短に言うとだな、その先には石造りの街、なのかな、あれは? とにかく広ぉい敷地があったのさ」
街――ということは、なにかしらの文明が存在しているのか。
「だと思うが、人の姿はなかった。これがまた、不気味な雰囲気でねぇ」
ドグは、いかにも嫌そうな顔で語る。
「あんな場所を探索するには、できるだけ大勢いた方がいいってことで、嬢ちゃんに助けを請うているってワケだ、うん」
探索の手伝いか。
できれば、早めに拠点に戻りたかったが――
「聞けば、オリド・ガードが東の地に入るなんて話もあるじゃねぇか。ソイツらとかち合ったら、ロクなことにならんと言ったんだが……」
もう、そんな噂が立っているのか。
「このムース様曰く、あの街は〝死の臭い〟がプンプンするそうだ」
「死の臭い……?」
「ああ。だから、どうしても行くってゴネて聞かねえのよ」
ムースカリトゥは〈遺物〉の力で死者を操る。
やはり、〝死〟にまつわるものに惹かれるということか。
「〈遺物〉に捧げる〝骨〟を調達したいらしいのさ。状態の良い骨じゃなきゃ、使えないらしいのよ」
なるほど、そういう事情があったのか。
ふと、ムースカリトゥを見ると、こちらを凝視している。
彼女に見つめられると――なんだかとても、断りにくい。
エルヴィアは、少し考えてから口を開いた。
「ムース――手伝うのはいいけれど、少し待ってもらえる?」
ムースカリトゥは首を傾げる。
「東の拠点に戻らなければならないの。それに、オリド・ガードのこともあるし、一度、カルスにも相談してから……」
突然、入口の扉が開いた。
「エル、帰っていたか」
入ってきたのは、件のカルスだった。
少し息を弾ませている。
「ええ――なにかあったの?」
「オリド・ガードが東の地へ侵入した」
ドグとエルヴィアは、同時に驚きの声を上げた。
「随分、急な話ね……」
「噂が広まってしまったから、邪魔が入る前に決行したのかもな」
ドグがテーブルに肘をつく。
「しかし、奴さんら、なにしに東へ行くってんだ?」
「もちろん〈遺物〉探しだろう」
カルスが答える。
「そもそも、前の辺境伯がやろうとしていたことだ。それを今、独断で進めているんだろう」
オリド・ガードが東へ入るとなると――
「カルス――ムースの話は聞いた?」
「ああ、不気味な〝街〟の話か?」
「オリド・ガードの進路も、そちらなのかしら?」
「分からんが……その可能性は高い。比較的、平坦な道が続いているというしな」
カルスは腕を組んで考えている。
がたり、と音がした。
ムースカリトゥが椅子から立ち上がり、カルスを見る。
カルスはその視線を受けながら、逡巡していたが、
「……そうだな、勇み足かもしれないが、放置すれば遅れをとるばかりだ」
そう言って、顔を上げた。
「皆、俺と一緒に、その街とやらへ行ってみよう」
予定が狂ってしまうが――
ギルドマスターのカルスの判断なら、協力せざるを得ないだろう。
エルとムースカリトゥが頷く。
「お、俺様はちょっと、予定がありますんでねぇ……そろそろ、お暇させてもらいますぜぇ」
椅子から立ち上がったドグを、ムースカリトゥが冷ややかな目で見つめていた。




