2 過去と行く末を胸に
エルヴィアはルバエドと共に、サルディーンの屋敷へ赴く
懐かしい匂いがする――
部屋に入った途端、長い夢を見ていたような気持ちになった。
「ありがとう、ルバエド……我儘を聞いてくれて」
エルヴィアは、かつての住処であるサルディーンの屋敷の自室にいた。
あの後、本を取りに行ってもらうよう、無理を承知でルバエドに頼んだのだが、
ならば共に屋敷へ戻ろうと持ちかけられたのだ。
『出来る限り、屋敷は元の状態を保つよう努めております』
ルバエドの言葉のとおり、自室は〝あの夜〟のままだった。
人生が一変してしまった、あの夜――
本棚を眺めながら、エルヴィアは尋ねる。
「あなたは――闇ギルドについて、以前から知っていたの?」
部屋の入口に立つルバエドが答える。
「はい。あのギルドは、旦那様が内密に援助していた組織なのです」
「それは聞いているわ」
本を一冊手に取り、その表紙を捲る。
「お父様は……一体、なにをしようとしていたのかしら?」
「旦那様は、広い視野でものを見るお方でした」
ルバエドの視線がエルヴィアの目とかち合う。
「はっきりと私に語られたことはありませんが……おそらくは、まつろわぬ者達との融和を目指していたのやもしれません」
〝まつろわぬ者達〟――
闇ギルドの仲間や、東の地に生きる民達の姿が心に浮かんだ。
「――エルフやドルイドとの交流が深まりつつあるそうですな」
「ええ」
「お嬢様の提言がきっかけだと、カルス殿から聞きました」
あの時は、本当に後先を考えてはいなかった。
ただ――彼らの生き様を見て、そうしたいと思ったのだ。
「以前は――」
ルバエドが口を開く。
「お嬢様は、お母上の面影が濃いと思っておりましたが、今は、お父上の眼差しに近いものを感じます」
母に似ているとは、よく言われた。
物心ついた時から、病床にあった母。
それに引っ張られていたのか、エルヴィア自身も屋敷に籠りがちな子だった。
気づけばもう、家族はいない。
この、がらんとした家に帰って、今更その事実を肌で感じた。
闇ギルドの皆も、そうなのだろうか。
家族と別れて――
あるいは、初めから家族などいなくて。
その隙間を埋めるように、人を求め、寄り集うのか。
「出過ぎたことと承知で、申し上げます」
ルバエドが一歩前に出る。
「オラーク様に替わり、エルオリドの領主となるお気持ちは、ございませんか?」
エルヴィアの命を狙う者は、今はもう、いないかもしれない。
だが、やはり首を縦に振るわけにはいかなかった。
今も夢に見る、〝彼女〟がそれを許してはくれない――
「ベルアシーリアを知っている?」
「……はい」
「あの子を〝選んだ〟のは……あなたね?」
ルバエドは無言で頷く。
彼が現れてすぐ、そのことを考えた。
ベルアシーリアのことは、好きではなかった。
反りが合わないのは勿論、随分と酷い扱いを受けた。
エルヴィアが屋敷に籠りがちになったのも、ほとんど彼女が原因だった。
ルバエドも、それを知っていたのだろう。
エルヴィアが、自ら身代わりに手を下すと言いだしたせいで、因縁のある彼女が選ばれたとすれば――
それは無慈悲な運命の悪戯だ。
「私はあの夜、エルヴィア・サルディーンとしての人生を捨てた。今はもう、闇ギルドの召喚術師〝エル〟なのよ」
ルバエドの視線に、もう怖さは感じなかった。
彼は、静かに頷いた。
「私から、最後の我儘を言ってもいい?」
「ええ、なんなりと――」
「この部屋にある本を、出来るだけ多く、サルディアの隠れ家へ運んでほしい」
数冊は、自分でネラ達の元へ持っていくつもりだが、一度に全部は難しい。
「この屋敷にもう、主はいない。ここにある物は、あなたが自由にしてくれてかまいません」
ルバエドは口を固く結んでいる。
「今まで、この家を守ってくれて、ありがとう」
かつての執事長は、エルヴィアに膝をついた。
いくつかの本を選び終え、背負い袋にしまう。
ルバエドをその場に残し、屋敷の入口へ向かう。
生まれ育った家を見上げ、少しの間、立ち尽くす。
二度と戻ることはない日々が、次々と胸の内を巡っていく。
奪われたもの、奪ったもの。
永遠の別れと、新たな出会い。
全てを背負い、人は生きるのだろう。
随分と長く、そこに立っていたことに気づく。
エルヴィアは、急いで馬を繋いである厩舎へと向かった。




