1 予期せぬ再会
エルフの集落が襲われてから、一月ほどが経過した。
マン・キンフを中心とするエルフ達は、悩んだ末に、エルヴィア達と協力する道を選んだ。
なにより、自分たちの住処を守ってくれたという事実が大きかったようだ。
あれからハイエルフ達とは、良好な関係を築くことができた。
互いの知識を交換したり、ダークエルフの危機についても議論した。
闇ギルドの拠点作りも、ハイエルフ達が手を貸してくれている。
拠点作りで少し困ったのは、ミノークが口を利けないことだった。
聴くことに問題はないのだが、ミノークからなにかを伝えたい時に、喋れないのは少し不便だったのだ。
そこで、エルヴィアは〝文字〟を教えることを思いついた。
ミノークが読み書きを覚えれば、意思疎通が楽になる。
初めは地面に文字を書いて基礎的な言葉を教えたが、複雑な表現を伝えるとなると、それだけでは難しくなってきた。
「エルオリドに戻ろうと思うの――」
エルヴィアは、ギルドの仲間達に告げる。
「カルスに報告するついでに、屋敷にある私の蔵書を持ってきてもらえないか、訊いてみるわ」
エルヴィアの生家であるサルディーンの屋敷。
そこは、父が殺された現場でもある。
今、屋敷がどうなっているかは知らないが、子供の頃に、読み書きを学ぶために使った本などは残っているかもしれない。
「アタシも文字、教えてもらおうかな……」
ネラが少し恥ずかしそうに呟く。
「前に、高位の魔女になる勉強をしようとしたけど、文字が読めなくて諦めちゃったんだよね」
それは知らなかった。
ミノークと一緒に、ネラにも文字を教えてあげれば喜ぶだろう。
そう思うと、エルオリドへ帰るのが急に楽しみになった。
†
エルヴィアは数日かけて、サルディアの町へ戻った。
ひとりで戻るのは、さすがに危険だと言って、アニスも同行してくれた。
隠れ家には、丁度カルスがいた。
「帰ったのか……拠点作りの進捗はどうだ?」
「予想よりだいぶ順調よ。エルフが協力してくれているし」
アニスが答える。
「エルフ達と関係を築けたのは大きな収穫だな。よくやってくれた――」
カルスの表情が、どうにも優れない。
なにがあったのか尋ねると――
「実は、オリド・ガードの一部が造反を企てている疑いがある」
造反――?
「オラーク卿への不満が募っている。先の吸血鬼の件でも、魔物掃討の手柄を騎士団に奪われたようだ。決断の遅さが災いした」
騎士団――〈王都ドミネシア〉を守る精鋭部隊だ。
「オリド・ガードは血の気の多い手合いが多くてな。辺境伯の交代を機に、歯止めが効かなくなっているようだ」
カルスは椅子から立ち上がり、奥のカウンターへ向かう。
「近いうちに、行動を起こすかもしれん」
エルヴィアは困惑した。
それは、アニスも同じだったようで、
「西側を押さえていたら、今度は身内だった者達が問題になるなんて……」
と、苦い表情を見せる。
カルスは酒の入ったマグを傾けた。
「ともかく今後、俺達がどう動くべきか相談するために〝人〟を呼んだ」
〝人〟というと――ギルドの協力者ということか?
「まあ、そうだな。ちなみにエル、お前も知っている人物だ」
誰のことだろう?
闇ギルドと繋がりのある者――
すぐには思いつかない。
やがて、地下室の隅の階段から――
コツコツと、靴音が響いてきた。
「どうやら、到着したようだな」
薄暗い部屋を、ゆっくりと歩いてきたその人物は――
「……こちらに、いらしておりましたか」
少々しわがれているが、迫力のある声。
そう、この声だった。
「多忙を理由に、お伺いもできず、面目次第もございませぬ」
白髪の老年の男が、エルヴィアの前に膝をついた。
「ルバエド――久しぶりですね」
父、ロルドの片腕、「ルバエド」。
サルディーン家の執事長だ。
「諸々、カルス殿に聞き及んでおります」
この男も、カルス――闇ギルドと繋がっていたとは。
いや、父の腹心であったのだから、当然といえば当然か。
「積もる話もありますが、生憎、今は火急の要件がございます」
ルバエドはそう言うと、カルスへ視線を送る。
「オリド・ガードはどうだ?」
「やはり押さえきれませんな。不甲斐ない話ですが、ロルド様亡き今、我が力など羽虫にすら劣りましょう」
「そうか」と呟いて、カルスは黙り込む。
「衛兵は、モルディレインへ侵攻するのですか……?」
エルヴィアが尋ねると、ルバエドの鋭い目がこちらを射る。
この目は――昔から苦手だった。
「オリド・ガードがどう動くかは、まだ不明です。ただ――」
柱の灯りが揺れた気がした。
「もし彼らが〈神の遺物〉を手に入れれば、厄介なことになりますな」
地下室の空気は、さらに重苦しく沈む。
〝本〟の話など、とても言い出せなくなってしまった。
エルヴィアは、東の地に残した仲間の顔を思い浮かべていた。




