7 進むべき道
化け物達との戦いを終え、エルフの集落は落ち着きを取り戻す
「我らハイエルフの住処を救ってくれたこと、感謝する……」
エルフの首領、マン・キンフは、エルヴィア達の前に片膝をついた。
「お前達を疑い、傷つけたにもかかわらず、身を挺して敵に立ち向かったことに深い敬意を表する」
静かに立ち上がったキンフは、カエルの化け物の骸を見下ろす。
「これはドルイド達が言うように、〝邪神〟ではなく〝森の神〟だ。なぜ我らの集落を襲ったのかは分からないが――」
そして、キンフの視線は、アニスの足元に倒れている者に向けられる。
「元凶は、間違いなくコイツでしょうね」
アニスが、禍々しい大剣で倒れた者の背中を突く。
よく見れば、アニスの胸元には、痛々しい傷が刻まれていた。
「その者はダークエルフだ……もう、事切れているのか」
キンフの問いに、アニスは頷く。
「暗がりに怪しい奴がいたから、この剣でちょっと脅してやったのよ。そいつは驚いて『ピア=タリオン』と呟いた」
〝ピア=タリオン〟――聞いたことのない言葉だ。
「急に現れた化け物について問い詰めたら、そいつは突然苦しみだして倒れた。自害したのか、あるいは何者かに殺されたのか――」
キンフが腕を組む。
「〝ピア=タリオン〟は、古い言葉で〝復讐の歯牙〟を意味する。おそらく、その剣のことだろう。それも〝呪いの依代〟の力だな?」
アニスは頷いた。
「ダークエルフは、かつてエルフが崇めた神を冒涜し、闇の力を求めた」
キンフは苦々しい顔で語る。
「邪神を崇拝し、その力で多くのエルフを殺した。時には闇に染まった同胞までをも生贄に捧げた……」
それを聴いたネラが口を開く。
「そんな奴らがここまで攻めてきたってこと? それじゃ、近くにあるドルイドの村だって危ないよ」
古い時代の禍根が、まだ残っていたのか。
それが、この東の地に混乱をもたらそうとしている――
横目でティアハレアの顔を見る。
やはり、沈痛な面持ちだ。
「やはり、我らは――故郷を捨てるべきではなかった」
マン・キンフが力なく呟く。
「災いから逃れたつもりが、結局はその災いを招く存在となってしまった。これが誤りでなければなんと言えようか」
限りなく重い空気の中――
土埃の向こうから、数人の人影がゆっくりと近づいてくる。
ドルイドの長だ。
老婆は、キンフの側までくると、〝森の神〟の骸を一瞥した。
「随分と落ち込んでおるな」
老婆は手を伸ばすと、付き添いの者が持っている松明を受け取る。
「この火は熱いだろう。みだりに近づけば肌をも焦がす」
突然、松明を突きつけられたキンフは、一歩身を引いた。
「――だが、火をよく識ることで、人の営みは豊かになった」
老婆が付き添いに松明を返す。
「我らは物言わぬ火とは違う。言葉を尽くし、互いに歩み寄ることができる。立場は違えど、手を取り合うことができる」
皆、黙って老婆の言葉を聴いている。
「故郷に戻るもまた良し。しかし覚えておけ。森はこの百年の間一度とて、お前達エルフを拒まなかった。道は決して、ひとつだけではないぞ」
エルヴィアは思う。
自分は、世界に拒まれていると思っていた。
だが、この東の地を見て解ったのだ。
(私はまだ、なにも知らない――)
世界は想像よりずっと広い。
ならば、この目で確かめてみたい。
「皆さん――」
エルヴィアは、無意識に言葉を発していた。
「こんなことになって今更ですが……私達は、西からやって来ました。この〈神の遺物〉の謎に誘われて――」
視線が一斉にエルヴィアに集まる。
「かつて、この地を見据えていた者がいました。この指輪の元の持ち主です」
エルヴィアは左手の指輪をかざす。
「私達がこの地へ来たことは、その者の野望の残滓に過ぎないのかもしれない」
気づけば、少しずつ空が白んできている。
「残された私達は標を失った――ならば、私自身の目で確かめたいのです。彼がこの地でなにを知り、なにを求めたのかを」
エルヴィアは、キンフを見つめて続けた。
「ダークエルフ達は、きっとこの〈遺物〉の秘密に繋がっている。それを知るために――私は、あなた方と手を結びたい」
この提案には、少なからず打算もあった。
〈遺物〉に近づくには、ハイエルフ達の助けも必要になると踏んだのだ。
「時は――待ちません。彼らは、またすぐに襲ってくるかもしれない。ならば、私達も共に立ち向かいます。どうか、協力を……」
エルヴィアは、エルフの首領に右手を差し出した。
「……すぐには決められない。一族でよく話し合った上で返答したい」
キンフの目には、まだ少し迷いがあるようだった。
それでも、初めて会った時の剥き出しの敵意は、もはや消え去っていた。
キンフの目には、まだ少し迷いがあるようだった。
それでも、初めて会った時の剥き出しの敵意は、もはや消え去っていた。
「まずは負傷者の手当てと建物の修繕を急ごう。落ち着いたら、改めて話をさせてもらう」
気づけば日が昇っていた。
辺りは光で満ち、争いの爪痕が暴かれていく。
ひとつ、なにかを乗り越えた気がした。
そう思った途端、エルヴィアは喉の渇きを覚えた。
†††
第4章「流離の隣人」終




