6 夜陰の襲撃
エルフの集落に危機が迫っていることを知り、エルヴィア達は夜の森をゆく
月の明かりを頼りに、森の中を急ぎ足で突き進む。
ドルイドの村の者も数人、状況を確認するために出張ってきていた。
彼らは槍を手に、一定の速度で進む。
さすがに森を歩き慣れているようで、エルヴィアは歩調を合わせるだけでも中々に難儀した。
やがてエルフの集落が見えてきた。
篝火が、走り回る人々の姿を影絵のように縁取っている。
「止まって!」
ティアハレアが手をかざして歩みを止める。
「……矢音が聞こえる。誤射されないように、大回りして近づきましょう」
目を凝らすと、確かに矢が飛んでいるのが薄っすらと見える。
矢の軌跡を確かめながら、エルヴィア達は慎重に集落へ接近する。
エルフの集落は騒然としていた。
数人は弓を構え、なにかを狙っている。
また、短い杖を持つ者達も見える。
彼らは一定の間隔を保ち、声をかけ合っていた。
「キンフ!」
ティアハレアが叫ぶ。
燃える篝火の脇にいたエルフの男が振り向いた。
「ティア、無事だったか」
「これは一体、どういうこと――?」
「分からんが、まず間違いなくダークエルフ共の仕業だろう」
マン・キンフによると、夜も深くなった頃、集落が襲われたという。
「見ろ――あのおぞましい化け物の姿を!」
エルヴィアは目を凝らし、矢が飛んでいく先を見る。
(あれは……)
〝目玉〟だ――
手桶くらいの大きさの目玉が、宙に浮いている。
「奴らは〈魔法円〉には近づけないようだ。矢でどうにか撃退できている」
マン・キンフは、エルヴィアを見据える。
「だが、まだ大物がいる――」
キンフが指差した先――
夜の闇に、ひときわ暗い影が揺れ動いている。
その影は、小さな家くらいの大きさだ。
「……お前達の仲間の男が、化け物と戦っている。女のほうは、どこかへ飛び出していった」
マン・キンフの表情は硬い。
「ミノークが……?」
ネラが目を見開いて、大きな影へ向けて一歩踏み出した。
だが、ドルイドの戦士が、ネラの肩をつかんで止める。
「離してよ!」
「――あれは〝猛る森の神〟だ。近づけば無事では済まないぞ」
「だからって、放っておけないよ!」
エルヴィアは大きく息を吸った。
それを吐き出し、ネラの背中に手を置く。
「ネラ、行きましょう。ミノークはきっと、無茶をしているわ」
ネラは力強く頷いた。
エルフ達の射線を避けて、大きな影へ向かう。
エルヴィアはナイフを取り出し、ミノークとアニスの姿を探した。
家々の間を抜けて、集落の端に近づくと――
何者かが、大岩のような影と対峙している。
「ミノーク!」
エルヴィアの背丈を超えるほど長い大斧を手にした男。
その大男よりも、さらに大きな体躯の化け物が、所狭しと動き回っている。
「で、でっかいカエル……?」
ネラが口を大きく開けて驚く。
「あんなの、見たことないよ――」
見れば、周囲の家や小屋が損壊している。
このままでは、集落はさらに荒らされてしまうだろう。
巨大なカエルの化け物は、その身体を鈍く光らせた。
ミノークが、大斧を振りかぶり、大ガエルに襲いかかった。
斧が、カエルの口元を捉える。
得も言われぬ不気味な声が、カエルの口から漏れる。
だが、その口が開いた途端――
太く長い舌が伸び、ミノークの武器を弾き飛ばす。
その勢いで、ミノーク自身もバランスを崩し、尻もちをついた。
「ミノーク、下がって!」
ネラが大声を上げる。
その声に気づき、ミノークはゆっくりと立ち上がった。
まだ怪我が完治していないせいか、動きが鈍い。
「エル、アタシがあいつの動きを止める――」
ネラがエルヴィアの顔の近くで言う。
「あいつが動けなくなったら、エルがトドメを刺して!」
ネラは駆け出した。
危険だと思ったが、もう止められない。
エルヴィアも覚悟を決めて、手近な篝火の側へ走った。
(あそこなら、私の影ができる)
自分の影を探して地面を見ると、ゆらゆらと動くものが見えた。
それは、宙を舞う目玉の化け物の影だった。
目玉の影と自分の影が重なり、微かな悪寒が走る。
大ガエルが暴れ出し、近くの家の壁に体をぶち当てる。
ミノークは、家の倒壊に巻き込まれる前に、その場を離脱した。
「こっちを見ろ! 化け物!」
ネラが、ポーションの空き瓶を大ガエルに投げつける。
空き瓶は、カエルの鼻先に命中した。
カエルはネラの方へ向き直る。
大きく口を開け、再び長い舌を伸ばそうとすると――
ネラは一歩前に出て、胸の水晶に手を当てる。
すると突然、大ガエルが痙攣し、その体が大きく膨らんだ。
〈大蛇の目〉の力だ――
「エル! 今のうちに!」
ミノークが、カエルから十分に離れたのを確認してから、エルヴィアは自分の指をナイフで傷つけた。
(悪魔よ、敵を打ち倒せ――)
影から〝悪魔の手〟が滑り出し、痺れて動けないカエルの化け物を捉える。
その鋭い爪が、カエルの顔や体を執拗に貫く。
まるで薪が爆ぜるような大きな音が響き、カエルの体は原型を留めないほどにズタズタにされてしまった。
カエルの命が消える瞬間、エルヴィアは、あの生贄の鹿の姿を思い出していた。
土埃が舞っている。
広場の方からは、まだ怒号や悲鳴が聞こえる。
醜いカエルの骸の上に、火の粉がまばらに降る。
それを眺めていると――
「間に合ったみたいね」
と、暗がりから声がした。
振り向くと、人型の〝なにか〟を引きずったアニスが立っていた。
「〝おみやげ〟を持ってきたわ。あの頑固なエルフはどこ?」




