5 森の神託
(裏切り者の魔女――?)
ネラと、この村の民との間に、なにがあった?
当のネラは、下を向いて動かない。
エルヴィアが困惑していると、ティアハレアがドルイドの男に近づく。
「長老へお伝えください。エルフのティアハレアが来ていると――」
男は短い沈黙の後、そのまま背を向けて村の奥へ歩き去った。
エルヴィアは、ネラの肩に手をかける。
「ネラ、一体どういうこと? あなたはここで暮らしていたんじゃないの?」
ネラはようやく顔を上げたが、その表情は暗いままだ。
「そうだけど……色々あってさ」
彼女はそう言うと、村の境界から少し離れた場所へ歩いていった。
やがて、村の奥から三人のドルイドが近づいてきた。
中心にいるのは、老婆だ。
杖をつき、頭には鹿の角で作られた冠を被っている。
おそらく、この老婆がドルイドの長老なのだろう。
「ネラ……出ておいで」
老婆は、エルヴィアの陰に隠れるように佇むネラに声をかけた。
ネラは、ためらいがちに前に出る。
「もう五年になるか、お前が出ていってから……大きくなったもんだ」
老婆はネラの頬に手を触れる。
ネラはなにかを言おうとしたが、言葉が上手く出てこないようだ。
「ともかく、家に来なさい。中で事情を聴くことにしよう」
†
ドルイドの家は、不思議な造りだった。
壁は細い木の枝を幾重にも束ねて設えたものだ。
その壁や飾り台に、鳥のクチバシや動物の骨らしきもので作られた沢山の装飾品が飾られている。
老婆は、筵の上に敷かれた敷物に腰を下ろし、客人にも座るように勧めた。
「まずは、エルフの用件を聴こうかね」
喫煙具のようなものを咥えた老婆が煙を吐き出すと、ティアハレアがここに来た経緯を説明した。
「なるほど……それで〝神の声〟に委ねようと考えたか」
ティアハレアは、きまりの悪そうな声で言う。
「ごめんなさい――本当は、私達だけで解決すべき問題だというのに」
「気兼ねすることはないさ。私とお前の仲じゃないか」
ドルイドとティアハレアは、良い関係を築いているようだ。
「そこの、西から来た民にも訊きたい――」
老婆はエルヴィアを見る。
「お前さんが持つその指輪……どこで手に入れたんだい?」
それは――分からない。
知っているのは、父が大切にしていた物、ということだけだ。
「詳しいことは、分かりません……父の遺品である、としか」
「ううむ、そうかい」
「ただ――」
アニスの〈遺物〉に関しては、出どころは解っている。
「ほう……強大な魔物を倒したと」
「はい――その後、気づけば喉元に宝石が埋まっていたようです」
老婆は煙を吸い、大きく息を吐いた。
「よく知らせてくれた。思うに、これは複雑な問題だ。儀式を行って、真実を見定めなければならん」
ティアハレアの表情に安堵の色が浮かぶ。
ドルイドの長は想像よりも協力的で、エルヴィアもほっとした。
だが、ネラだけは未だ、辛そうな顔のままだ。
「ネラ――聴きなさい」
老婆が声をかける。
「あの時、お前は子供だった。きっと、なにも分からずにその〝宝珠〟を持ち出してしまったんだろう」
〝宝珠〟――
ひょっとして〝蛇の水晶〟のことだろうか。
「お前が消えた後、儀式をしたが、神はお前を咎めなかったよ。村には未だに根に持っている者もいるが、お前は〝裏切り者〟なんかじゃあない」
老婆がネラの肩を抱く。
「今日までよく生きて育ち、帰ってきた。お前はいつまでも、私の大切な孫だよ」
ネラは声を上げて泣いた。
ティアハレアの目にも、涙が滲んでいる。
「儀式は夜に執り行う。村の者に支度をさせるから、待っていておくれ」
†
夜、村の祭壇前に、エルヴィア達は招かれた。
長である老婆、そして大勢のドルイドがこちらを奇異の目で見ている。
そこかしこに篝火が焚かれ、甘い香りの煙が充満している。
石造りの祭壇の上に、運ばれてきた鹿の骸が置かれる。
「ヤート、バータ、ムン、ホバンダ」
祭壇の前で、老婆が呪文のようなものを唱える。
大きな葉を束にしたものを、煙を切るように踊らせ、呪文を繰り返す。
「トゥ、オザラン、トゥ、クビタン、オムント、ゲラ」
老婆は、手にした短刀を鹿の頭部に突き立てた。
詠唱が止み、周囲が静寂に包まれると――
鹿の骸が、びくりと跳ねた。
そして、まるで生きているかのように、バタバタと暴れ出す。
周囲からは、驚きの声が上がる。
「凶報だ――」
誰かが呟いた。
それを皮切りに、あちこちで不安や恐れの声が上がる。
「――静まれ!」
老婆が一喝する。
そのしわがれた声は、威厳に満ちていた。
「お前達、すぐにエルフの集落に戻るんだよ」
老婆の眼差しは、有無を言わせぬ迫力を湛えていた。
ティアハレアがなにかを口にしようとしたが、老婆はそれを待たずに言う。
「神は告げた。〝暗きもの〟の到来が近いと――」




