4 古き因縁
「私の名は『ティアハレア』――この集落に住む者です」
ひとりのエルフの女の一声で、一触即発の空気が落ち着いた。
負傷したミノークは、近くの家で治療を受けることを認められたが、監視役のエルフが張り付いている。
「あの『マン・キンフ』は、私達の集落の首領です。あなたがたが身につける〝呪いの依代〟を見て、怯えているのです」
〝呪いの依代〟とは〈神の遺物〉のことだろう。
「さっき〈ダークエルフ〉がどうとか……」
エルヴィアが尋ねる。
「ええ。ダークエルフも、私達ハイエルフも、元は〝同じ一族〟だったそうです」
ティアハレアは穏やかで、理性的な人柄だった。
しかし、遠巻きに投げかけられる他のエルフ達の視線からは、不安や困惑の感情がひしひしと感じられた。
「今から五百年ほど前――エルフの故郷を巡って、一族同士で戦いが起きました。長きに渡る争いの末、故郷そのものが朽ち果ててしまった……」
この集落は、エルフが元から住んでいた場所ではないらしい。
「我々は、荒れ果てた故郷の土地を離れ、流浪する民なのです」
(流浪の民、か――)
自分も同じようなものかもしれないと、エルヴィアは思う。
ティアハレアは空を見上げた。
「長い年月を経て、新しい生活に適応する者もいれば、キンフのように古いエルフの風習や掟を重んじる者もいます」
気づけば、傍らにマン・キンフが立っていた。
「ティアハレア……よそ者にあまり余計なことを喋らないでくれ」
キンフの言葉に、ティアハレアは溜息をつく。
「キンフ――相手を知るためには、まずは自分が心を開かなければ駄目よ」
まるで叱られた犬のように、キンフは眉尻を下げた。
あの刺々しいキンフも、ティアハレアには強く言えないのを見て、エルヴィアはなんだか微笑ましい気持ちになった。
そのキンフが、咳払いをして告げる。
「我々はまだ、お前達を信用したわけではない。即刻、ここから出ていってもらいたいが、〝依代〟のこともある……」
キンフは、エルヴィアの指輪を苦々しく見つめる。
「エルフの長として、お前達が災いの元となるか否か、見極めねばならない」
そう言うと、キンフはティアハレアを見た。
「ティア、この者達を連れて、ドルイドの村に行ってくれ」
ドルイドの村へ、なにをしに行くというのだ――?
「それはティアハレアに訊くがいい。拒否するという選択はないぞ。お前の仲間はこちらの手の内にあるのだ」
キンフの横柄な態度に、ティアハレアは顔を曇らせたが、
「まったく……ごめんなさい。でも、これ以上は譲歩できないみたいだから、一緒に来てもらますか?」
と、エルヴィアに協力を求めた。
「ええ……事情を話してくださるのなら」
「ありがとう。せっかくだし、ネラも誘いましょう。彼女がいれば、話が通りやすいでしょうから」
†
エルヴィアとティアハレア、そしてネラは、ドルイドの村を目指して森を歩く。
アニスは、ミノークの付き添いと警護のために、エルフの集落に残った。
「ドルイドは、あらゆるものの行く末を、儀式によって見通します」
少し前を歩くティアハレアが言った。
「マン・キンフや彼の支持者は、あなた方の善悪の判断を、ドルイドの託宣に頼ることにしたのでしょう」
そういえば、ネラが言っていた――
『獣とか鳥を生贄にした儀式をするんだ』
生贄――
どうにも血なまぐさい印象が拭えない。
自分達も、その儀式に着手させられるのかと、少し不安になる。
「……エルフはドルイドと交流があるのですね?」
エルヴィアが尋ねる。
「ええ。このモルディレインを放浪する中で、彼らと出会いました。長く交流を続け、今では我々もドルイドの文化に大きな影響を受けています」
「そのケープも、ドルイドの織物でしょ?」
しばらく黙っていたネラが、ようやく口を開いた。
「そう……私はエルフの中でも特に、ドルイドに親しみを感じているの。この森が好きだし、ずっとここで暮らしてもいいと思ってる」
ティアハレアはそう答えて、微笑んだ。
「この百年、私達は歩み寄ることを覚え、穏やかに暮らしてきた。キンフは、それが気に入らないみたいだけど……」
やがて、木の柵で区切られた集落が見えてきた。
あれがドルイドの村に間違いないだろう。
ふとネラを見ると、なんだか表情が曇っている。
いつもの明るさは、どこへいったのだろう。
ここは、彼女の古巣のはずだろうに――
ティアハレアが村に一歩踏み込み、声をかける。
「エルフのティアです。長老はおられますか?」
少し間を置いて、家の陰から顔を覗かせる者があった。
こちらの姿を認めると、ゆっくりと近づいてくる。
浅黒い肌に、変わった模様の刺繍を施した服をまとった男だ。
顔や体にも、白い顔料で模様が描かれている。
(これが、ドルイド――)
「……お前は」
ドルイドの男の顔には、嫌悪が滲んでいる。
「ネラ――裏切り者の魔女、ネラだな?」
ネラの顔を見る。
彼女はまるで、群れからはぐれた獣の子ように、小さく震えていた。




