3 エルフの住処
「こいつら……〈エルフ〉だよ」
ネラが静かに言った。
〝エルフ〟――
エルヴィアは、その名を知らなかった。
ドルイドとは別の民なのか?
「警告もなしに、いきなり矢を撃つなんてどういうつもり?」
アニスが〝エルフ〟と呼ばれた者達に詰め寄る。
「先に手を出したからには、覚悟はできているんだろうな?」
エルフ達の様子を遠巻きに眺めると――
どうも、それぞれの表情や仕草には差異がある。
特に、女のエルフは戸惑っている者が多い。
まるで、こちらを恐れているようだ。
「貴様らこそ――」
エルフの男が口を開く。
「我ら〈ハイエルフ〉の住処を奪いにきたのだろう!」
こちらに向ける眼差しには、明確な敵意が宿っていた。
「奪う? なにを勘違いしている――」
アニスが呆れたような声を上げた。
「私達は、通りかかっただけだ。そもそもお前達のことだって、なにも知らない」
彼女の言うとおりだ。
だが、ネラは〝エルフ〟と呟いた。
ひょっとして、ネラはこうなった事情も知っているのか――?
エルヴィアが目配せしても、ネラは首を振るばかりだ。
「しらばっくれても無駄だ」
エルフの男の顔は、さらに険しさを増す。
「貴様らは持っているではないか――〝邪神の象徴〟を!」
〝邪神の象徴〟――?
(まさか……)
「我らハイエルフの仇敵……憎き〈ダークエルフ〉の手駒に違いない!」
エルフの男は、まるで演説のように、大きな手振りと共に声を張り上げた。
「その忌まわしき〝呪いの依代〟を携えているのが、なによりの証明」
彼が言っているのは、〈神の遺物〉のことなのでは?
エルフと対峙するアニスが、自らの首元に手を添える。
「ひょっとして、この宝石のことを言っているの?」
「そうだ。それ以外に、なにがある」
「へえ……コレのことを知ってるわけだ」
アニスは腕組みをして、ゆっくりと歩きだした。
「動くなッ!」
エルフの男が叫ぶ。
アニスは足を止めて男を一瞥した後、ひとりの女エルフに話しかけた。
「ねえ、あなたもこの宝石がなんなのか、知っているの?」
エルフの女は、少し震えながらも、
「え、ええ……」
と、短く答える。
「なら、詳しく教えてくれない? あの男は怒鳴るばかりで、全く会話にならないようだから」
アニスの言葉は冷静だったが、その声音には静かな威圧が含まれていた。
エルフの女は萎縮しながらも、アニスの問いに答えた。
「――つまり、この〈遺物〉は、〈ダークエルフ〉という別の種類のエルフ達が持っていた物、ということね?」
女は頷いたが、エルフの男から横槍が入る。
「敵にほだされるな。なにを企んでいるか分からんぞ」
アニスは溜息をつく。
「もう一度言うけどね、私達はエルフのことなんて知らなかったし、あなた達と戦うつもりもないのよ」
先ほどのエルフの男はまだ納得していないようだ。
「ふん、お前たちが嘘をついていないと、どうやって証明する?」
男は手に持った小振りな杖を横に薙いだ。
「皆、下がれ……〝魔法円〟を展開する!」
アニスは再び警戒の姿勢をとる。
これでは、争いを避けられない。
エルヴィアは、密かに握り込んだナイフで指を切ろうとしたが――
「ちょっと、いい?」
ネラが沈黙を破る。
「まず、きちんとミノークの手当てをさせてほしいんだけど」
アニス達が言い争っている間、ネラはずっと応急処置をしていたのだ。
「あの矢、変な毒でも塗ってた? 傷は深くないけど、まだ動けないなんて普通じゃないよ」
ネラの声色には、いつもより棘がある。
「解毒薬があるなら持ってきて。それと、ミノークを寝かせるベッドかなにかを貸して欲しい」
「それはできん」
エルフの男が拒む。
「矢に塗ったのは痺れ薬だ。そのくらいで死にはしない」
アニスもネラも、そしてエルヴィアさえも、エルフの男の態度に憤っていた。
「異端の者に心を許してはならない。我らが故郷を追われた、恥ずべき歴史を繰り返すことになる……」
目を見開いたエルフの男が、杖を高く掲げる。
同時に、どこからか弓の弦を引き絞る音が響くと――
「キンフ、いい加減にして」
ひとりの女エルフが、静かな怒りの声を上げた。
長い金髪の、美しい顔立ちのエルフだった。
「周りをきちんと見て。皆、不安そうな顔をしてる。これじゃ、またエルフの民が散り散りになるだけよ――」
女は優しげな顔立ちだが、その瞳には揺るがぬ意志が見て取れた。
〝キンフ〟と呼ばれた男は、心なしか気落ちしたように見える。
それを尻目に、女はネラに声をかけた。
「あなた……どこかで見た気がするわ」
「え?」
「そう――前に、ドルイドの村で」
ネラはしばらく女を見上げていたが、やがて立ち上がった。
「あっ……ひょっとして、ティア?」
女は微笑んで頷いた。
「もう、こんなに大きくなったのね――」




