4 地下の住人
「誰かいるのぉ? マスター?」
地下の隠し部屋に、気だるい声が響いた。
「ネラ、いたのか」
カルスが開いた扉に顔を向ける。
エルヴィアもそちらを見ると、女が立っていた。
やけに露出の多い格好で、少し目が泳いでしまう。
女はこちらに気づき、近づいてくる。
「誰ぇ? ひょっとして、新入り?」
「いや、まだ決まったわけじゃない」
カルスが答える。
「へえぇ……って、まさか貴族の人?」
女は値踏みするようにエルヴィアを眺める。
夜着の汚れが気になって、なんとなく目を逸らしてしまう。
「エルオリド伯の娘だ」
エルヴィアが口を開く前に、カルスが身分を明かした。
「ええっ? すっごい大物じゃん!」
女は目を丸くする。
「でもさでもさ、伯爵の娘をここに連れてきたってことは、やっぱり、なにかあったってことでしょ?」
その問いにカルスは答えず、今度はこちらを向く。
「こいつは『ネラ』という名の〈魔女〉で、この闇ギルドの一員だ」
「あっ、勝手に教えないでよぉ、アタシが言おうとしたのにぃ」
〝ネラ〟と呼ばれた女は、しかめっ面でカルスを睨んでいる。
魔女――か。
昨晩、あの恐ろしい〝悪魔の手〟が現れた時に、そう呼ばれた気がする。
「ねぇ、名前は?」
気づけば、隣にネラがいる。
「エルヴィア・サルディーンです」
「エルヴ……なんか舌を噛みそうな名前だね」
ネラはエルヴィアの顔を見つめる。
「エル、って呼んでいい? そっちのが簡単で覚えやすいでしょ」
それは、まだ母や友人がいた頃の、エルヴィアの愛称だった。
一瞬、幼い日のことを思い出したが、すぐにそれを振り払った。
「こんな無作法な扱いを受けるのには慣れていないだろうが――」
カルスが口を開く。
「お前はもはや逃亡者だ。いつまでも辺境伯令嬢のままではいられない。呼び名を改めるのも悪くないんじゃないか」
貴族の誇りである名を捨てる――
言葉にすれば大事だが、不思議と抵抗を感じなかった。
「まあ、〝エル〟では大して変わらないし、別の名でもよさそうだが――」
「いいのです。私の名など、誰も気に留めはしません」
「ふむ……」
カルスは、それ以上なにも言わなかった。
「ねえ、それよりさ――」
ネラが開けた扉の部屋を指差す。
「〈ポーション〉の材料が、なくなりそうなんだ。そろそろ補充にいかないと、後々困っちゃうよ」
ポーション――〝治癒薬〟のことか。
まさか、この薄暗い地下で作っているのか?
エルヴィアは扉の奥が気になって、視線をそちらに移す。
「おっ、興味があるかね?」
ネラが突然、エルヴィアの肩に手をかけた。
「昨日の晩からずっと精製してたから、もうできてるんだ。まあ、アタシは寝てただけだけど」
ポーションの製造は、〈教会〉の専売特許のはずだが――
「貴族のご令嬢は世間知らずだねぇ。アタシのポーションは、正規品よりずうっと〝効く〟んだよ。巷じゃ〝粗悪品〟なんていわれてるけどさっ」
つまり、ここはポーションの密造所か。
闇ギルドというくらいだ。法の制約など気にも留めないのだろう。
「ね、マスター、エルを連れて森に行ってもいいかなぁ?」
「材料を採りにか? ううむ――」
「心配しなくても、そんなに奥までは行かないよ。この娘も結局、ギルドに入ることになるんでしょ? なら、色々覚えといたほうがいいじゃん」
カルスはしばらく考えた末、ネラの提案に同意した。
「エルがいいなら、好きにしろ。ただ、その娘は貴族だし、実は〝遺物持ち〟だ。連れてきた理由のほとんどはそれだ――」
「ほっほお、なぁるほどねぇ……で、どんな〝力〟なの?」
「〈遺物〉の詳細はまだ判らん。くれぐれも慎重に行動してくれ」
ネラがいい加減な返事をすると、カルスは一階に上る階段へ向かった。
「あれ、どっか行くの?」
「エルオリド伯の調査に戻る。夜まで戻れるかは分からないが、できるだけ連絡は入れる。エルの身の回りの世話は任せたぞ」
「ええっ? アタシがぁ?」
カルスはネラの声には応えずに、地下室を出ていった。
「あわただしいねぇ……ま、色々大変なんだろうね」
ネラはカウンターの方へ移動すると、棚や袋を漁りだした。
「とりあえず、なんか食べよ? エルもお腹空いてるでしょ?」
そういえば、なにも食べていなかった。
急に、空腹感が襲ってくる。
「ただ、野菜しかないんだよねぇ。パンも肉もなくて――リンゴ酒はある」
「その……私に食べられるもの、あるかしら」
「いや、わかんないけどさ。あ、そういえば、ポーションの材料の蛇が余ってた。貴族って蛇とか食べる? 血は抜いちゃって、カラカラだけど……」




