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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第3章「黄昏の剣」

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11 暁の瞳

吸血鬼(ヴァンパイア)の息の根を止めたアニスは、雨の中に立ち尽くしていた

 雨が、血汐の痕を洗い流していく。

 〝不死〟を滅ぼしても、夜は変わらず訪れた。


 「母は、吸血鬼(ヴァンパイア)の眷属となった人間だったの」

 隣に佇むエルヴィアの顔を見ずに、アニスは語りだした。

 「眷属は、吸血鬼(ヴァンパイア)の〝紛い物〟――時が経つほどに、血への渇望が心を支配し、ただ人を襲うだけの獣になる」


 もう雷は止み、ただ冷たい雫だけが降り続いている。


 「〝呪われた〟私達母娘は、人里を離れて東の地で暮らした。それでも――母は血の渇きを潤すことはできなかった」


 苦しかっただろう――


 言葉にこそしなかったが、アニスは母を解放してやりたかったのだろう。

 エルヴィアは、彼女にかける言葉を持たなかった。

 ただ、じっと隣で、雨が地面を叩く音を聞いていた。


 パリオが城の塔の地下で、ディードルグ城伯らしき骸を発見したらしい。

 その死の真相も、もはや確かめようがない。


 「いずれエルオリドの兵がやってきます。そろそろ城を離れましょう」


 灯りのない暗闇の中を、アニスの夜目だけを頼りに、三人は森の転送石(ポータル)を目指して歩いた。


    †


 空が白み始めた頃、エルヴィア達はサルディアの隠れ家へ着いた。


 入口の扉を開け放つと、そこにはネラの姿があった。

 「あ、生きてた!」


 パリオが外套の雫を払いながら尋ねる。

 「ネラ、カルス殿の所へ行かなかったのですか?」

 「いや、それがさぁ、マスターが馬に乗って帰ってきたんだよね」


 部屋の奥を見ると、カルスがベッドに横になっている。

 眠りが浅かったのか、すぐに目を開けて起き上がった。

 

 「――無事だったか」

 アニスが早足でベッドに近づく。

 「どうして、こっちに――?」

 「お前達だけ行かせるのは、やはり気がかりでな……」


 横から脇腹を突かれて振り向くと、ネラの顔があった。

 「なんか、あのふたり、いい雰囲気じゃない?」

 ネラは悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 三人は、カルスとネラに事のあらましを話した。


 「結局、ディードルグ伯については分からずじまいか」

 カルスが呟くと、パリオが数枚の紙切れと、何冊かの本を荷物から取り出した。

 「偶々見つけたので、拝借してきました。やはり〈遺物〉の情報を熱心に集めていたようです」


 父が持っていた骨の指輪も、狙われていたのだろうか。


 「ともかく、よくやってくれた。これで魔物の侵攻も止まるだろう」

 カルスの表情に、ようやく安堵の色が浮かんだ。


 「ねえ、皆――」

 アニスが、伏し目がちに切り出す。

 「あなた達がいなければ、〝夜の魔〟を打ち倒すことはできなかった。心から感謝するわ」


 短い間に、彼女は随分と変わった。

 出会った時の敵意や刺々しさは、もう見る陰もない。

 

 「よかったじゃん、思いを遂げられて」

 ネラが朗らかな声で言う。

 「結果的に魔物もどうにかなりそうだしさ。エルオリドを救ったんだよ。いいことをしたんだよ」


 「いいこと……」

 アニスは眉をひそめる。

 「そんなの、考えたこともなかったわ」


 「でもさぁ、この手柄はどうせ、オリド・ガードのものになるんでしょ?」

 笑ったり膨れたり、ネラの表情はくるくると変わる。

 

 「それはやむを得ませんね。闇ギルドが〝手柄〟など立てようもない。我々が〝いいこと〟をするなど、それこそ妙な話ですよ」

 パリオの言葉にネラは「そうかなぁ」などとこぼしている。


 「これから、どうするんだ?」

 カルスがアニスに尋ねると、

 「まずは母の墓前に報告に行く。それからは――なにも決めていないわ」

 と答えた。


 また――独りに戻るのだろうか。


 彼女は〝生きる意味〟を、再び見つけられるのか。

 それを思うと、エルヴィアの胸は痛んだ。


 「カルス――アニスを闇のギルドに迎えられない?」

 気づけば、そう口にしていた。

 「あなたは言った。ここは血に濡れ、闇に堕した者達が集う場だと。もし彼女が望むなら……」


 少しの沈黙の後、カルスは言った。

 「俺達は定命の者。いずれ先に朽ち果てる運命にある。それでも、この手を取り、同胞として生きることを良しとするか?」


 アニスは、しばらくカルスを見つめていたが――

 やがて、差し出されたその手をしっかりと握った。

 「先のことは分からない。でも、あなた達は私と共に、その命をも顧みず戦った。同胞となるに値するわ」


 ふたりの握手を見て、ネラは手を叩いて喜んでいる。


 「それに、私はまだ二十にもなっていないのよ? 生きることに絶望するほど達観しちゃいないの。まだ知るべきことは沢山ある……勿論、人間のこともね」


 新たな仲間が増えた。

 

 エルヴィアは、アニスが前を向いて生きることを選択したのが、なによりも嬉しかった。

 寂しげな琥珀の瞳は、黄昏から暁の色へと変わっていた。


 †††


 第3章「黄昏の剣」終

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