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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第3章「黄昏の剣」

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10 夜を屠る闇

 「フウッ……ふざけた獣がッ!」


 アニスの大剣が振り下ろされる。

 狼は斬撃を紙一重でかわし、剣は石畳に打ち当たった。


 琥珀色の瞳が妖しく光る。

 その目が狼を捉え、再び大剣が持ち上がったと思うと――

 アニスの姿が消えた。


 狼は、消えたアニスを探す間もなく――

 次の瞬間には、背後から頭を叩き割られていた。


 短いうめき声を発したきり、狼はその場に崩れ、動かなくなった。


 「ハアッ……血、血の臭い――」


 アニスが叩きつけた大剣を引き剥がすと、狼の無惨な屍が石畳に転がる。

 まるで落石に潰されたように頭部がひしゃげていた。


 「フフフ……これが〈神の遺物〉――」

 血に塗れたアニスは、笑っていた。

 「痛くて苦しくて最低だけど――この力は最高よ」


 ぽつり、と水滴が足元に落ちた。

 いつの間にか、黒雲が黄昏を覆い隠し、遠雷が聞こえてくる。


 荒い息遣いのまま、アニスはゆらりと足を踏み出す。

 「〝臭い〟は、あっちの方……」


 エルヴィアは、目の前の惨状に震えていたが、パリオに肩を叩かれた。

 「行きましょう。気をしっかり持ちなさい――」


    †


 アニスに追随した先は、城内の広間だった。


 雨は激しさを増している。

 薄暗い広間を、時折、雷光が白く照らす。


 「出てきなさい――ここにいるのは分かっている」


 アニスの声が響く。

 少し間をおいて、どこからかコツコツと床を叩く音が聞こえてくる。


 「同胞か――」

 

 気づけば、アニスの前に、黒尽くめの男が立っていた。

 暗がりに、男の顔だけが白く浮かんでいる。


 「〝あの男〟の側にいるのは感じていた――そして、人間と行動を共にしている」

 よく通る、落ち着いた声だ。

 「混血種(ダンピール)……私を殺しにきたか」


 これが吸血鬼(ヴァンパイア)――不死の存在か。


 アニスは、担いだ大剣を床に突き立てる。

 「分かっているなら話は早い。さっさと殺されなさい」


 吸血鬼(ヴァンパイア)は、嘲笑するように短く鼻を鳴らす。

 「貴様は、なぜ生きる?」

 「――なに?」

 「昼と夜の間に住み、最も孤独を識る者よ。私を殺してまで、なぜ生き続ける?」


 雷鳴――


 「私は、お前とお喋りをしにきたんじゃない!」

 アニスが大剣を構える。

 その〝歯〟は血を求めて蠢いている。


 「臭うぞ。欲深き人間が摘み取った罪の果実。そのような力に溺れ、貴様達は、なにを求める?」


 血で汚れた大剣が、吸血鬼(ヴァンパイア)へ襲いかかる。

 しかし、アニスの斬撃は空を切った。


 突如――

 エルヴィアの目の前に、白い顔が現れる。

 飛び退く間もなく、暗闇から伸びた白い手に喉元をつかまれる。


 「ううっ……」


 物凄い力で締め上げられる。

 視界が一気に暗くなった後――急に白い手が首から離れた。


 アニスが再び剣を振るい、吸血鬼(ヴァンパイア)を掠めたのだ。

 「チッ、ちょこまかと――」


 エルヴィアは床に崩れ落ち、咳き込む。

 苦悶に顔を歪めながらも、自らの影を探した。


 (ここなら、力を使える)


 吸血鬼(ヴァンパイア)が一瞬で姿を消すのは、おそらくアニスと同じ能力だ。

 

 (それなら、〝悪魔の手〟で捕まえる――)


 うずくまったまま、ナイフで密かに指を切る。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の位置を確かめ、指輪を血で濡らす――


 「むっ!」


 影から伸びた〝悪魔の手〟は、吸血鬼(ヴァンパイア)のマントを引き裂いた。

 だが、完全に捕らえることはできなかった。


 「それは〝始祖〟の力……? 面倒なものを――」

 吸血鬼(ヴァンパイア)が呟く。

 よく聞こえなかったが、〝悪魔の手〟のことを知っているらしい。


 「ならば――」

 再び吸血鬼(ヴァンパイア)が姿を消す。

 次に現れたのは、パリオの目の前だ。

 

 「魔を退けよ(エレーサ=モルド)

 

 パリオの手のひらが吸血鬼(ヴァンパイア)に伸びる。

 あれは――〈魔除けの聖痕〉だ。


 吸血鬼(ヴァンパイア)は驚き、パリオから距離を取る。

 雷光に晒されたその顔は、微かに歪んでいた。


 「もはや、お前に活路はない!」

 アニスが大剣を振りかぶって威圧する。

 「潔く、この牙の餌食となれッ」


 雨の勢いが強まっている。

 何度目かの雷鳴が轟いた後、吸血鬼(ヴァンパイア)が口を開く。


 「貴様を殺せるのは私だけだ。その私を殺せば、終わらぬ苦痛を味わうことになるのだぞ?」

 白い顔が、広間の天井を仰ぐ。

 「千年の時を生き続け、未だ生きる意味を見いだせぬ。貴様には、その答えが見えるというのか?」


 アニスは、吸血鬼(ヴァンパイア)へゆっくりと歩み寄る。

 そして手にした剣で、その肩口を斬りつけた。


 「――これが答えよ」

 

 剣は幾度も、吸血鬼(ヴァンパイア)を切り刻む。

 「お前を殺すこと、それが私の生きる理由!」


 吸血鬼(ヴァンパイア)は声すら上げず、ただ忌まわしい〝歯〟に蹂躙される。

 威厳に満ちた〝夜の魔〟の姿は、もはや血に塗れた肉塊へと変わってしまった。


 そして、アニスの左手が、肉塊の間へ潜り込む。

 広間に、獣が嘔吐するような不快な音が響く。


 「私はこうして、母をも殺した」

 琥珀色の瞳に、もはや理性の光はなかった。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の体内から取り出された心臓は、まだ脈打っている。

 それは、飽くなき生への執着に見えた。


 「死ね――呪わしき血に塗れて」


 鋭い爪が心臓に食い込み、赤黒い血液が辺りに飛び散った。


 雷鳴は未だ、暗黒の空を裂いている。

 物言わぬ肉塊は、白い灰へと姿を変えていた。

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