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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第3章「黄昏の剣」

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9 黄昏の下

サルディアの町から魔物が巣食う地、ディードルグを目指す

 隠れ家の守備を他のギルドメンバーに任せ、エルヴィア達は町を出た。


 「この近くに、ディードルグへ続く〈転送石(ポータル)〉があるわ」


 アニスは、その転送石(ポータル)をよく利用していたらしい。

 「魔物とかち合う恐れもあるけど、今は少しでも早く城に着きたいから、転送石(ポータル)を使いましょう」


 サルディアの西にある森に入る。

 アニスの先導で獣道を進むと、やがて苔や蔦に覆われた柵門が見えてきた。

 「この奥よ――」

 

 両開きの門扉を押し開けたその先に、〝石の輪〟があった。

 転送石(ポータル)に近づくと、辺りに光が満ち、エルヴィアの意識は途切れた。


    †


 光の先は、洞窟の中だった。

 転送石(ポータル)が放つ薄明かりで、周囲の様子は確認できたが、パリオは持ってきた松明に火をつけた。


 暗がりを進んでいくと、すぐに出口が見えた。

 洞窟を出ると、目の前には森林が広がっている。


 「――この近くには魔物がいる。警戒して」


 アニスの後ろに、エルヴィアとパリオが三角形を作るように並ぶ。

 空は少しずつ黄金色に染まり始めた。

 夜になる前に、城に辿り着けるだろうか。


 小走りで森の中を進む。

 はるか前方、木々の切れ間に、石塔が覗いている。

 あれがディードルグ城に違いない。


 急ぎたいが、エルヴィアは息が切れ始めた。

 思えば、走ることには慣れていない。

 少し速度を落とそうとした、その時――


 『死を迎えよ(ゲフ=マルゥ)


 耳にへばり付くような、陰鬱な声が響く。

 エルヴィアは息をのんで、振り返った。


 後方から、(もや)のような炎のような、形の定まらない不気味なものが追ってくるのが見えた。


 『死を迎えよ(ゲフ=マルゥ)――』


 頭の中で、謎の言葉が繰り返される。


 「耳を貸しちゃ駄目! とにかく走って!」

 アニスの鋭い声で、我に返る。

 息が上がり、脇腹が痛み始めていたが、言われるままに走る。


 気づけば、隣のパリオの姿がない。

 再び振り返ると、謎の(もや)と対峙している。


 「ヴァーガルト卿が!」

 エルヴィアが叫ぶが、アニスに肩をつかまれる。

 「あれは亡霊(ファントム)よ。聖職者なら、きっと後れを取ることはないわ――先を急ぐわよ」


 森の切れ目が見えてきた。

 大きな池に囲まれた古城は、目と鼻の先だ。


 「城の跳ね橋が下りてる……いつでも入ってこい、ということ?」

 アニスは低い声で呟き、跳ね橋に足を乗せる。

 「先に私が行って、罠がないか確かめてくる」


 日がだいぶ落ちてきた。

 辺りは黄昏に染まり、城の影は悪魔の角のように見えた。


 無事に橋を渡り終えたアニスが、手招きで合図を送っている。

 エルヴィアも跳ね橋を渡り、門の前にたどり着いた。


 「パリオを待ちましょう。あまり遅いようなら、私達だけで入るわよ」


 短い休息を取ろうとしたのも束の間――


 城門の奥から、獣の唸り声が聞こえてくる。

 やがて、柱の陰から黒い毛並みの狼が、その身体を覗かせた。

 それはまるで石畳から浮き出た影のようで、目だけが赤く光っている。


 「クソッ、面倒ね」


 アニスが狼と睨み合う。

 エルヴィアはナイフを取り出し、影の位置を確かめようと、横目で足元をちらりと見ると――


 (影が、ない――)


 建物の影と重なって、どこに自分の影があるのか分からない。

 これでは〝悪魔の手〟が呼べないのでは――?


 「危ないッ」


 気づけば、狼がこちらへ突進していた。

 避けようにも、もう間に合わない。

 

 時が止まったように、全ての動きがゆっくりになり、狼の赤い目だけが視界に焼き付く。


 (駄目だ――)


 「うッ」


 痛みは、なかった。

 おそるおそる、目を開けると――


 「あああッ……は、離せッ」


 アニスが、エルヴィアと狼の間に割り込んでいた。

 彼女の首筋には、狼の鋭い牙が食い込んでいる。


 「いっ……痛い、痛いッ」


 白い肌が、血で染まっていく。

 それは不思議と、絵画のように美しく映った。

 燃える夕陽と鮮血が、視界を赤く彩っていく。


 (私が……私のせいで)


 噴き出す血が、空中に舞っている。

 エルヴィアは、その様から目を離せずにいたが――


 おかしい。

 風など吹いていないのに――

 霧状の血は、やがて本当に踊るように渦を巻き始めた。


 アニスの体の周りに、赤いつむじ風が起こっている。

 あれは――〝あの時〟の赤い瘴気だ。


 「ぐっ……うううぅ!」


 痛ましい噛み傷から、おぞましい形の〝なにか〟がせり出してくる。

 狼の口が、その〝なにか〟に押し上げられ――

 そのまま、はね飛ばされた。


 「アニス!」


 エルヴィアの叫びと狼の悲鳴が、虚空で重なる。


 「あれは――」

 後ろからパリオの声がした。

 「やはり……〝傷〟か」


 アニスの傷からせり出したのは――

 あの、化け物の〝歯〟だ。

 何度斬りつけても、傷口から生え出す、おぞましい〝歯〟だった。


 やがて、赤い瘴気は霧散する。

 アニスの右手には、(のこぎり)のような歯牙に覆われた大剣が握られていた。

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