7 それぞれの意志
魔物との戦いで毒を浴びたカルスを退避させるも、アニスに異変が起こる
「アニス!」
広間にいるアニスの周囲に、赤い瘴気のようなものが逆巻く。
まだ魔物が生きていたのか?
それとも――
「エル、まずはカルス殿の処置を!」
パリオが鋭い声を上げる。
アニスの様子も気になるが――今は一刻を争う。
エルヴィアとパリオは手分けして傷口を探すが、目立った外傷はなさそうだ。
「傷から毒が入ったわけじゃなさそう。解毒薬を飲ませましょう」
瓶の蓋を開け、カルスの口に薬を流し入れる。
カルスはゆっくりと、薬を飲んでいる。
まだ意識があるようだ。
「――念のため、身体を洗った方がいいわ」
見上げると、側にアニスが立っていた。
無事だったのか?
あの叫びと、赤い瘴気は一体――
「アニス、あなたは……」
「急いで遺跡の外へ運ぶわよ。わずかだけど、ここにも毒の影響はある」
パリオが無言で頷いたのを見て、エルヴィアは立ち上がって荷物を担ぐ。
そのままパリオがカルスを背負い、地下の神殿を後にした。
†
一行は、遺跡の外へ出た。
アニスは、妖精の泉の水を含ませた布で、カルスの顔や身体を拭いている。
「以前、毒に苦しんだ時、この水で傷を洗うだけでも、だいぶマシになったわ」
適切な処置の賜物か、カルスの顔色が良くなってきた。
「――もう、大丈夫だ」
「無理に喋らないで。そこに座って、休んでいて」
アニスは、しきりにカルスの世話を焼いている。
それを見るエルヴィアは、なんとなく微笑ましい気持ちになった。
「ところで――」
パリオがアニスを見据える。
「それが〈神の遺物〉ですか」
アニスの喉元には――
暗い緑色の石が、埋め込まれたように癒着していた。
そして、その周りには、首輪を思わせる黒い痣が浮かんでいる。
「あの時――喉に物凄い痛みが走って、頭が真っ白になった」
アニスは、喉の石に触れる。
「もう痛みは消えたけど、正直、これがなんなのかは分からない」
仮に、その石が〈神の遺物〉だとしても――
エルヴィアの骨の指輪とは、全く違う物だ。
「私の指輪は外れこそしないけど、痛みを感じることはなかったわ」
それを聞いて、パリオも言葉を繋ぐ。
「〈神の遺物〉にも、様々あるようだ。その石に秘められたるは、果たしてどんな力でしょうな」
アニスの喉元の石をよく見ると、赤い斑点が散らばっている。
それは、血しぶきの痕のようだった。
「さて、少し休んだら町へ戻りましょう。こんな場所では、カルス殿の治りも遅くなってしまう」
パリオの提案に皆が頷いた。
†
砦の町は、騒然としていた。
エルヴィアやパリオが町の者に尋ねたところ、ディードルグ城や、その近隣の町や村が魔物の襲撃を受けているとのことだった。
「突然のことで、各地は混乱している模様です」
この砦からディードルグまでは遠い。
「〝オリド・ガード〟を出すなら、早い方がいいでしょうな」
本来、東の国境を守護するオリド・ガードを南へ回すなど、まさに非常事態だ。
「それにしても――事が突然すぎないか?」
簡易的なベッドに腰掛けたカルスが疑問を口にする。
「吸血鬼の仕業なのは間違いないだろうが……」
「〈転送石〉よ――」
アニスが言った。
「なんだって?」
「きっと吸血鬼が〈転送石〉で魔物を呼び込んだのよ」
もしアニスの言うとおりなら、これは由々しき事態だ。
「もはや、ディードルグ城伯がどうのという問題ではないな」
カルスがベッドから立ち上がる。
「俺は魔物の鎮圧に向かう」
なぜ〝闇ギルドの長〟が――?
それは領主や兵士の仕事ではないか?
「魔物がどこへ向かっているかわからん。サルディアまで侵攻しているなら、隠れ家も危ない」
そう言うと、カルスは傍らの剣に手を伸ばす。
「その身体では無理よ」
アニスが言う。
「カルスの代わりに、私が行く。吸血鬼を殺すことが、私の目的なんだから」
琥珀色の目には、固い意志が宿っていた。
「ひとりでは、あまりに無謀でしょう――」
パリオが鎚矛を取り、腰に下げる。
「同行しましょう。あの遺跡での不始末を注がなければ」
エルヴィアも杖を携える。
「私も――行きます」
「無理に着いてくることはないわ。これは私の問題よ」
アニスの言葉を、エルヴィアは手で制する。
「私は、私の事情でゆくの。かつての名は捨ててしまったけれど、故郷まで捨てたわけじゃない」
全てから逃げていた自分とは、もう違う。
〝闇ギルドの一員〟として、成すべきことを、成す――




