6 決死の刃
森で毒草を入手した一行は、敗戦の借りを返すため、再び遺跡の地下へ潜る
地下の神殿の前。
カルスとアニスは、武器に毒を塗りつけている。
「敵に毒が効くかを素早く見極める。効かなければ、即時撤退だ」
カルスが作戦を確認する。
「乱戦になれば、こちらも敵に付着した毒に触れる恐れがある。なるべく距離を取りながら各個撃破を目指すぞ」
蠕虫はカルスの剣と、アニスのダガーに任せ、大物はパリオとエルヴィアが担当することになった。
狙いは、巨大な口だ。
あの大きな口の中に、パリオが〈呪いのミルク〉を放り込む。
エルヴィアは〝悪魔の手〟で敵を足止めする役回りだ。
「最初が肝心だ――準備はいいな?」
カルスとアニスが前に出る。
その後に残りのふたりが続く。
石のアーチを潜り広間へと入ると、再びあの不気味な詠唱が聞こえる。
「怯むなよ。まずは蠕虫を落ち着いて処理するんだ」
空間が歪む。
邪神の顕現だ。
周囲には、再び蠕虫の群れが出現する。
昨日は、奥の大物に目がいって、蠕虫の存在に気づけなかった。
しっかりと段取りを組んだ今なら、きっと上手くやれる。
「いくぞッ――」
カルスが先に仕掛ける。
それを合図に、アニスも動く。
剣の斬撃が、蠕虫をなぎ払う。
アニスは姿を消しては現れ、散らばった虫達を的確に突き刺していく。
急襲を受けた蠕虫の群れは、のたうち回り、崩れていった。
「いいぞ、効果ありだ!」
カルスの叫びに、全員の士気が上がる。
エルヴィアは正面に鎮座する大物を見据え、ナイフを握りしめた。
「なるべく早めに決着をつけましょう――」
パリオは鋭い目つきだ。
右手には、ガラス瓶。
ポーションの空き瓶に、毒液を集めたのだ。
大物が、ずるりと動き出す。
見た目は恐ろしいが、動きはさして速くはない。
「今です!」
パリオが叫ぶと同時に、エルヴィアはナイフで指を切る。
傷に指輪を押し当てると、影から〝悪魔〟が飛び出した。
「いけいけッ……!」
アニスの祈るような声が響く。
取り巻きの蠕虫はもう、殆ど片付いたようだ。
黒い衝撃が迸り、巨大な魔物を捕らえる。
だが、このまま〝悪魔の手〟に攻撃させてしまえば、昨日の二の舞いだ。
「パリオ! 毒を投げろ!」
カルスが叫ぶが――
パリオは、躊躇している。
〝悪魔の手〟と巨大な魔物が激しく揉み合っていて、狙いが定まらないのだろう。
一度のチャンスで、決め切らなければ勝機はない――
「パリオ! 今、やるしかない、奴が強化する前に!」
好機を待っていたパリオだが、とうとう前方へ走り、毒の瓶を放り投げた。
しかし――
「くっ、外したか!」
ガラス瓶は魔物の牙に当たり、そのまま跳ね返って床へ転がった。
こぼれた毒が、取り返しのつかなさを物語っていた。
だが――
「諦めるな!」
カルスが猛然と走り出す。
落ちた瓶を拾い上げ、底に残った毒で剣を濡らす。
そしてそのまま、魔物へと突進していく。
直接、毒の剣で斬り込むつもりだ。
しかし、あの巨体に接近しすぎるのは危険だ――
それでも、カルスの足は止まらない。
「カルス!」
アニスの叫びが響く。
カルスは、毒に塗れた剣を、魔物の口の端へ突き立てる。
そのまま深く突き刺し、体重をかけて抉る。
魔物は苦悶の声を上げた。
そのままカルスを突き飛ばし、身をよじらせる。
(どうか、そのまま――)
エルヴィアは、魔物が毒で絶命することを祈った。
しかし、魔物はまだ激しくもがき、〝悪魔の手〟と格闘している。
毒の量が足りなかったか――
カルスは倒れたまま、動かない。
突き飛ばされて、負傷したのか――?
次の瞬間、宙空に黒い影が現れた。
「死ねえッ!」
アニスだ。
彼女の手には、いつの間にか、毒草――
〈呪いのミルク〉の束が握られている。
それを、全て魔物の口の中へ投げ入れた。
魔物の口内に、猛毒の花束が落ちる。
紫色の花を噛んだ魔物は、狂ったように悶え苦しみ――
やがて、獣の断末魔のような声が広間にこだました。
巨大な魔物は、もはや元の形を成していなかった。
肉片は溶け落ち、無数の歯や牙も、ボロボロに砕けてしまった。
魔物は――朽ちた。
「カルスッ!」
アニスが、倒れているカルスへ駆け寄る。
彼女がカルスを腕に抱き留めると――
「いけない、毒にやられてる!」
毒の飛沫を浴びてしまったのか?
パリオは我に返り、大声で指示を出す。
「外へ運びましょう! エルは治療の用意を!」
エルヴィアは広間の外へと走る。
少し遅れて、カルスを抱えたパリオが早足でアーチを潜る。
通路にカルスを寝かせ、ポーチから解毒薬を取り出す。
(ネラの特別製――きっと助かるはず)
ふと、広間の方を見る。
巨大な魔物の残骸の側に、アニスが立っている。
(なにをしているの――?)
突然、アニスの身体が赤く光った。
彼女は、まるで神を迎えるように、両腕を開く。
そして、広間の外にまで、狂気を帯びた絶叫が響いた。




