3 心の距離
エルヴィア達は混血種のアニスと手を組み、行動を共にする
闇ギルドの一行に「アニス」を加えた四人は、一度、砦の町へ戻った。
「〈神の遺物〉の在り処は判ってる。でも、そこには強力な魔物がいた。悔しいけど、私ひとりでは倒しきれない」
アニスは〝不死の存在〟だが、力で敵わない相手もいる、と言った。
不死とはいえ、傷つけば痛みも感じる。
勝てない相手と戦い続けることは、終わらない苦痛を意味するのだ。
「〝夜の魔〟――吸血鬼との戦いも同じことよ」
目深に被ったフードを上げて、アニスは言う。
「今の私では、奴に及ばない。せめて、対等に渡り合える力を手に入れないと」
エルヴィアは、アニスを見る。
真っ黒な髪――後ろ髪だけが長い。
肌は青ざめたような白さだ。
切れ長の目を、長い睫毛が縁取る。
女と少年、魔性と幼さ――
それらが混ざり合った、妖美な面差しだ。
「しかし、それでは――」
パリオが話に入ってくる。
「いつまでも決着しない、ということになりませんか? あなたも吸血鬼も、不死なのだから、終わらない戦いになる」
アニスは、パリオを半眼で睨めつける。
「吸血鬼を殺せるのは、吸血鬼の血を引く者だけ――つまり、私だけよ」
ダガーの縁を指でなぞりながら、彼女は続ける。
「お前達は私に頼らざるを得ない。それをよく覚えておくことね」
†
エルヴィアは、町に出て鹿肉の串焼きを買い求めた。
焼きたての串を手に、隠れ家へと戻る。
所在なげに佇むアニスに、串を一本、差し出す。
「これは?」
「鹿肉よ。ここの名物らしいの」
アニスは串を受け取ったが、口をつけるか迷っている。
エルヴィアは自分の串焼きにかじりつく。
「久しぶりに食べたけど、確かに癖になる味ね」
アニスも、肉の端に歯を立てる。
やがて、心配ないと思ったのか、ゆっくりと食べ始めた。
満更でもない様子だったので、エルヴィアはホッとする。
やがてカルスが隠れ家へ戻ってきた。
「南方、からこちらに逃げてくる者がいる。吸血鬼に関係していると思うか?」
それはアニスへの問いだ。
「多分ね。あの城やその周辺は、もう魔物の巣窟かもしれない」
「南の城伯が、東の辺境伯を狙ったことは、それと関係しているか?」
再びカルスが尋ねる。
「分からないけど、そうかもしれない。あの男は、どこか焦っていた――」
アニスは、食べ終わって残った串を弄びながら言う。
「辺境伯が持つ〈遺物〉を狙っていたのかもしれないわ」
カルスが腕を組んで呟く。
「〈遺物〉の力で、吸血鬼の脅威に対抗しようとしたか」
父が殺された理由に、吸血鬼が絡んでいるのか――
「言っておくけど、辺境伯を殺したのは私じゃない」
アニスはエルヴィアを見る。
(私の素性を知っているのか――)
「〝あの死骸〟が届けられた時、妙だと思った。不自由なく暮らしているはずの令嬢にしては、痩せた死体だった」
アニスも、ベルアシーリアを見たのか。
「それに、その指輪。〈遺物〉を持っているということは、あなたが辺境伯の肉親である可能性は高い」
「なかなかの洞察力ですな」
パリオが感心するが、アニスはそっぽを向く。
あの〝拷問〟のせいで、パリオを目の敵にしているようだ。
†
四人は再び、モルディレインの地へ赴いた。
「それにしても……」
先導するアニスが口を開く。
「お前達は、どういう関係なの? 伯爵の令嬢に聖職者、ならず者――」
それが連れ立って東の地をうろついているのは、確かに不可解だろう。
「俺達は、闇に生きざるを得ない者の集まりだ」
カルスの言葉に、アニスは鼻を鳴らす。
「フン、不幸な自分に酔っているのね。本当の闇も知らないくせに」
アニスの声は、どこか寂しげで、まるで拗ねた子供のようにも感じられた。
一行は、朝から夕刻まで、かなりの距離を進んだ。
そろそろ日暮れかという頃、カルスが声を上げる。
「今日はここまでにしよう。この辺りで野営の準備だ」
「もう疲れたの? 人間は貧弱な生き物ね」
アニスが溜息をつく。
「疲れもあるが、夜に動き回るのは無謀だ」
カルスの意見はもっともだが、アニスは首を縦には振らない。
「私は夜目が利くわ。むしろ、夜こそが私の時間よ」
琥珀色の瞳が光る。
「あの魔物がいる地下遺跡だって、真っ暗よ。そんな有り様じゃ、先が思いやられるわね」
人間ではないアニスに、協調性を求めるのは難しいだろうか。
こんな時、ネラがいれば、場を和ませてくれたかもしれない。
「アニス――こっちへ来て」
エルヴィアが手招きすると、アニスが近づく。
「あの雨の日――あなたは妖精に会っていたの?」
「そうよ……彼女は、私の数少ない友人だった」
アニスは語りだす。
「人間の作るポーションは、あまり効かないけれど、あの娘が住む泉の水だけは、私の痛みを癒してくれる」
カルスとパリオがキャンプの支度をする間、ふたりは色々な話をした。
主にアニスが話すのをエルヴィアが聴く形だったが――
柔らかい焚き火の光の中で、夜は更けていった。
眠ってしまう前に、明日も晴れることをエルヴィアは祈った。




