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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第3章「黄昏の剣」

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1 異境の雨

 「その指輪――〈神の遺物〉ね?」


 エルヴィアを拘束した女の声は、わずかに熱を帯びていた。


 「神の遺物――とは、なんだ?」

 カルスが応えると、

 「とぼけるなッ! 知らずにこんなモノを持ち歩くわけがない!」

 女の声が気色ばむ。


 「お前はもう、いい――そっちの男」

 今度はパリオへ向き直る。

 「この指輪の〝力〟について、教えなさい」


 矛先となったパリオは静かな口調で切り出す。

 「それは、持ち主に訊くのが手っ取り早いのでは?」

 「駄目よ。呪文でも唱えられたら面倒だしね」

 

 女はかなり用心深いようだ。


 「あなたは――その指輪が〈神の遺物〉であることを、ひと目で看破した。普通の人間に、それができるとは思えない」

 パリオの目が大きく見開かれる。

 「先ほどの、目にも留まらぬ動きといい……主導権を握っているのはそちらだ。そう焦る必要など、ないではありませんか」


 また、女の息がかかる。

 「揺さぶろうとしても無駄よ。さっさと質問に答えないと、本当に殺す」


 それを聞いてなお、パリオの口ぶりは変わらない。

 「あなたは、その指輪が欲しい……しかし、〈遺物〉を扱う危険性も知っている。そこでひとつ、お教えしますが――」


 雨が首筋や胸元を濡らす。

 汗か雨粒か判然としない雫が、服の内側を滑っていく。


 「その指輪は、呪われている。その者の指から離れることはないのです。あなたがそれを手に入れることはできません」


 指輪が外れないのは事実だ――

 

 だが、呪われた指輪であるというのは、誇張した表現だ。

 こちらも、骨の指輪については多くを知らない。


 「なら、こいつを殺し、指を切り落としてでも……」

 「やってみますか? その結果、呪いであなたが死ぬかもしれませんよ?」


 パリオの言葉を、女は笑い飛ばす。

 

 「私が死ぬ? 面白い――」

 逆手に握られたダガーが、エルヴィアの首元をなぞる。

 

 「殺せるものなら、殺してみるがいい」

 疼くような痛みが走る。

 「この忌まわしき血を絶やすことができるなら――」


 女の呼吸が急に荒くなる。

 苦しんでいるのか、あるいは怒りに震えているのか――

 明らかに、様子がおかしい。


 「もしや――」

 パリオの目から光が消える。

 「不死の血族……夜の朋輩か!」


 「あああああッ!」


 女は、激昂とも愉悦ともしれない叫び声を上げた。

 同時に、エルヴィアを拘束する手が緩む。


 (今なら――)


 乱れた女を振り払って、逃げ出せるかもしれない。

 しかし、目の前で不規則に揺れるダガーに、腰が引けてしまう。


 そこでふと、違和感を覚える――


 離れた位置にいたはずのカルスが、近い。

 そのカルスと目が合う。

 まるで獲物を狙うような表情で「今だ」と言っているように見えた。


 エルヴィアは、杖で女の右腕を払いのけた。

 そのまま、一気に体を沈める。


 その瞬間に、カルスが突っ込んでくる。

 杖を手放し、側面へ避ける。


 「貴様ッ!」


 這いずりながら、どうにか立ち上がって振り向くと、カルスが女の右手を取り、地べたに押さえつけていた。


 「離せッ」

 女は暴れたが、カルスの腕力には敵わないようだ。


 「どうやら、組み付かれると、瞬間移動はできないようですな」

 パリオが、制圧された女を見下ろす。

 そして、外套を開いて腕を突き出した。


 その手のひらには――

 まるで渇いた血のように黒い、〝傷のような痕〟があった。


 「これは神に授かりし〈魔除けの聖痕〉。不死の存在を滅する力はないが――」

 

 パリオの手が、顔を背ける女に、ゆっくりと伸びる。

 「獣を躾ける鞭くらいの働きはします。このように――」


 「ぐあああぁッ」


 雨の中、女の絶叫が響く。


 「あなたはなぜ、〈遺物〉の力を求めるのですか?」

 「誰が貴様などに教えるか……うあああッ!」


 パリオは容赦なく女に聖痕を押し当てる。


 「死ねずに苦しみ続けるとは、なんと哀れなことだ……私は、定命の者としての幸福を感じます」

 「や、やめろ……ああああああッ!」


 まるで拷問だ。

 

 たとえ、自分に刃を向けた者とはいえ――

 こんな残酷な仕打ちは、望んではいない。


 「もう、やめて……」


 エルヴィアは、消え入りそうな声で制した。


 雨の音と、女の苦しげな息遣いだけが聞こえる。

 地面に落ちたダガーの汚れが、雨粒に清められていく。


 「……なぜ、こんなことをしたの?」


 虚ろな目をした女の顔は、しとどに濡れていた。

 それはきっと、雨の仕業なのだろう。

 だが、エルヴィアには、女が泣いているように見えた。


 「力が……力が欲しい」

 息も絶え絶えに、女は言った。


 そして、その開いた口からは――

 明らかに人のものではない〝牙〟が覗いていた。

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