10 暗雲の前触れ
エルヴィアはカルス、パリオと共に再び東の地を目指す
砦の町に着いた三人は、隠れ家に荷物を置き、探索の準備を進めた。
エルヴィアは、鍛冶屋を尋ねた。
鍛冶場では、相変わらず無愛想な顔の店主が、赤い塊をハンマーで叩いている。
「あの……」
声をかけたが、返事はない。
「あの、すみません」
「仕事中に声をかけるんじゃねえ」
静かな迫力に、腰が引けてしまう。
しかし、その後すぐに、
「買い物なら、ウチのが帰ってくるまで待ってな――」
と、こちらを見もせずに言った。
店主から離れて待っていると、その伴侶らしき中年の女が帰ってきた。
「あれま、お客さんかい? なにをやってんだい、ウチの朴念仁は」
エルヴィアが用件を告げると、女は親切に耳を傾けてくれた。
「あんたに合いそうな武器ねえ……あまり力はなさそうだね。まあ、大げさな武器よりは、旅杖くらいが丁度いいんじゃないかね」
女は棚に飾られた杖を手に取った。
「これは頑丈な樫の杖で、持ち手は金属だ。いざとなれば武器にもなるよ」
杖を持たせてもらって、重さや質感を確認してみる。
確かに、慣れない武器よりは取り回しも良さそうだ。
エルヴィアは勧められた杖を購入し、鍛冶屋を後にした。
†
「この町にやってくる他所の兵士だが、やはりディードルグの者だった」
カルスは町で支度をしながら聞き込みをしていたようだ。
「ここ数日で、四、五人は来たそうだ。雇ってほしいと懇願され、オリド・ガードも対応に困っているらしい」
「ううむ、まず間違いなく、なにかあったでしょうな」
パリオが鎚矛の手入れをしながら言う。
「いずれは南方に出向く必要もありそうだが……まずは妖精に話を聞かねば」
カルスも、細々とした持ち物を確認している。
エルヴィアは、ポーションや食料を、腰のポーチや革袋に収納する。
一度、通った道とはいえ、油断はできない。
素早く〝力〟を使えるように、ナイフの位置を何度も確認した。
†
三人は隠し通路を抜け、遺跡の石の輪からゴーレムと戦った場所まで来た。
「これがそのゴーレムの残骸ですか」
パリオが散らばった石塊をまじまじと見る。
「あの石の輪といい、古代人の技術は一度、時間をかけて調べたいところです」
カルスが「急ごう」と声をかけると、パリオは名残惜しそうにその場を離れた。
雨が外套を濡らし始めた。
これが大降りに変わったら、妖精は泉を離れてしまうかもしれない。
クロークのフードを被る。
この雨に紛れて、獣や魔物が襲ってこないだろうかと、少し不安になる。
それはカルスやパリオも同じらしく、しきりに周囲を見回していた。
ふと、先を行くカルスの足が止まる。
「誰だ――?」
行く手に、人の姿がある。
その人物は、カルスの前まで来ると、歩みを止めた。
カルスよりは背が低い。エルヴィアと同じくらいか――
線の細さから、少年か女に見えた。
「その声……」
見知らぬ人物が口を開く。
その声色は女のものに聴こえた。
「どこかで聞いたと思ったら、お前か」
何者だ?
どうやら、カルスとは面識があるようだが――
「今までどこへ? なぜ、こんな場所にいる?」
カルスが尋ねる。
その声が語っているのは、心配というより純粋な疑問だった。
「野暮用だ――そっちこそ、なぜ東の地まで来ている? やはり辺境伯の手駒だったのか?」
わずかな緊張の糸が、少しずつ張り詰める。
カルスの後ろにいたパリオが、すっと前に出た。
「お知り合いですか?」
パリオが尋ねる。
「彼女は――消えたディードルグ伯の仲介役だ」
女は、フードの隙間から琥珀色の瞳だけを覗かせている。
珍しい瞳の色だ。
「なぜ突然、行方をくらました? ディードルグでなにが起こっている?」
「さあ――自分で調べてみたら?」
首巻きで口元を隠している。
なにも語らぬ、という意思を示しているように見えた。
「この先に妖精がいただろう。その者を追ってきたのか?」
「質問ばかりね……お前には関係ない」
女はエルヴィアに視線を移す。
その目が――光ったような気がした。
「知りたいことがあるなら、先に有益な情報を出すべきよ……」
女は一歩前に踏み出し、灰色の空を仰ぐ。
「ここは〈マナ〉が濃いな――」
その刹那。
女の姿が、本当に、煙のように消えた。
そして瞬きをする間もなく――
エルヴィアは身体の自由を奪われていた。
「なっ……」
背後から口元を押さえられる。
「動くな! お前達もだ!」
一体、いつの間に後ろに――?
「少しでも動いたら、こいつを殺す」
首に、冷たいものが当たる。
ダガーだ。
「なんの真似だ?」
振り向いたカルスは、腰の武器に手を当てたまま動かない。
パリオも同様だ。
「さっきも言ったでしょ」
女の手の力が強まる。
「〝有益な情報〟を寄越しなさい」
雨は降り続いている。
女の息が、耳元にかかる。
その息は――とても冷たかった。
「なにが知りたい……?」
カルスが尋ねる。
「まずは、武器を捨てなさい」
女の要求に答え、ふたりは武器を地面に落とす。
「いいわ……じゃあ、最初の質問」
ダガーの刃先が、首筋をくすぐる。
「その指輪――〈神の遺物〉ね?」
†††
第2章「外の世界へ」終




