7 もの言わぬ守護者
泉の妖精の不穏な言葉を背に、一行はギルドの隠れ家へ引き返す
四人で話し合い、一度、砦の拠点へ戻ることに決めた。
ドグだけは撤退を渋っていたが、
「妖精の泉の水を手に入れただけでも収穫だよ。強力なポーションとか、即効性の解毒薬の材料になるんだから」
とネラに説得され、ようやく受け入れた。
キャンプを後にし、石の輪がある場所へ急いだ。
この辺りは不思議と魔物の気配がない。
〈マナ〉が濃い感触はあるが――
妖精が住処にするくらいなのだから、平穏な土地なのだろう。
太陽が真上に登る少し前、石の輪がある地点へ着いたのだが――
「……おいおい、前はあんな奴、いなかったぞ」
石の輪の周辺を、奇妙なモノが歩き回っている。
それはミノークよりも大きな、〝人型の岩〟だった。
「こいつ……〈ゴーレム〉かもしれない」
ネラが呟いた。
〈ゴーレム〉とは、土で造られた巨人のことだったと思うが――
「お、おい――お前、魔女だろ? なんとかしろよッ」
ドグは、すでに腰が引けている。
「アタシは〈高位の魔女〉じゃないんだから、こんなの、どうしようもないよっ」
薄黄色のゴーレムは、声に反応したのか、こちらに向かってくる。
戦うか、それとも――
「きゃあッ!」
ゴーレムが突然、ネラに襲いかかった。
長い腕を振り回しながら、逃げるネラを執拗に追いかける。
「なにやってるッ! 〝アレ〟を使え、〝アレ〟を!」
ドグがいうのは、〈大蛇の目〉のことだろう。
「こ、こいつ〝目〟がないんだよッ!」
そうか――
生き物ではない、〝岩〟であるゴーレムの動きは止められないのか。
このままでは、ネラが危ない。
今がまさに〝力〟を使う時だ――
エルヴィアは、胸のざわめきと戦いながら、ナイフを取り出す。
その鋭利な刃で、親指を少し傷つける。
(来たれ、〝悪魔の手〟よ――)
白昼の太陽が作る影から、黒い腕が伸びる。
〝悪魔の手〟は、放物線を描き、石造りの巨人へ攻めかかる。
漆黒の拳が繰り出され、まともにそれを受けたゴーレムの体勢が崩れる。
だが、相手はさすがに頑丈だった。
ゴーレムは体勢を立て直し、〝悪魔の手〟と組み合う。
「皆、今のうちに石の輪へ!」
エルヴィアは叫んだ。
せめて、仲間だけでも逃がせれば、役に立てる――
ドグは間髪を入れず、石の輪の前へ走る。
「あ、バカ!」
ネラがそれに気づいて叫んだ。
「薄情者ぉ!」
いや、それでいい――
「ネラも、早く!」
「無理だよ、置いて行けない!」
少しずつ、ゴーレムが〝悪魔〟を押し返し始めた。
このままでは、押し切られる――
「――捧げろ」
耳元で誰かが囁いた。
ムースカリトゥだ。
「もっと、捧げろ」
捧げる――?
そうだ、〝血〟の供物――
再び、ナイフを指に当てて――
新しい傷を作った。
「うっ……」
さっきより深く切り裂かれた指から、鮮血が流れ出す。
その血を掬い取り――指輪へと注ぐ。
(ああ……)
今までにないほど猛烈な勢いで、〝悪魔〟が暴れ狂った。
新しい腕が影から這い出し、ゴーレムめがけて突進する。
「うわっ、やばいやばい!」
その激しさに、ネラが全力で退避する。
〝悪魔の手〟は、ゴーレムをがっちりと拘束し、空中へ持ち上げた。
そのまま、黄色い敷石に、幾度となく叩きつける。
辺りに、稲妻のような轟音が鳴り響く。
先ほどの苦戦が嘘のように、〝悪魔〟はゴーレムをねじ伏せる。
(これが――〈神の遺物〉の力なんだ)
指の傷が、ジクリと痛む。
気づけば、ゴーレムはバラバラに破壊されていた。
それはもはや、ただの石塊だった。
巨人の残骸を見下ろす。
なぜだか、悲しく痛ましい気持ちだ――
「ねえ、見てよコレ――」
ネラは、ゴーレムだった石塊の中から、青い宝石を拾い上げた。
「やっぱり〈魔術〉で動いてたみたいだねぇ」
†
「状況から察するに、あらぁ遺跡の〝番人〟みてぇなモンだろうなあ、うん」
遺跡の出口で待っていたドグが、頷きながら言った。
「なに偉そうに語ってんの。真っ先に逃げ出しといて」
ネラが咎めるが、ドグはまるで気にしていない様子だ。
「無事だったんだから、いいじゃねぇか。言ったろ、生きて帰るのがなにより大事だってよぉ」
ドグを責める気にはならなかった。
ただ、自分の〝力〟に対する恐怖は、強まった。
窮地を脱した喜びと、不吉な予感が心の中で混じり合う。
指の傷は、ネラの〝特上ポーション〟で、急速に癒やされた。
もう痛みもなく、傷口も塞がっている。
「本当に、凄い効き目ね――」
「でしょ? 兵士とか探索者にバカみたいに売れるんだから」
短い探索だったが、色々なことがあった。
遺跡や魔物、死せる者たち、妖精、ゴーレム。
そして、指輪の力――
世界が、少しだけ見えた気がする。
砦の町が近づいてきた。
行きは怖かったあの暗い抜け道が、今は恋しく感じられた。




