6 泉のほとりで
闇ギルドの一行は、石の輪の不思議な力で遺跡の外へ転移する
光の先は、確かに野外だった。
黄色い石畳が敷かれている。
ここにも見覚えのある柱があったが、地下へと続く階段は見当たらない。
振り返ると、さっきの石の輪の中心が、じわりと光を放っている。
エルヴィアは素早くその輪から距離を取った。
「――で、ここはどこなわけ?」
腰に手を当てたネラが、ドグに尋ねる。
「俺様だって初めて来たんだから、知らんさ」
ドグはランタンの火を消しながら答えた。
「ともかく、周りを探ってみるか」
景色を眺めると、遺跡の入口の辺りより木が少ない。
「ここも……東の地、なのかしら?」
ネラに声をかけると、
「そうだと思う。気温が同じだし……ただ、風の感じは違う。多分、少し高度が高いかもしれないね」
と、予想より多くの情報が返ってきた。
一行は、まず、石の輪を背にした方向へと進むことにした。
「誰が作ったモノか知らんが、ありゃ明らかに移動が目的だ。となると、この近くになにかがあるのは間違いないはずだぜ」
エルヴィアも、ドグと同じ考えだった。
四人は林の中を歩き出す。
樹木の密度は低く、日の光が木の間から降り注いでいる。
見通しがいいので、仮に魔物が現れても、余裕を持って対処できそうだ。
槍を杖代わりに黙々と歩いていると、微かな水音が聞こえ始めた。
「水場がありそうだね……ちょっと休憩しない?」
ネラの提案に、全員が同意した。
水の音を辿って進む。
心なしか、足取りが軽くなる。
やがて周囲に霧が漂い始めると、草木に囲まれた〝泉〟が見えた。
「綺麗な水だよ! 水筒の中身を取り替えよう」
ネラが、はしゃぎながら泉の水を汲んでいる。
他の者達も、それに続いたが――
「誰だ、お前達は」
突然、聞き慣れぬ声がした。
声のする方を見ると――
肩の辺りまで水に浸かった〝赤毛の女〟が、こちらを睨んでいた。
「お、おい……裸の女だぞ」
ドグは女を指差し、その姿を凝視している。
「見れば分かるよ……って、そんなことより」
ネラが赤毛の女に声をかける。
「アンタ、人間じゃないよねぇ?」
見る限りは、水浴びをしている人間に見えるが――
ネラには、違って見えるのか。
「お前達からは、〝死の臭い〟がする」
泉の女は、こちらを指差して冷たく言い放った。
「その槍で、私を殺すつもりか」
エルヴィアは、血で黒く汚れた槍の穂を見る。
後ろめたさを感じ、反射的に槍を地面に横たえた。
女はなおも、恨みがましい目つきで睨むが、ネラがエルヴィアの前に出る。
「殺したりしないよ。ちょっと聞きたいことがあるだけ」
しかし、女の表情は変わらない。
「人間に話すことはない。泉から立ち去れ」
「まあ、そう言わずにさ。そうだ、なにか欲しい物とか、ない?」
ネラは女と交渉をするつもりらしい。
「人間に施しは受けない。私は、お前たちの同胞を嫌ってここへ来た」
「アンタは元々、どこにいたの?」
「……森。ディードルグの森だ」
それを聞いて、エルヴィアはハッとする。
ディードルグは、南の城伯が治める地だ。
「ディードルグ城伯に、故郷を追い出されたワケ?」
「森は血と夜の魔物が蝕んだ。もう住むことはできない」
「魔物……?」
ふとムースカリトゥを見ると、ブーツを脱いで足を休めている。
まるで緊張感がない――
こういう状況には慣れているのだろうか。
「あの辺りに、魔物が?」
「そうだ」
「そんな話、初耳だけどなぁ……」
ディードルグで、なにが起きているのだろう。
ひょっとして、父の死と関わりがあるのか?
「あの……私も、お話していいかしら」
エルヴィアは、ついふたりの間に割り込んでしまった。
特に、考えもなかったが――
「私はエルという名です。あなたのお名前は?」
「妖精は人間に名乗らない」
この女は〈妖精〉なのか。
見る限り、美しい人間の女と区別はつかない。
「これを見て――この指輪に見覚えは?」
エルヴィアは、左手の骨の指輪をかざす。
「見たことはない。だが……それからは血と夜の臭いがする」
血と夜の臭い――
〝悪魔の手〟のことか?
「ディードルグの森も、その臭いで満ちた。いずれ深い夜が支配するだろう」
†
妖精との対話を終え、四人は泉から少し離れた場所で火を囲んだ。
「なんか、気にならない?」
ネラが切り出す。
「ディードルグに魔物が多いなんて、聞いたことないよ」
ドグも腕を組んで応える。
「まあ、そうだが……あの妖精の言うことが本当だとしても、今は確かめようがないだろ」
〈神の遺物〉の情報は得られず、食糧も目減りしている。
一度、隠れ家へ戻る頃合いかもしれない。
泉の出来事があってから、胸騒ぎが治まらない。
空はもう緋色に染まっていた。




