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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第2章「外の世界へ」

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4 残魂の喚醒

東の地の遺跡へ踏み込んだその奥には、巨大なネズミの魔物が巣食っていた

 「落ち着いて! アタシが動きを止める!」


 ネラは部屋の入口を塞ぐように立ち、人喰いネズミと対峙した。

 彼女の遺物の力〝大蛇の目(スィル=ナグラ)〟は、目を合わせたものの動きを封じる。


 サルディアの森で、その力を目の当たりにしたが――それでも手が汗ばむ。


 (お願い、止まって――)

 エルヴィアは己の心拍を感じながら祈る。


 魔物は――動かない。

 〝蛇の睨み〟が効いているのだ。

 真っ黒なネズミは、ビクビクと震えながら、その場で鳴き声を上げるばかりだ。


 「今のうちに、やっちゃって!」

 ネラが叫ぶ。


 ここはエルヴィアが〝悪魔の手〟で魔物を倒すべきなのだろう。

 

 でも――

 〝影の位置〟が悪い。

 

 自分の影が部屋の奥へ伸びていれば、そこから攻撃できる。

 しかし、影は反対側にある。

 このままでは、味方を巻き込んでしまいそうだ。


 ネラの横を通って部屋へ入るか――?

 

 だが、いくら魔物が麻痺しているとはいえ、その目前に乗り出すのは恐ろしい。

 人間を相手にするのとは、また別の怖さがあった。


 「なにしてんの、早くッ」


 ここで動けない自分が情けない。

 やれると思っていたのに。

 なぜ――動けない?


 「冥府の喚鐘(クロガ=モルネス)――」


 背後から、子供のような声が聴こえた。


 ムースカリトゥだ。

 彼女は、小さな〝振り香炉〟のようなものを手にしている。

 黒く、鈍く輝くその香炉からは、煙が立ち上っていた。


 「おい、下がってろ」

 ドグがエルヴィアに呼びかける。

 なにが起こるというのだ――?


 ムースカリトゥは、香炉の蓋を開け、中に石の欠片のようなものを散らした。

 その様は、まるで神聖な儀式を想起させた。

 エルヴィアが、その姿につい見惚れていると――


 カタリ、となにかが動いた。


 その小気味良い音は、次第に輪唱のように重なり始める。

 奥の部屋に散らばっていた、沢山の骨が――

 青白い霧のようなものを帯びて、〝元の形〟を成してゆく。

 

 骸達が、立ち上がった。

 だがエルヴィアは、その形が歪であることに気づく。


 腕の無い者、左右の足の長さが不揃いな者――

 中には頭を置き去りにして立つ者までいる。 

 

 その混沌の中、骸達は部屋に落ちていた武器を手に取り始める。

 まるで戦士としての記憶を取り戻すかのように。

 骸達は、静かな闘志を漲らせ、ネズミの魔物を取り囲んだ。


 死者の復活――


 これがムースカリトゥの遺物の力なのだ。


 「ゆけ――死霊の軍勢(クェンダ=マルナ)

 ムースカリトゥの静かな号令と共に、骸骨の亡者達が一斉に人喰いネズミへと襲いかかった。


 まずは剣が背中に突き刺さり――

 それを皮切りに、槍が脇腹を抉り、戦鎚が頭骨を叩き割る。

 四方から、冥府の戦士達の連撃が無慈悲に降り注ぐ。

 巨大なネズミは、まるでか弱い小動物のように、絶望の悲鳴を上げた。


 その忌まわしく恐ろしい光景に、エルヴィアはいつの間にかへたり込んでいた。

 亡者達が蹂躙する音は止まらない。

 ネラも、もうネズミを見ていない。


 死に際の声は、もはや聴こえなかった。

 

 「いやぁ、相変わらず加減ってモンを知らねぇなあ――」

 ドグは驚きもせず、するりとネラの脇を抜けて、部屋の中を物色し始める。


 胸の動悸は、まだ治まらない。

 気づけば、ネラがこちらを見つめていた。


 「ムースの力、初めて見たけど、噂以上に凄いね……」

 

 〝凄い〟どころではない。

 死者を蘇らせるなど――あまりにも不条理だ。


 「ケッ、シケてやがる。この部屋、なにもねえじゃねぇか」

 ドグは、未だ通路に佇むムースカリトゥに近づき、

 「そろそろ、そこの〝死霊(ドラウグ)〟さんたちを眠らせてやっちゃくれねぇか? そいつらの荷物に目ぼしいモンがあるかもしれねぇ――」


 それを聞くやいなや、風を切るような鋭い音が響いた。

 「あいたッ!」


 ムースカリトゥの手に、鞭が握られている。

 あの力といい、この鞭といい、ドグが彼女に気後れする理由がよく解った。


    †


 しばらく経つと、死霊(ドラウグ)たちは、糸の切れた操り人形のように次々と崩れ落ち、元の亡骸へと還った。

 ムースカリトゥは、危機を救ってくれた戦士達を弔うように振鈴を鳴らし、部屋の床に塩のような粉末を撒いた。


 ようやく許しが出たのか、ドグは骸達の持ち物を探り始める。

 「しかしよぉ、〝遺物持ち〟のお嬢さん方――今後もあのザマでは困るぜぇ? やるときゃサクッとやってくれねぇと、命が幾つあっても足りやしねぇ」


 それは――ドグの言うとおりだと思った。


 エルヴィアは、なにもできずに立ち尽くすばかりだった。

 もし、この部屋に死骸がなければ、ムースカリトゥの力にも頼れなかっただろう。


 次こそは、迷わない――


 まだ少し震える膝を拳で叩き、立ち上がる。

 そして自分の影を見つめ、エルヴィアは深く息を吸った。

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