3 見知らぬ世界
隠し通路を抜け、エルヴィア達は東の地・モルディレインへ入る
地上へ出た闇ギルドの一行は、生暖かい風が吹く中を、黙々と歩いた。
初めて足を踏み入れた、東の地の景色――
見る限りは、エルオリドの風景とさほど変わらない。
ただ、少しだけ〝空気の感触〟が違うような気がする。
〈マナ〉が濃いせいだろうか――
「まずは、前に通ったキャンプ跡を目指す」
先頭をゆくのは相変わらずドグだ。
「そこを足がかりにして、前回発見した〈遺跡〉に侵入するぞ」
早速、本命の〝遺物探し〟に着手するようだ。
危険な森をできるだけ迂回し、日が傾くまで休み休み歩いた。
夕方頃に、以前ドグ達が利用したらしきキャンプ跡へたどり着く。
「ふいぃ、よく歩いたぜ――」
ドグは、その小さな身体に似合わない大きな荷物を下ろすと、そのまま地面に座り込んだ。
「火」
ムースカリトゥが短く呟く。
「まあ、待てって。俺様ぁもう、クタクタよ」
ドグは本当に疲れた表情だ。声にも張りがない。
「火ならアタシが起こしてあげるよ」
ネラが手斧を片手に、茂みに入ろうとすると――
「おい魔女の娘ぇ。そっちに薪がまだ残ってたはずだ。無理に行かなくていいぞ」
ドグがだらしない姿勢のまま、反対側の茂みを指差した。
ネラとエルヴィアのふたりで焚き火跡に薪を運ぶ。
火種に火を付け、薪に少しずつ火が回ると、ネラが自分の荷物から尖った植物の葉のようなものを取り出した。
「これを火に焚べるとね、魔物が寄ってこなくなるんだよ」
葉が燃えて、色の濃い煙がもうもうと立ち上る。
その煙は寝転んでいるドグのほうへ伸びていった。
「ゴホッ! 臭えッ! なにをしやがるッ」
すぐさま飛び起きて煙を避けるドグを見て、ネラとエルヴィアは笑った。
ムースカリトゥの方を見ると、口の端をわずかに歪ませている。
彼女も笑うのだ――
エルヴィアは仲間の新たな一面を見て、少し緊張が解けた。
†
キャンプで夜を明かし、四人は移動を再開した。
ここからは、やむを得ず森の中を進むことになる。
ドグによると、目的の〈遺跡〉はすぐ近くだそうだ。
「目印を付けておいたからな。もうじき着くはずだが――」
やがて、木々が開けた空間に出た。
そこには、明らかな人工の建造物が建っている。
これが、〈遺跡〉か――
建材は石のようだが、こんな黄色味の強い石は、この辺りではそう見られない。
西方では珍しくないと聞くが――
妙に滑らかで、曲線の多い形なのも、異様さを助長している。
両脇に不思議な意匠の柱が伸びていて、その間から幅の広い石段が地下へと続いていた。
「前にも少しだけ入ってはみたが、奥には確実に〝なにか〟がいる。灯りを落とさないように注意して進むぞ」
皆、松明やランタンに火を灯し、階段を下りる。
ドグを先頭に、ネラ、エルヴィア、そしてムースカリトゥの順だ。
薄暗い遺跡の中に、四人の足音が不気味に響く。
ここは間違いなく、異世界だ。
なぜか、初めてサルディアの隠れ地下室へ入った時のことを思い出す。
「罠はなさそうだが、油断はするな。特に、後ろにも注意してくれよ」
ドグが声を潜めて言う。
エルヴィアが気になって振り返ると、暗闇の中に松明の灯りに照らされた、ムースカリトゥの真っ白な顔が浮かび上がる。
驚いて一瞬、心臓が縮んだ。
魔物などが現れる前からこれでは、先が思いやられる――
「確かこの辺からは、未探索だ……む、あっちは妙に明るいな」
二股に分かれた通路の先では、石壁に緑色の光が反射していた。
「きっとなにかあるぞ。妙なモノを見つけても、触るなよ」
ドグは今まで以上に慎重に進む。
緑色の光の正体は、柱に埋め込まれた謎の石だった。
まるで壁掛けの燭台代わりに、一定の間隔で遺跡の中を照らしている。
どんな仕組みで光っているのか、見ただけでは理解できなかった。
「ん」
背中から声がした。
ムースカリトゥか――?
「……骨」
彼女が指差した先を見ると、通路の隅に白い物体が落ちている。
エルヴィアは身震いした。
あれは、きっと、人間の――
「おい、出やがったぞ――」
通路の突き当り――
そこは、ぼんやりと緑色に光る不気味な部屋だ。
さっきの白い物体が、部屋のそこかしこに散らばっている。
部屋の奥からは、妙に荒い呼吸音のようなものが響いてくる。
その音がする辺りだけが、真っ暗に塗りつぶされていた。
「〈人喰いネズミ〉だ――」
ネラが腰を落として臨戦態勢に入る。
エルヴィアもナイフを手に、部屋の奥を窺ったが――
通路が狭すぎる。
今、〝悪魔の手〟を呼び出したら、仲間に被害が出るかもしれない。
逡巡しているうちに、ドグが物凄い速さで最後列まで飛び退いた。
「あ、あとは頼んだぜ、〝遺物持ち〟さんよ!」
状況が目まぐるしく変わる。
実際の戦闘とは、ここまで思い通りにいかないものなのか。
そして、場の混乱に刺激されたのか――
真っ黒な魔物がこちらに振り返る。
その瞳は、緑色の部屋の中で、一際妖しく輝いた。




