2 砦を越えて
エルヴィアは旅の支度を整え、新たな仲間達と東方へ旅立つ
東の地・モルディレインを目指す闇ギルドの面々は、馬車に揺られていた。
目指すのは、エルオリドの端にある砦だ。
今は、砦と領内を行き来する大きめの荷馬車に同乗させてもらっている。
揺れは大きく、座り心地も悪い。
その上、荷台は窮屈だったが、砦まで歩く苦労を思えば、文句は言えない。
「しかし〝遺物持ち〟ってなあ、優遇されてるよなぁ。その装備も、マスター・カルスが用立ててくれたんだろ? 扱いの違いに泣けてくるぜ」
ドグがこぼすと、ネラが言い返す。
「後払いなんだからいいでしょ。あと、ソレの話、あまり外でペラペラ喋らないほうがいいよ」
〈遺物〉の情報については、確かに慎重に扱うべきだろう。
どこで、どんな策謀が巡らされているか分からない。
「まあ、あんたらがどんな力を持っててもな、東の地は一筋縄ではいかないぜ。この俺様でさえ、何度、死の淵に立ったか分からねぇ」
「ふんっ、そんなこと十分知ってるよ。アタシは元々、東方にいたんだよ」
ネラは、モルディレインにいる森の民、〝ドルイド〟と暮らしていたと、前に話してくれたのだ。
結局、この中で勝手を知らないのはエルヴィアだけだ。
危険を伴う旅であることは分かっている。
カルスに頼んで、薄刃の鋭いナイフも手に入れた。
骨の指輪に再び、血を吸わせるために――
ネラとドグの話題は、雑貨やポーションの相場に移っている。
それを聞きながら、エルヴィアはムースカリトゥを見た。
彼女は相変わらず無言で、なにかを弄んでいる。
やがて、その指がつまみ上げたのは――
(骨……?)
濃い褐色の物体は、なにかの骨のように見えた。
ムースカリトゥの耳飾りも、おそらく小動物の頭骨だろう。
彼女は、骨に妙な執着があるようだ。
エルヴィアは、左手の指輪を気にした。
馬車はガタゴトと音を立てながら、街道をひたすら進んだ。
†
小さな村や、旅小屋、礼拝堂で休息を取りながら、丸二日をかけてようやく国境の砦へとたどり着いた。
槍を携えたふたりの兵士が、大きな扉の前に立っている。
ドグが荷台から降りて門番の兵士となにか言葉を交わすと、馬車はそのまま石造りの門を通過した。
ギルドの面々は、馬車に乗せてもらった礼に、荷の積み下ろしなどを手伝った後、砦の町の裏通りへ入る。
「こっちにも俺らの〝家〟がある。場所を覚えときな」
ドグが狭い道を進む後に、他の三人も続いた。
やがて見えてきたのは、石壁に木の扉を設えた場所だった。
家や店というより、通用口のように見える。
扉の錠前にドグが鍵を差し込む。
入口が開けられ、四人は中へと入っていく。
内部は想像より広かったが、サルディアの隠れ家とは違い、まるで倉庫のような雰囲気だった。中も当然のように暗い。
「鹿!」
突然、ムースカリトゥが声を上げた。
シカ――?
「ハイハイ、行ってきますよ。ったく、毎度毎度、顎で使いやがって……」
なぜか、ドグが不貞腐れながら外へ出ていった。
「どうしたのかしら?」
「いや、分かんないけど……」
エルヴィアとネラは首を傾げたが、ムースカリトゥは床に置かれた箱や、棚の中を漁るばかりで、疑問に答えることはなかった。
しばらく経って、ドグは得も言われぬ良い香りを漂わせながら戻ってきた。
「ほら、買ってきたぞ――お前らの分もある」
手渡されたのは、串刺しにされた獣の肉らしきものだった。
「砦の町の名物料理だ。鹿の肉を酒と果汁に漬け込んで、ハーブで香り付けして串焼きにしたヤツだ。こっちに来る度に、コレをねだりやがる」
ドグは「払いはソイツだから、文句は言わんがね」と言って、鹿肉をかじった。
ムースカリトゥも、小さな口で肉を頬張っている。
香ばしい肉の塊に、食欲をそそられる。
屋敷にいた頃も、こんなに大きな鹿肉を食べたことはなかった。
一口、かじってみると、とても柔らかい。
煮込み料理よりも血の香りが強かったが、また食べたくなるような味だった。
「今後しばらくは、保存食だからな。ここで英気を養っておくこった」
ドグとムースカリトゥは、もう食べ終わっている。
「ミノークがいれば、狩った獣を解体してくれるんだけどね」
ネラが言う。
ミノークは、自然で生きるすべを誰よりも身につけているそうだ。
鹿肉を時間をかけて食べ終え、ムースカリトゥに礼を言った。
彼女は無言だったが、エルヴィアの骨の指輪をじっと見ている。
やはり、骨に関するものに興味があるのか。
少しの休息の後、いよいよ辺境の向こうへと出発する時がきた。
「よし、そろそろ出るぞ――ついて来い」
ドグが導く先は、隠れ家のさらに奥だった。
大きな木箱を退けると、その下にはやはり地下へ通じる階段が隠されていた。
ランタンの灯りを頼りに、四人は狭い通路を進む。
「この先は砦の壁の向こう側に通じている。俺らだけが知る秘密の抜け道さ」
意外に面倒見がいいのか、単なるお喋りなのかは分からなかったが、ドグはなにかと説明してくれる。
なんにせよ、初めてのことだらけのエルヴィアにとってはありがたかった。
やがて抜け道の先に、真っ白な光が見えた。
あの奥が、東の地・モルディレインなのだ。
「こっからは気を引き締めていけ。いきなり魔物に出くわすかもしれねぇぜ」
空気がサッと張り詰める。
エルヴィアは懐中に忍ばせたナイフを手に取り、呼吸を整えた。




