1 眼差しの先
ベルアシーリアを手にかけてから一週間が経った。
南方の城伯は、カルスが運んだ亡骸を見て、邪魔者を首尾よく片付けられたと認識したようだ。
叔父のオラークには、エルヴィアは行方不明で目下捜索中である、と伝えられた。
『もう追手が来ることはないだろう』
ここ数日、エルヴィアはネラと共に森で寝起きしている。
隠れ家の地下は埃っぽく、息が詰まる気がして安眠できなかったのだ。
即席のタープを張り、その下に干し草とボロ布を敷くだけでも、冷たい石壁に囲まれて休むよりは、ずっと快適だった。
そして今日、ミノークが森のねぐらの近くに丸太を運び始めた。
エルヴィアとネラのために、小屋を建ててくれるらしい。
礼を言ったが、ミノークはなにも言わず、ただ頷いた。
風はもう、春の香りだ。
世界は――動き始めている。
自分だけがまだ、あの洞穴の中にいる気がしていた。
花やハーブを摘み、キャンプに戻ると、カルスの姿があった。
「エル、話がある。隠れ家まで来てくれないか」
籠を置いてテントの中のネラに声をかけると「気になるからついていく」というので、三人揃って町へ向かった。
†
「こっちが『ドグ』、奥にいるのは『ムースカリトゥ』だ」
地下の隠し部屋には、初対面のギルドメンバーがいた。
「このふたりには、各地の〈遺跡〉や洞窟の探索を主に任せているが――今回はエルにも同行してもらおうと思う」
〝ドグ〟という、テーブルの横に立っている男――
妙に腰が曲がっているせいか、随分と背丈が低く見える。
仮に背筋が伸び切っていても、エルヴィアのほうが大きいのではないかと思えるくらいだった。
一方、手の中でなにかを弄んでいる、おそらく少女であろう者は――
漆黒の髪。
同じく真っ黒なローブをまとい、奇妙な形の耳飾りを付けている。
よく見るとそれは――小さな頭蓋骨だった。
言い知れぬ不吉さを感じさせる娘だ。
こっちが〝ムースカリトゥ〟か。
「探索……つまり、ふたりは探索者なのですね?」
「そうだ。闇のギルドは、非合法な手段で稼ぐことも多いが、〝禁足地〟での探索も仕事のひとつだ」
エルにもようやく、闇ギルドの〝仕事〟が回ってきたというわけだ。
「キヒヒッ、これが件のご令嬢か。マスター・カルスに話を聞いた時ぁ驚いたが、こりゃあまた……なかなかの別嬪さんじゃねぇかぁ、おい?」
ドグはなんとも卑しい台詞を吐き、舐めるような視線をこちらに向けた。
椅子に座っていたネラは「気色悪ぅ……」とこぼす。
それを耳ざとく聞き取ったドグは、大きく鼻を鳴らした。
カルスが場を引き締めるように言う。
「南方の城伯が東方へ横槍を入れる前に、急ぎ探索を進めて欲しい。特に〈神の遺物〉の回収は、陣営の力に直結する」
そうか――
この闇ギルドは〈神の遺物〉を持つ者が何人かいるそうだが、未開の地の〈遺跡〉などを探索して、それを手中にしてきたのか。
「や、それは違うね」
エルヴィアの想像は、ネラに否定された。
「アタシの〈遺物〉も、そこの〝ムース〟のも、ギルドに入る前から持ってたモノだよ。エルのだってそうだしさ」
どうやら、早とちりだったらしい。
「まあ、そういうことだが――いずれにせよ〈遺物〉を南方の城伯や、商人ギルドに押さえられるのはぞっとしない。滅多に見つかる物じゃないが、探しておくに越したことはない」
ともかく、早急に東の地〈モルディレイン〉へ入れとの指示を受けた。
エルヴィアは手に職もないので、今はこうしたギルドの仕事をこなす以外にやれることは、ほとんどない。
ただ草花を摘むだけでは、生きるための力も知恵もつかないだろう。
「東に行くなら、アタシも行こうかなぁ」
ネラが独り言のように声を上げた。
「おいおい、ただでさえ取り分が減っちまうのに、また頭数が増えンのかよ」
ドグがぼやく。
「ケチだねぇ。まあ、取り分はいいとしてさ、東方でしか獲れない材料もあるし、そろそろ行きたいと思ってたんだよ」
エルヴィアとしては、ネラがいてくれた方が安心なのだが――
「でも、アタシらがいたほうが便利だと思うよ。アンタ達は知らないだろうけど、エルの〝力〟は絶対、探索に役立つからね」
ムースカリトゥは、一度も口を開かなかったが、特に異論はないようだ。
結局、ネラも加えた四人で東の地へ入ることになった。
領地の外へ行くのは、いつぶりだろう――
しかも、東方は初めてだ。
父が見据えていた地、モルディレイン。
そこには、全ての運命の答えが眠っているのかもしれない。




