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忌み指輪の召喚令嬢 ~ 辺境伯の娘は闇ギルドと手を結ぶ  作者: 佐藤猛山
第1章「夜の逃亡者」

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10 生と死の間

 「あなたは――」


 生気を欠いた眼差しの女。

 その顔には見覚えがあった。


 「ベルアシーリア……」


 それは、過去の友人――

 エルヴィアを〝物狂いの娘〟と罵った少女の名だった。


 取り巻きの娘達を従えて、侮辱の言葉を浴びせてきた。

 大切な本を破られたり、服を切られたこともあった。


 あの強気で、こちらを見下げるような目は、今や見る影もない。

 だらしなく口を開け、肩で息をしている。

 

 かつての〝天敵〟が、そんな無様を晒しているのは――たまらなく嫌だった。


 「ま、まさか――」

 女が息苦しそうに声を上げる。

 「エル……? エルヴィア、サルディーン?」


 なぜ、ベルアシーリアが?

 どうして、今、あなたが――


 「フフフ……クフフフッ!」

 女は狂気の目でこちらを睨む。

 「そう……そういうこと? 私への復讐というわけね?」


 違う――

 (私が〝選んだ〟わけじゃない)


 「気に食わない……気に食わないのよ、お前ッ! 最後まで……」

 

 まるで地獄から聴こえる怨嗟の声だ。

 あの気位の高い娘が――

 今では、惨めな罪人にしか見えなかった。


 「――ここまで根に持つ女だったとはね。私が落ちぶれるまで、辛抱強く待っていたということ? 拍手でもして差し上げたいわ。生憎、腕は縛られているけれど」


 エルヴィアは、ただ立ちつくす。


 「フン、なによその顔は。お前は本当に異常な女ね。世の中のことに全く興味がないのよ。貴族の娘のくせに」

 

 女は、憎々しげに地べたに唾を吐いた。

 ベルアシーリアが、そんな振る舞いをするなど、考えられない。


 「さぞ楽しいでしょうね、好き勝手できるご身分は。ちょっとでも嫌なことがあれば、屋敷に閉じこもって泣いていればいいのだから」


 わずかだが、女の目に熱が宿り始めた。

 やはり、間違いない。この物言いは、ベルアシーリア本人だ。


 「お前が受けた屈辱など、私が味わった地獄に比べれば、蝶の羽ほどの重さもないのよ。教えてあげましょうか? 私がなにをされてきたのか――」


 自らの言葉で昂りはじめたベルアシーリアを、カルスが制止する。

 「もう喋るな。自分の立場が解っているか?」

 「黙るのはお前よ。薄汚い罪人め。その土色の肌も、きっと異人の血でしょう。悪魔の落し子、汚らわしい魔物ごときが、私に口を利くなッ!」


 女はもはや、狂乱状態だった。

 

 あの綺麗に巻いた白金(プラチナ)の髪も――

 薔薇のように美しいドレスも、気高く艶めいた声も――

 女には、なにひとつ残されていなかった。


 「ベル――私は」

 「その名で呼ぶなッ! 物狂いの子め! 死ね! 死んでしまえッ!」


 カルスを見ると、こちらを見つめ返し、首を振った。

 もう、〝その時〟なのだ――


 エルヴィアは、女と対峙する。

 叫びながら暴れる女を、カルスが〝黙らせ〟た。


 心臓が脈打つ。

 ダガーを逆手に構え、女の背に刃先をあてがう。


 この刃を突き立てれば、女は死ぬ。

 自らの手で、かつて友人を――


 血に染まる指輪が、そして〝悪魔の手〟が、脳裏に浮かぶ。

 震える右腕が、その束縛を解かれ――


 (さようなら)


 痩せた女の背中に、氷柱のように冷たい鋼が潜り込む。

 女の口から出た汚らしい水音が、洞穴に響く。


 服が血で穢れる。

 生と死の感触が、腕を伝って体中に入り込む。


 全身の力が抜け、その場にくずれ落ちる。

 まるで生まれたばかりの仔馬のように、地べたを這い回る。


 「もう、外へ出たほうがいい」

 身体の感覚を失ったまま、カルスに抱えられる。

 エルヴィアは、そのまま目を閉じた。


    †


 カルスが荷車を引いて洞穴から出てくる頃、辺りは闇に染まっていた。

 

 それまで、穴の入口にはミノークと呼ばれた大男が、静かに佇んでいた。

 エルヴィアは少し離れた場所で、小さく震えていた。


 ベルアシーリアの遺体は、再び街道にやってくる荷馬車に載せるらしい。

 そのままカルスも同乗して、南方の城伯に亡骸を確認させるという。


 ――ベルアシーリアは、あれからどんな人生を送っていたのだろう。

 もし、彼女が違う運命をつかみ取ったならば、本当の友人になれる未来もあっただろうか。


 血の跡はもう、夜に紛れてしまった。


 少し冷たい風が、荷馬車の音を運んできた。

 夜を往く馬車の影は、まるで死神の乗り物に見えた。


 †††


 第1章「夜の逃亡者」終

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