第006話:生贄の聖女エルナと、静かな礼拝堂
大聖堂の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
天井は高く、美しいパイプオルガンと無数の蝋燭の炎が、厳かな空間を作り出している。一般の参拝客に混じり、アキラとフィリアは歩みを進めた。
「アキラ様、あちらをご覧ください……」
フィリアがアキラの服の袖をそっと引き、大聖堂の最奥、一般立ち入り禁止の柵の向こうを指差した。
そこは、少し奥まった場所にある『祈りの礼拝堂』だった。
先ほど馬車から降りた少女――聖女エルナが、冷たい石畳の上にぽつんと跪き、大祭壇に向かって祈りを捧げていた。
「……ひどい。エルフの私には見えますわ。あの街全体の地下から伸びる『黒い魔力の導管』が、すべて彼女の体に繋がっています」
フィリアが痛ましそうに顔を歪める。
「あの大聖堂は、街全体の土地の穢れや人々の病を魔法で吸い上げ、すべてあの少女に押し付けているのです。彼女が肩代わりすることで、この街は『病や汚染のない美しい街』を維持している……そういうシステムですわ」
「なるほどね。道理で、綺麗な割に裏のバグデータが酷いわけだ」
アキラがデバッグUIのレンズモードを最大にすると、フィリアの言葉通り、街の全域から黒いバグのラインがエルナの体に集中しているのが視覚的に確認できた。
【バグ情報:『身代わりの聖術』】
【概要:対象エルナの魂と肉体を『穢れの蓄積用魔導書庫』に指定し、周辺地域のすべてのマイナス事象を同期・吸着する】
【同期率:99.8%(まもなくキャパシティ限界に達し、魔導書庫が破損します)】
「魔導書庫の破損って……要するに、あのまま放置すれば、彼女の命がないってことだろ」
「はい。エルフの魔力測定でも、彼女の命の灯火はあと数日……いえ、早ければ今夜にも燃え尽きてしまうほど衰弱しています」
アキラは、きつく唇を噛み締めて祈り続けるエルナの背中を見つめた。
彼女の細い体は、激しい苦痛のせいか、絶え間なく小刻みに震えている。
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その時、礼拝堂の奥から、豪華な刺繍が施された法衣をまとった太った男が現れた。サンクタス大聖堂を牛耳る『強欲な司教』だ。
司教は、苦しそうに祈るエルナを見下ろし、冷淡な声を浴びせた。
「おい、エルナ。祈りの声が小さいぞ。もっと魔力を込めて穢れを吸い上げなさい」
「……し、司教様……。ですが、もう私の体は……魔力が完全に逆流して……っ」
「黙りなさい! お前は我が教会が拾って育ててやった孤児だぞ! この『神聖な聖女の役割』を果たし、我が教会の威光を保つことこそが、お前の唯一の存在価値なのだ!」
司教はふんぞり返り、手にした魔導杖でエルナの手首の呪具を叩いた。
キィィィン! と不快な音が響き、エルナの体から黒い火花が散る。エルナは短い悲鳴を上げて、石畳に倒れ伏した。
「うぅ……っ!」
「フン、怠けるな。今夜は信者たちの前での『大浄化の儀式』がある。それまでに、さらに街の穢れを吸い取っておくのだ」
司教はエルナを一瞥し、鼻で笑いながら礼拝堂の奥へと去っていった。
残されたエルナは、痛みに耐えながら、涙を流して再び四つん這いになり、大祭壇へと手を伸ばす。
「神様……どうか、早く私を……連れていってください……」
少女の悲痛な絞り出すような呟きが、静かな礼拝堂に寂しく響いた。
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「……アキラ様」
フィリアが、怒りと悲しみに満ちた目でアキラを見つめる。
アキラは、ふぅーっと一つ、深くため息をついた。
「前世でも、こういう『一人の優秀なデバッガー(生贄)にすべてのバグ修正と残業を押し付けて、自分たちは定時退社して手柄だけ持っていく無能な上司』がいたよ。見ていて本当に気分が悪い」
アキラのタレ目が、静かに、しかし冷たく細められた。
「フィリア、あの子を助けるよ。ついでに、あの傲慢な魔導書庫設計(生贄システム)も、根本からクリーンアップ(デバッグ)してやろう」
「はい! アキラ様なら、必ず救えると信じておりますわ!」
二人は周囲の視線を避けながら、柵を越えて、静かにエルナのいる礼拝堂へと足を踏み入れた。




