第053話:氷の巨大魔獣、クリスタリア大進撃
お祭りの中心地であるクリスタリアの中央広場は、未曾有の大混乱に陥っていた。
広場の中央にそびえ立っていたはずの、体長十メートルを超える氷のフェンリルの大彫刻。
それが、全身を淡い青色の光で明滅させながら、激しく吼えて大暴れしていたのだ。鋭い氷の爪が石畳を削り、彼が口を開くたびに、周囲の露店が一瞬でカチコチに凍りついていく。
「全員、距離を取れ! 魔法での攻撃は禁止だ!」
警備隊の隊長が、声を張り上げて指示を出している。
「大魔法で攻撃すれば、フェンリルの巨体が粉々に砕け散り、何万もの鋭い氷の刃となって市民や周囲の建物を襲うぞ! 絶対に破壊するな!」
「しかし隊長! 近接攻撃を仕掛けようにも、奴の周囲の冷気嵐が凄まじすぎて近づけません!」
手出しができない警備兵たちが、悔しそうに歯噛みしている。
確かに、巨大なフェンリルの周囲には、触れるものすべてを凍らせるほどの極低温の竜巻が渦巻いていた。
「うう、お師様の最高傑作が……。このままだと、お祭りが中止になるどころか、街が壊されちゃいます……!」
ユキネが半べそをかきながら、俺の袖をぎゅっと握りしめてきた。
「大丈夫だ、ユキネ。壊さずに、元の大人しい彫刻に戻す方法がある」
「えっ……? そんなこと、本当にできるんですか?」
「ああ、俺のデバッグ――いや、ちょっとした得意分野でね」
俺は視界のデバッグウィンドウを起動した。
激しく動き回るフェンリルをロックオンすると、エラーログが明滅している。
『エラー:動作制御パラメータの異常値。バグを修正しますか?[はい / いいえ]』
やることはいつも通り、触れてクリーンアップを実行するだけだ。
だが、あの激しい動きと周囲の冷気嵐をまともに食らえば、さすがの俺のチート防寒でも少し面倒なことになる。一瞬だけでいいから、動きを止めて接近する隙が必要だ。
「みんな、頼めるか?」
俺の言葉に、隣に立つフィリアたちが不敵な、あるいは頼もしい笑みを浮かべた。
「お任せください、アキラ様」
「アキラの頼みとあれば、全力で応えるよ!」
俺は素早く指示を飛ばす。
「フィリア、風の壁でフェンリルの冷気嵐の軌道を右に逸らしてくれ。サリア、足元に炎の魔術を頼む。溶かすのが目的じゃない、急激な熱の対流で一瞬だけバランスを崩させたい」
「分かった、やってみる!」
「セリアは、俺が走るルートの氷を水魔法で調整して、滑らないように足場を作ってくれ」
「はい、アキラさん。お気をつけて!」
俺の合図と共に、ヒロインたちが一斉に動き出した。
まずフィリアが風導杖を掲げ、逆巻く風の防壁を展開する。フェンリルが放つ極冷の竜巻が、フィリアの突風によって右側の空へと力強くねじ曲げられた。
そこへサリアが地を這う炎の波動を放つ。赤熱の熱風がフェンリルの前脚を包み込み、冷気と熱気の衝突による急激な気圧の変化が、巨大な獣の姿勢をぐらりと揺らした。
「いまだよ、アキラさん!」
セリアが俺の足元に向けて水流を放ち、それが瞬時に凍りついて、滑り止めが施された完璧な一本の氷の道を作り出す。
「助かる!」
俺はセリアが作ってくれたルートを全力で駆け抜けた。
昔のゲーム開発で、バグだらけのステージをすり抜ける当たり判定の隙間を縫うように、俺は激しく暴れるフェンリルの巨大な氷の爪を紙一重でかわす。
そして――
「はい、お疲れ様」
フェンリルの巨大な左前脚に到達した俺は、その冷たい氷の体表に、右手をしっかりと押し当てた。
ウィンドウの『はい』をタップする。
キィィィィィィン――!
その瞬間、フェンリルの巨体がまばゆい純白の光に包み込まれた。




