第050話:吹雪のクリーンアップと、ダイヤモンドダスト
霊峰カイルの山頂は、吹き荒れる風と凍てつく氷に支配された、まさに極限の世界だった。
その中心部、吹雪が最も激しく渦巻く場所に、巨大な氷の結晶に覆われた古代の制御碑が静かに佇んでいた。
「あれが……天候結界の制御碑です……っ!」
ミーシャが暴風に耐えながら、必死の形相で魔導杖を構えた。
彼女は杖の先を制御碑に向け、凍える手で必死に魔力を流し込もうとする。
「天候結界、再起動……っ! 積雪パラメータ、初期化――っ!」
だが、キーィンと耳障りな高音が響き、ミーシャの魔力は激しく弾き返された。
彼女は雪の上に尻餅をつき、絶望の声を漏らす。
「くっ……ダメです! 魔力の流れが完全に逆流して、システムが一切の命令を受け付けません! パラメータの異常値が多すぎて、私の魔力じゃ修正できない……!」
ミーシャの目からこぼれた涙が、頬を伝う前に凍りついていく。
俺は彼女の肩をそっと叩き、前に進み出た。
「下がってていいよ、ミーシャ。ちょっと様子を見てみる」
「ア、アキラさん!? 近づいたら魔力の逆流で弾き飛ばされますっ!」
引き止めるミーシャの声を背中で受け流し、俺は氷結晶に包まれた制御碑に直接、手のひらをペタッと置いた。
冷たさは感じない。ただ、手のひらの先で、システムが激しくバグの悲鳴を上げているのを感じた。
ピロリン、と小気味よい効果音と共に、俺の視界に半透明のウィンドウが展開される。
『エラー:積雪パラメータのオーバーフローによる無限ループ。天候結界システムのバグを修正しますか?[はい / いいえ]』
もちろん、俺の答えは一つだ。
視界の『はい』を人差し指でタップする。
――『事象書き換え(クリーンアップ)』、実行。
フッ、と制御碑を覆っていた巨大な氷結晶が、キラキラとした光の粒子に分解され、大気中へと霧散していった。
それと同時に、制御碑の内部で詰まっていた魔力の奔流が、あるべき流れへと一瞬にして整えられる。
「え……?」
ミーシャがぽかんと声を漏らした。
次の瞬間、耳を劈いていた暴風が、嘘のようにピタッと止んだ。
重く垂れ込めていた灰色の雲が中央から割れ、そこから暖かく黄金色に輝く太陽の光が差し込んでくる。
澄み渡るような青空が広がり、空気中に残っていた氷の微粒子が陽光を反射して、まるで無数の小さな宝石のようにキラキラと輝き始めた。
「ダイヤモンドダスト……」
フィリアがうっとりとした声を上げる。
山頂の下を見下ろすと、そこには太陽の光を浴びてプリズムのように七色に光り輝く結晶の森と、美しい氷彫刻のような山々がどこまでも広がっていた。結晶帝国の、真に美しい雪景色の姿だった。
「嘘……一瞬で、結界が修復された……? 大吹雪が、本当に止まったの……?」
ミーシャは膝をついたまま、その輝かしい絶景を見上げて、ポロポロと大粒の涙を流した。今度はその涙が凍ることはなく、彼女の温かい頬を濡らしていった。
「ありがとうございました、アキラさん……! あなた方は、我が国の救世主です……!」
大感謝するミーシャを連れて、俺たちは一旦コテージへと戻った。
リビングの大きなガラス窓から、晴れ渡った結晶帝国の雪景色を眺めながら、その日の夜は解決の宴を開催することにした。
「さあさあ、今夜は『雪見しゃぶしゃぶ』ですよ! お肉をこのお出汁にサッとくぐらせて、ポン酢かゴマダレでいただくのです!」
セシリアが薄くスライスされた極上の魔獣肉をお皿に並べる。
コタツに入ったリアが、我先にとお肉を出汁に通し、ハフハフと言いながら口に放り込んだ。
「んん〜っ! 柔らかくて、お口の中でとろけます! この酸味のあるポン酢が、お肉の脂をさっぱりさせて最高です!」
「リーネも食べるのー! もぐもぐ……ふにゃあ、美味しいのー!」
「ミーシャさんも、どうぞ遠慮なさらずに」
フィリアに勧められ、まだ少し緊張していたミーシャがお肉を箸でつまみ、出汁にくぐらせて口にする。
その瞬間、彼女の目がこれ以上ないほど見開かれた。
「おいひい……! こんな食べ方、初めてです……! コタツの温かさといい、このお料理といい、アキラさんたちの旅は本当に常識外れですね」
ミーシャはそう言って、嬉しそうに顔を綻ばせた。
俺は懐から『写像水晶』を取り出し、窓の外の美しいダイヤモンドダストと、コタツを囲んで美味しそうに肉を頬張るみんなの姿をパシャリと撮影した。
この美しい写像は、俺たちの賑やかな旅の、また新しい一ページとして記録される。
翌朝、すっかり元気になり、天候の安定を見届けるために戻るというミーシャと、結晶帝国の入り口で別れを告げた。
「アキラさん、またいつか、この国に遊びに来てくださいね!」
元気に手を振るミーシャに見送られながら、俺たちはのんびりと、結晶帝国の首都へと向けて歩き出した。
頭上には、どこまでも澄み切った青空が広がっていた。




