第048話:コタツの誘惑と、遭難した結界術師
「……アキラさん、これは何ですか? なんだか不思議な形をした机ですね」
セシリアが温かいハーブティーを運んできてくれた頃、俺はリビングの中央に、とある家具を設置し終えていた。
四角いローテーブルに、厚手の布団を掛け、その上にさらに天板を載せたもの。布団の下には、微弱な熱を発し続ける火属性の魔石が仕込んである。
「これは『コタツ』っていう、俺の故郷の冬の最終兵器だ。まあ、百聞は一見に如かずだ。こうして足を中に入れて座るんだよ」
俺が実演してコタツに潜り込むと、ヒロインたちは興味津々といった様子で顔を見合わせ、恐る恐る真似をし始めた。
最初に足を滑り込ませたのはリアだった。
「……あ。何ですかこれ。じんわりと温かくて、すごく気持ちいい……」
リアの目がとろんと潤み、そのままずるずると上半身を天板の上に投げ出す。
「リア様、はしたないですよ……と言いたいところですが、あ、これ、は……」
次に滑り込んだフィリアが、言葉を失ってフリーズした。耳が心地よさそうにピクピクと動いている。
「ふぁわあぁ……アキラ様、これ、お布団から出られなくなる魔法がかかっています……っ」
「アキラ! これ砂漠の熱風とは違って、優しくてとろけそうな温かさだね! 私、これ大好き!」
エルナとサリアも、両側から俺の隣に潜り込んできた。
コタツの中は限られたスペースだ。必然的に、俺の太ももに彼女たちの柔らかい足や体が密着することになる。
「ひゃうっ……あ、アキラ様、お、足が当たって……」
「ごめんエルナ、ちょっと狭いな」
「い、いえ! その、このままで大丈夫ですっ!」
エルナは真っ赤になりながらも、むしろ俺の体にぴったりと寄り添ってきた。フィリアも恥ずかしそうに頬を染めつつ、俺の反対側の袖をぎゅっと握ってくる。
「アキラさん、私も入っていいですか?」
「セリアもどうぞ。こっち空いてるよ」
おっとりとしたセリアが俺の正面から潜り込み、コタツの温もりに「はふぅ……」と幸せそうな吐息を漏らす。翼が心地よさそうにパタパタと震えていた。
「リーネ、ここをリーネの別荘にするのー!」
妖精リーネはコタツの布団の隙間から頭だけを出して、完全に野生を失った顔でゴロゴロと転がっている。
「なるほど、人を堕落させる極めて危険な魔導具ですね……」
セシリアは冷静にコタツの構造を分析しつつも、手際よく天板の上にお盆を置いた。そこには、湯気を立てる大きな土鍋が載っている。
「アキラ様、おでんというものを用意しました。大根にこんにゃく、玉子、ちくわ……アキラ様に教わった通りに仕込みましたよ」
「おお、完璧だセシリア。お前も早く入りなよ」
「失礼します……ふふ、本当にこれは天国ですね」
セシリアも俺の向かい側に座り、コタツへと潜り込んだ。
コタツでおでん。これぞ日本の冬の完成形だ。
俺は出汁がしっかりと染みて黄金色になった大根を箸で持ち上げ、ふーふーと息を吹きかけてから口に運んだ。
「――っ、うまっ! 大根が口の中で溶けるみたいだ。出汁の旨味が中まで完全に染み込んでる」
「はふはふ……美味しいです! この『ちくわ』というもの、魚の旨味がぎゅっと詰まっていて、お出汁を吸って最高ですね!」
「玉子も美味しいのー! 黄身がお汁に溶けてたまらないの!」
フィリアとリーネが嬉しそうに頬を緩める。外の大猛吹雪を完全に忘れて、コテージの中は温かいおでんと笑顔で満たされていた。
だが、その穏やかな時間は、突如として破られた。
ピーーーー、ピーーーー!
リビングの壁に設置された、コテージの防衛結界の警報魔石が赤い光を放ち始める。
「えっ!? 何事ですか!?」
「魔物が襲ってきたの!?」
フィリアとサリアがコタツから出ようとするが、体がコタツの温もりに慣れすぎていて、動きが目に見えて鈍い。
「いや、魔物じゃないな。この反応は……人間だ。コテージの結界のすぐ外に、誰かが接近してる」
俺はUIのミニマップを確認した。
赤いマーカーではなく、黄色い非敵対の光点が、コテージの防壁のすぐ外で激しく点滅している。そして、そのライフゲージは残り僅かで、風前の灯火だ。
「吹雪の中で遭難した奴がいる。助けてくる」
「俺も行きます、アキラ様!」
「いや、エルナたちはコタツで温まっててくれ。俺だけで大丈夫だ」
俺は防寒用のコートを羽織り、コテージの玄関ドアを開けた。
ひゅうううううっ!
一瞬で牙を剥くような極寒の暴風雨が俺を襲う。だが、俺はすぐに『防寒パラメータの適正化』を自身に適用し、寒さをシャットアウトして雪の中へと踏み出した。
ホワイトアウトする視界の中、数メートル先に、雪に半分埋もれるようにして倒れている人影があった。
駆け寄り、雪を払いのけると、それは白い魔道ローブを羽織った一人の少女だった。
青白い唇はガタガタと震えており、意識を失いかけている。
「おい、しっかりしろ!」
声をかけたが、少女は「う……く……」と掠れた声を漏らすだけだった。
俺は彼女を横抱きに抱え上げ、すぐさま暖かいコテージの中へと引き返した。




