第047話:天空都市からの帰還と、北の大吹雪
雲を突き抜ける巨大な魔導昇降機がゴトゴトと音を立てて地上へと到着し、俺たちは天空の浮遊都市『アエロ・ガルド』での賑やかなバカンスを終えて、再び地上の土を踏みしめた。
新しく仲間に加わった有翼の人魚・セリアは、物珍しそうに羽をパタパタと動かしながら、俺の袖をそっと引く。
「アキラさん、地上の空気って、少し湿り気があって不思議な匂いがしますね」
「アエロ・ガルドは雲の上だったからな。乾燥してたし、風も強かったろ?」
「はい。でも、こっちの方がなんだか落ち着く気がします」
おっとりと微笑むセリアの頭を軽く撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
そんな様子を見て、エルフの巫女であるフィリアが、ツンと胸を張って前に出る。
「アキラ様、次の目的地へのルートは確保できております。北の大陸へと続く街道を進めば、結晶樹や氷彫刻で有名な『結晶帝国』へと至るはずです」
「よし、じゃあ出発するか。そこには極上の名物料理や、珍しい氷の絶景があるって女神様が言ってたしな」
俺が視線を向けると、神界から有給休暇(自称)を取って同行している駄女神リアが、懐からご当地グルメのパンフレットを取り出してドヤ顔を決めた。
「ふふん! 結晶帝国の結晶ハーブを使った温かい特製ワインと、氷魔獣のジビエ鍋は絶品なんですから! この私が保証します!」
「リア様、よだれが垂れかかっていますよ」
元貴族令嬢のメイド・セシリアがハンカチを差し出すと、リアは慌てて口元を拭った。まったく、どっちが主人でどっちがメイドだか分からない光景だ。
俺たちはのどかな街道を進み、北上を開始した。
だが、歩みを進めるにつれて、周囲の景観は目に見えて変化していった。
緑豊かだった草原は徐々に枯れ草の荒野へと変わり、やがて地面にうっすらと白い霜が降り始める。
「アキラ様、だんだんと風が冷たくなってきましたね……」
エルナが純白の服を身にまといながら、寒そうに両腕を抱えて俺の隣にすり寄ってきた。
確かに、ただの秋風とは違う、骨の髄まで凍みるような冷気が足元から這い上がってくる。
「ふふ、砂漠育ちの私には、この寒さはちょっと刺激的すぎるかもね!」
褐色の踊り子サリアが、普段の露出度の高い衣装の上から、防寒用の毛皮のローブをしっかりと羽織って笑う。
「リーネ、寒いのー! アキラのポケットに避難するのー!」
俺の肩に乗っていた妖精リーネが、寒さに耐えかねたように俺の胸ポケットへと滑り込んできた。ポケットの中のリーネは小さく震えている。
俺は視界の端に浮かぶ『観光デバッグUI』のマップを展開した。
結晶帝国の国境を示す境界線がすぐ先に見えているが、そこから先のエリアが、不気味なほど真っ赤なエラーカラーで明滅している。
「……バグか」
ぽつりと呟いた瞬間だった。
突如として、大地を揺らすような地鳴りと共に、猛烈な突風が吹き荒れた。
上空の雲が急速に渦を巻き、大粒の雪が斜め横から突き刺さるように降ってくる。
「きゃあああっ!?」
「何ですか、この急激な天候の変化は……っ!?」
フィリアとセシリアが、吹き飛ばされそうになるフードを押さえて叫ぶ。
風はまたたく間に強まり、周囲の景色は一瞬で真っ白な闇――ホワイトアウトへと変貌した。一歩先を歩くフィリアの背中すら見えなくなるほどの、凄まじい大猛吹雪だ。
「ちょっと、これ冗談抜きでヤバいんじゃない!? 息ができないよ!」
「防寒結界の魔石の消費スピードが尋常ではありません! このまま歩くのは不可能です!」
サリアとセシリアの叫び声が、暴力的な風の音に掻き消されそうになる。
俺はUIのマップを睨みつけた。
『天候結界システム:パラメータ異常暴走(警告)』
赤いポップアップが視界を埋め尽くしている。やはり普通の天候ではない。天候を制御する結界システムが完全にバグっているのだ。
「みんな、俺の周りに集まってくれ! この中に留まるのは危険だ。一旦、避難する!」
俺は懐から、空間魔導具である『ポータブル魔導コテージ』の水晶を取り出した。
魔力を込め、目の前の雪原に向けて放り投げる。
キィィィン――!
ダイヤモンドのような輝きを放つ結晶の障壁が展開され、吹き荒れる吹雪を力強く押し返した。
障壁の内側には、いつも通りの二階建ての木造コテージが忽然と姿を現す。
「よし、早く中へ!」
俺たちはなだれ込むようにして、コテージの玄関ドアを開け、リビングへと駆け込んだ。
バタン、とドアを閉めた瞬間、耳を劈くような風の音が遠ざかり、暖炉の薪が爆ぜる静かな音が部屋に響いた。
「ふにゃあああ……生き返りましたぁ……!」
「本当に、アキラ様のコテージはいつ見ても天国ですね……」
リアとエルナが、暖房の効いたリビングの床にへたり込んで、だらしなく息を吐く。
フィリアも冷え切った手を暖炉にかざしながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「外はマイナス数十度を超えているはずです。アキラ様のこの魔導具がなければ、私たちは数分と持たずに凍りついていたでしょう」
「セシリア、みんなに温かいお茶か何かを用意してやってくれ」
「かしこまりました。すぐに温かいハーブティーを淹れますね」
セシリアがてきぱきとキッチンへ向かうのを見送りながら、俺はリビングの窓の外に目をやった。
ガラス窓の向こう側では、ガラスが割れんばかりの勢いで猛吹雪が吹き荒れている。防音魔術がかかっていなければ、会話もままならないレベルの大嵐だ。
「さてと……外はしばらくおさまりそうにないな」
俺はリビングの中央にあるローテーブルを見つめ、ふと思いついた。
この極寒の地で、かつこれほどの大吹雪だ。こんな時にこそ、あの日本が誇る『究極の癒やし兵器』が効果を発揮するんじゃないだろうか。
俺はニヤリと笑い、異世界のヒロインたちを骨抜きにするための準備を始めるのだった。




