第046話:天空オムレツの宴と、雲の上の記念写像
都の墜落危機が去り、元の活気を取り戻し始めたアエロ・ガルドの中庭に、アキラはポータブルコテージを展開した。
今回、都の住人や有翼人魚のセリアから、都を救ったお礼として贈られたのは、天空の絶壁にしか巣を作らないという幻の鳥の卵『風雷鳥の卵』と、澄み渡った運河に棲む『天空淡水魚』だった。
「それじゃあさっそく、コテージのキッチンでごちそうを作りましょうか」
アキラが腕まくりをしてキッチンに立つと、リアが「私もお手伝いします!」とフリルの袖を捲って隣に入り込んできた。しかし、アキラが天空魚の下ごしらえをしている隙に、黄金色のハーブソルトを指ですくって舐めるなどつまみ食いに奔走し、後ろからフィリアやサリアにジト目で見られている。
「リア様、お手伝いをするフリをしてつまみ食いばかりするのは、神としていかがなものかと思いますわ」
「そうだよ、リア様! アキラの旦那様のご飯は、お仕事した人だけが食べる特権なんだからね!」
「うぅ、ちょっと味見をしただけですよぅ!」
そんな賑やかな掛け合いを横目に、アキラはスピーディーに調理を進めていく。
風雷鳥の巨大な卵を割り、卵白をボウルに入れて泡立て器で丁寧に泡立てていく。魔力を少しハックして均一に泡立てることで、メレンゲはまるで天空の雲のようにふわふわに膨らんだ。そこに濃厚な卵黄を合わせ、バターを引いた熱いフライパンに流し込む。
じっくりと焼き上げられた『天空スフレオムレツ』は、パンパンに膨らみ、お皿の上でフルフルと揺れている。
さらに、ハーブを塗して香ばしくソテーした天空淡水魚の切り身に、風雷鳥の卵黄と地元のフレッシュな香草を混ぜて作った『黄金ソース』をたっぷりとかけた。
テーブルに料理が並ぶと、一同から感嘆の声が漏れた。
「まあ……! なんて美しい料理でしょう! このオムレツ、まるで雲そのものをすくい上げたかのようですわ!」
フィリアが目を丸くして拍手を送る。
「うん……。いい匂い。お魚も、皮がパリパリして美味しそう」
エルナも期待に目を輝かせながら、小さなフォークを握りしめた。
全員が席に着き、まずはオムレツにフォークを入れて口へと運んだ。
「――っ!」
一口食べた瞬間、リアの顔が感動のあまりクシャクシャに歪んだ。
「なにこれぇぇぇぇ! シュワッて! 口の中に入れた瞬間に、雲みたいに溶けて消えちゃいました! なのに卵の濃厚な旨味とバターの香りが口いっぱいに広がって……生きてて良かったぁぁぁ!」
「本当ね! この天空魚のソテーも、身がすごく締まっているのにふっくらしていて、黄金ソースの酸味と完璧に合っているわ!」
セシリアも上品に咀嚼しながら、その極上の味に思わずため息をもらす。
「アキラ様のおやつと料理は、本当に世界を救う美味しさですわ……!」
フィリアも幸せそうに頬を緩め、セリアも「こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べました……!」とおっとりとした笑顔を浮かべて喜んでいた。
大満足の宴を終え、一行はコテージの外へと出た。
そこには、夕暮れ時の真っ赤な光を浴びて神々しく佇む白い都と、その下に絨毯のようにどこまでも広がる美しい雲海があった。
「よし、それじゃあこの最高の景色をバックに、みんなで記念撮影をしましょう」
アキラが懐から取り出したのは、記録魔道具『写像水晶』だ。
「リア様も真ん中にどうぞ。セリアさんも一緒に」
「はいっ! アキラ君の隣、キープです!」
リアが嬉しそうにアキラの右腕を抱きしめると、エルナが「……左側は、エルナのもの」とすかさず左腕をホールドする。サリアはアキラの後ろからひょっこりと顔を出し、指でV字を作って笑う。フィリアとセシリア、そして有翼人魚のセリアも並んで微笑んだ。頭の上のリーネも「リーネも写るの!」と羽をパタパタさせた。
「はい、撮りますよ。――写像記録、起動」
アキラが写像水晶に魔力を流すと、水晶が宙に浮いてアングルを決める。
「はい、チーズ!」
パシャリ、と清らかな音が響き、夕暮れの真っ赤な雲海と白い水の都、そして満面の笑みを浮かべる全員の姿が、鮮明な写像として水晶に刻まれた。
その直後だった。
リアの懐から、ピピピピ、と不気味な警報音が鳴り響いた。
「えっ!? な、なんですかこの音は!?」
リアが慌てて魔導端末を取り出すと、画面に神界の上司の激怒した顔が大きく映し出された。
『おいリア! 出張名目で地上に逃げただろう! 報告書が白紙のままだぞ! バグはアキラ君が直したというデータが届いている! サボるな、今すぐ神界に戻って仕事をしろー!』
「ひええぇぇぇ! 怒りの強制回収機能が作動しちゃいました! 嫌だあぁぁぁ! もっとアキラ君の美味しいご飯食べるー! お休み! 私にももっと休暇をちょうだいー!」
リアがジタバタと足をバタつかせるが、彼女の体をまばゆい光の柱が包み込んでいく。
「アキラ君、また絶対に来ますからねー! 有給! 有給をーー!」
そんな絶叫を残し、リアは光の粒子となって神界へと強制送還されていった。
「あはは……。嵐のように去っていきましたね」
アキラが苦笑いしながら、光の消えた空を見上げる。
「まあ、リア様らしいですわね。――アキラ様、次はどのような絶景が待っているのでしょうか?」
フィリアが晴れやかな笑顔でアキラを見つめる。
「そうですね。まだ見ぬ世界の絶景を探しに、またのんびり旅を続けましょう」
アキラはポータブルコテージを小さな水晶へと戻して懐に収めた。
眼下に広がる白い雲海を渡る風を感じながら、一行は次なる美しい景色を求めて、新たな旅路へと歩みを進めるのだった。




