第043話:空から降ってきた女神様と、天空の浮遊島
世界樹を擁するエルフの里での一件を終え、アキラたちはポータブルコテージを水晶に戻し、再び旅路についた。
今回の目的地は、はるか雲海の上に浮かぶという伝説の浮遊都市だ。その都へと通じる古い転移陣が眠る山頂を目指し、一行は険しい岩肌の山道をのんびりと登っていた。
「アキラ様、天空の都はどのような場所なのでしょうか? 雲の上を歩くことができるなんて、まるで夢のようですわ!」
フィリアが長い金髪を風に揺らしながら、青い目を輝かせてアキラを振り返る。
「なんでも、巨大な浮石の魔力で都全体が浮いているらしいですよ。今までの街とは全く違った景色が見られそうですね」
アキラが微笑みながら答えると、彼の頭の上に乗ったリーネが「リーネ、高いところはちょっと怖いの……。アキラの髪の毛、しっかり掴んでるの!」と、アキラの黒髪を両手でぎゅっと握りしめた。
「大丈夫だよ、リーネ。アキラの隣にいれば、絶対に安全だから」
エルナがアキラの左腕にそっと寄り添いながら、静かにリーネをあやした。
「ふふ、さすがに山頂は風が強いわね。でも、セシリアさんのおかげで予算管理はバッチリだし、転移の魔力代も問題なさそうね」
サリアが腰の金色の装飾品をシャンシャンと鳴らしながら楽しそうに笑うと、セシリアは手帳を片手に「当然よ。アキラさんの無駄遣いを引き締めるのが私の仕事なんだから。それにしても、雲の上の都なんて、どんな特産品があるのか今から楽しみだわ」とハキハキとした口調で応じた。
一行がようやく山頂の平坦な場所に到達し、古びた石造りの転移陣の前に立ったその時――。
突如として、はるか頭上の大空から、引き裂くような大音量の悲鳴が響き渡った。
「いやあああぁぁぁぁぁぁ! 落ちる! 落ちるー! アキラ君、助けてえええぇぇぇ!」
「えっ!?」
全員が驚いて見上げた瞬間、青空から光の尾を引いて、猛スピードで何かが落下してくるのが見えた。
見覚えのある、フリルだらけの白いドレスと、無駄に長い水色の髪。
「あの声と姿は……。――『絶対安全領域』展開」
アキラが素早く呟くと、彼の周囲に透明な球状の障壁が展開された。
その直後、落下してきた物体が、物理法則を完全に無視したかのようにフワリとアキラの障壁に包まれ、彼の腕の中へとすっぽり収まった。
「ふえぇ……! 死ぬかと思いました……! アキラ君の匂い! アキラ君の腕の中! 生きてる、私、生きてます!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした女神リアが、アキラの首にしがみついて号泣した。
「リア様……。突然空から降ってきて、一体どうしたんですか?」
アキラが苦笑しながら尋ねると、リアはアキラの胸に顔を埋めたまま、必死の形相で訴え始めた。
「聞いてくださいよアキラ君! 神界の仕事がブラックすぎて、もう一歩も動けないレベルだったんです! それなのに上司に『有給休暇? 却下に決まってるだろ、働け』って冷たく言われて……! だから、今回の天空都市のシステムバグの『現地調査』という名目の出張を無理やりねじ込んで、地上に逃げてきちゃいました!」
「それ、実質ただの職場放棄ですよね……?」
アキラの冷静なツッコミに対し、リアは「出張です! 公務です! 出張報告書さえ書けばセーフなんです!」と必死にドヤ顔を作った。
「まあ、リア様がまたアキラを独占してる……。エルナ、許さない……」
エルナが薄紫色の瞳を細め、ジトッとリアを睨みつける。
「ちょっとリア様! また突然現れてアキラ様に抱きつくなんて、破廉恥ですわ!」
フィリアも頬を膨らませて抗議した。
「まあまあ、リア様も一緒なら旅がより賑やかになるわね。――それじゃあ、さっそく天空都市へ行きましょうか」
セシリアが慣れた様子で場をまとめると、アキラは腕の中のリアを優しく地面に下ろし、山頂の古い転移陣に魔力を流した。
瞬時にまばゆい純白の光が一同を包み込み、視界が白一色に染まる。
次の瞬間、光が収まると、一同の前に信じられないほど神聖で美しい絶景が広がっていた。
「わあぁ……! すごいですわ!」
フィリアが思わず息を呑んだ。
そこは、見渡す限り広がる白い雲の海の上に佇む、白亜の石造りの都『アエロ・ガルド』だった。
街のいたるところに美しい彫刻が施された水路が巡らされ、空にかかるアーチ状の橋がいくつも架かっている。
だが、アキラが目を細めて街の様子を観察すると、何かがおかしかった。
「……なんだか、活気が全くありませんね」
水路を流れるはずの水は灰色に澱み、不気味な泡を立てて静止している。本来なら天空の都を訪れるはずの多くの観光客の姿もなく、街全体が静まり返っていた。
「あれ……? なんだか水路の水がすごく汚いよ? お友達の木も、元気がないみたい……」
リーネが不安そうにアキラの頭の上で身を縮める。
アキラがデバッグUIを起動すると、都の中心部から、空を真っ赤に染めるほどの無数のバグ警告のポップアップが立ち上っているのが見えたのだった。




