第042話:世界樹の黄金桃タルトと、故郷の写像
巨大化の危機を脱し、元の大きさに戻った『世界樹の黄金桃』を大切に抱え、アキラたちはエルフの里の中庭へと移動した。
緑豊かな巨木に囲まれた広場には、すでにアキラが展開した『ポータブル魔導コテージ』が佇んでいる。エルフの伝統的な木造建築とは異なる、温かみのあるモダンな白い壁のコテージだが、里の自然とも不思議に調和していた。
「さて、それじゃあさっそく、この世界樹の黄金桃を使っておやつを作りましょうか」
アキラがコテージの広々とした調理場で腕まくりをすると、フィリアが嬉しそうに小走りで隣に並んだ。
「はい! アキラ様、何からお手伝いすればよろしいでしょうか?」
「まずはタルトの生地作りから手伝ってもらえますか。黄金小麦の粉をふるって、バターと混ぜていきましょう」
アキラの指示に従って、フィリアは木製のボウルを抱え、楽しげに生地をこね始める。
その隣で、アキラは熟した世界樹の黄金桃にナイフを入れた。
すっと刃が通った瞬間、黄金色の果肉からあふれんばかりの果汁が溢れ出し、甘く爽やかな、それでいてどこか神聖さを感じさせる香りが室内いっぱいに広がった。
「うわあ……! すごい香りね。これだけでお腹が空いてきちゃうわ」
セシリアがうっとりとした表情で、カウンター越しに覗き込む。
「本当に……。森の精霊たちが集まってきそうなほど、清らかで甘い香り」
エルナもその豊かな香りに目を細め、アキラの手元をじっと見つめていた。アキラは黄金桃を薄く均一にスライスしていく。
続いて、卵と牛乳、砂糖をじっくりと煮詰めて作った濃厚な黄金色のクリーム(カスタードクリーム)を用意する。焼き上がったサクサクの黄金小麦の生地に、このクリームを贅沢に敷き詰め、その上に大輪の花を咲かせるように美しく黄金桃のスライスを並べていく。
「綺麗……。まるで、お花畑みたい」
サリアが金色の瞳を輝かせて呟いた。
アキラはそれをコテージに備え付けられた加熱魔導具の中へと入れ、魔力を流して焼き時間を設定した。
しばらくすると、コテージの中に香ばしい焼き菓子の匂いと、黄金桃の甘い香りが混ざり合った、至福の香りが漂い始める。
焼き上がった『世界樹の黄金桃タルト』をテーブルに運ぶと、一同から一斉に歓声が上がった。
「まあ……! なんて美味しそうな焼き上がりなのでしょう!」
フィリアが目を丸くして手を合わせた。
タルトの表面はほんのりと焼き色がつき、並べられた黄金桃は熱が通ったことでよりいっそう鮮やかな金色に輝き、みずみずしい果汁の膜が宝石のようにキラキラと反射している。
「よし、冷めないうちに切り分けて食べましょう」
アキラがタルトを人数分に切り分け、それぞれのお皿に載せて配る。
みんなが一斉に小さなフォークを手に取り、タルトを口へと運んだ。
「――っ!」
一口食べた瞬間、フィリアの動きが完全に止まった。
サクサクとした黄金小麦の香ばしい食感の後に、温められて甘みが極限まで引き出された黄金桃の果汁が、口の中で一気に弾けたのだ。それはまるで、濃密な桃のシャワーを浴びているかのような圧倒的なみずみずしさだった。
「美味しい……! こんなに甘くて、とろけるような果実は食べたことがありませんわ! クリームのコクと桃の酸味が完璧に調和して……ああ、幸せですわ……!」
フィリアは両頬を押さえ、とろけるような笑顔を浮かべた。
「うん……。すごく美味しい。体がぽかぽかして、旅の疲れが全部消えていくみたい」
エルナも夢中になってフォークを進め、頬を少し赤らめながら嬉しそうに呟く。世界樹の魔力が凝縮された黄金桃は、一口で全身の疲労を吹き飛ばす効果がある。その言葉通り、一同の表情には旅の疲れが微塵も残っていなかった。
「ははっ、これは手が止まらないね! アキラの旦那様、やっぱり天才だよ!」
サリアは口いっぱいにタルトを頬張り、満面の笑みを見せる。
「本当にね。世界樹の恩恵をこれほど贅沢に味わえるなんて、一生の思い出になりそうだわ」
セシリアも上品に温かい紅茶を飲みながら、至福のひとときにため息をついた。
頭の上のリーネも、アキラから分けてもらった小さなタルトの一片を美味しそうにつついて、嬉しそうに羽をパタパタと動かしていた。
おやつを堪能した一同は、大満足のままコテージの外へと出た。
そこには、夕暮れ時の光を浴びて神々しく佇む世界樹と、その背後にうっすらと浮かび上がる美しい二重の虹があった。
「よし、それじゃあこの素晴らしい景色と世界樹をバックに、記念撮影をしましょうか」
アキラが懐から取り出したのは、女神リアから預かっている記録魔道具『写像水晶』だ。
「フィリア、地元なんだから真ん中に来て。リーネは僕の頭の上に乗るかい?」
「キュイ!」
リーネが嬉しそうにアキラの頭の上へと飛び乗り、ちょこんと居座る。
アキラを中心に、左側にはまだほんのりと頬を染めたフィリア、右側にはアキラの腕をぎゅっと抱きしめるエルナと、その隣で楽しげに指でV字を作ってポーズを取るサリア、そして後ろからみんなを見守るように微笑むセシリアが並んだ。
「はい、撮りますよ。――写像記録、起動」
アキラが写像水晶に魔力を流すと、水晶がふわりと宙に浮き、最適なアングルへと移動する。
「はい、チーズ!」
パシャリ、と静かな音が響き、水晶から優しい光が放たれた。
世界樹の美しい梢と、空にかかる虹、そして満面の笑みを浮かべる一行の姿が、鮮明な写像として水晶の中に記録された。
「うん、綺麗に撮れました。リアにも送っておきますね」
アキラが写像水晶を操作し、通信魔術を介して女神リアへと写像を送信する。
すると、わずか数秒後に写像水晶が細かく振動し、リアからの返信が空中へ立体的に投影された。そこには、神界の執務室で書類の山に囲まれ、青筋を立てて悔しがっているリアの姿が映し出されていた。
『ちょっとアキラ君!? 何よこの最高に楽しそうな写像は! 世界樹の黄金桃タルト!? 私も食べたい! ずるい! お休み! 私にも休暇をちょうだいー!』
神界から響く必死の絶叫に対し、アキラは「お仕事頑張ってくださいね」と穏やかに微笑みながら、写像水晶の通信魔術をそっと遮断した。
「さて、里のトラブルも解決したし、次の絶景を目指して出発しましょうか」
「はい、アキラ様! どこまでも、お供いたしますわ!」
フィリアが晴れやかな笑顔で応え、アキラはポータブルコテージを小さな水晶へと戻して懐に収めた。
一行は、世界樹とエルフの里に見守られながら、次なる旅路へと歩みを進めるのだった。




