第035話:千の泉の神殿と、荒らされたオアシス
砂漠の交易都市シャディールから東へ馬車を走らせること数日。見渡す限りの砂の世界の彼方に、突如として緑豊かな渓谷と、その中心にそびえ立つ白亜の巨大神殿が姿を現した。
「みんな、見えてきたよ! あそこが『千の泉の神殿』だよ!」
御者台からサリアが快活に声を張り上げる。
「まあ……! 砂漠の中に、あんなに水と緑が溢れる美しい場所があるなんて、本当に驚きですわ!」
フィリアが窓から身を乗り出し、目を輝かせた。神殿の周囲には無数の小さな川が流れ、本来であればオアシスのような瑞々しい絶景が広がっているはずだった。
「うん、すごく綺麗な場所。……でも、何だかお水の様子が変?」
エルナがアキラの隣で、窓から下を覗き込みながら不思議そうに首を傾げた。
「そうですね。僕の視界のマップにも、周辺の水質データに異常値が出ています」
アキラがデバッグUIを稼働させると、周囲の泉や水路を示すアイコンが、禍々しい黄色い警告色に明滅していた。
馬車を神殿の入り口の手前に停め、アキラたちは周囲を散策してみたが、そこには明らかな異変があった。
本来はクリスタルのように澄み渡っているはずの泉の水は茶色く濁り、油のような膜が浮いている。さらに、水路の周囲の美しい花々は引きちぎられ、何台もの重い馬車が通ったかのような深い轍と、乱暴に切り倒された樹木がそちこちに散乱していた。
「ひどい……。リーネのいた自動農園みたいにバグで荒れてるんじゃないの。これ、明らかに誰かが意図的に荒らした跡よ」
セシリアが地面の轍を指先でなぞりながら、憤りを含んだ声で言った。
「うぅ……。お花さんがかわいそうなの! リーネ、ここ嫌な匂いがするの!」
アキラの頭の上で、リーネが小さな葉のドレスをぎゅっと握りしめて悲しそうに声を上げた。アキラは優しく頭の上のリーネを撫でて落ち着かせる。
「そうですね。バグというよりは、結界が弱まったことで外部から何かよからぬ侵入者があったようです。UIによると、神殿の内部に複数の魔力反応――それも武装した人間たちの反応があります」
アキラがデバッグUIのマップをスクロールさせると、神殿の最奥部に赤いマーカーがひしめいていた。
「他国の武装集団、かしら? とにかく、行ってみましょう」
サリアが短剣の柄に手をかけ、アキラたちは警戒しながら神殿の静まり返った白い回廊へと進んだ。
回廊を抜け、神殿の中心部にある巨大な大泉の広場に到達した瞬間、一同は息を呑んだ。
そこでは、汚れた革鎧をまとい、大剣や魔導弓で武装した十数人の男たちが、濁った大泉の周囲を取り囲んでいた。その中心には、全身に無数の傷跡を持つ凶悪な面構えの男が立ち、泉の底を指さして叫んでいた。
「よし! 神殿のバリアが弱まったおかげで、ようやくここまで来られたぞ! あの泉の底に眠る『精霊王の結晶』を掘り起こせ! 少々荒っぽくても構わん、魔導爆弾の準備をしろ! 結晶さえ手に入れば、ブラックマーケットで国が一つ買えるほどの大金が手に入るんだからな!」
男――魔獣密猟団リーダーのバロックが、下品な大笑いを浮かべて私兵たちに指示を出している。
「魔獣密猟団……! 聖なる精霊王の眠りを妨げ、結晶を奪おうとするなんて……万死に値しますわ!」
フィリアが気高くも激しい怒りを露わにし、風の魔力を周囲にたぎらせた。
「誰だ!?」
アキラたちの足音に気づいたバロックが、鋭い視線で振り返り、背中の巨大な魔導大弓を一瞬で引き絞ってアキラたちへと狙いを定めた。
「へっ、ただの迷い込んだガキと小娘どもか。だが、俺たちの計画を見られたからには生かして帰すわけにはいかねぇな。命が惜しければ今すぐ失せろと言いたいところだが……ここで全員、砂漠の砂の塵に消えてもらうぞ!」
バロックが冷酷な笑みを浮かべ、指先から魔導矢の鋭い光を放とうとした。




