第032話:呪われた秘宝と、驚愕のクリーンアップ
アキラの視界の中で、半透明のデバッグUIが稼働していた。
不気味な黒い霧をまとう結晶をスキャンすると、画面には赤い文字でエラーログが次々と表示される。
`【警告:古代空間拡張魔導システムの異常バグを検出】`
`【エラー原因:空間制御メモリのフィードバックループ崩壊】`
`【魔力暴走により、周囲の精神波を乱す害悪波動が放出されています】`
(なるほど、やっぱりこれも世界の『バグ』ですか。精神波を乱す波動のせいで、現地の人たちには『呪い』に見えているわけですね)
アキラは心の中で納得した。本来は非常に高度で便利な空間拡張魔導具だったはずが、システムの不具合でただの有害な石になってしまっているのだ。
「1万カリエ……。いえ、5千カリエでも買い手はつきませんかね? なければこのまま処分いたしますが……」
ステージの競売人が困り果てた様子で会場を見渡す。呪いのアイテムなど、誰も買いたがるはずがない。
ジャミールはアキラたちを見下しながら、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「それじゃあ、僕がそれを千カリエで落札します」
アキラが穏やかに手を挙げると、会場全体が静まり返った。
「え、アキラさん!? あんな禍々しいものを買うの?」
セシリアが驚き、アキラの袖を引っ張る。
「大丈夫ですよ、セシリア。少し心当たりがありますから」
アキラの言葉に、ジャミールはここぞとばかりに大爆笑した。
「わははは! 本当に千カリエで買い取るとはな! さすがは底辺の貧乏旅人だ、見る目が全くない! 千カリエをドブに捨てて呪いのゴミを手に入れるとは、傑作極まる!」
ジャミールは腹を抱えて笑い、周囲の商人たちも釣られて馬鹿にしたように笑っている。
だが、アキラは気にした様子もなく、あっさりと千カリエ(銅貨数枚ほどの価値)を支払い、黒い結晶を引き取った。
結晶を近くで見ると、やはり黒い靄が不気味に蠢いているが、アキラはそれを受け取ると、すぐに会場を出ることを提案した。
「それじゃあ、バザールも十分観光しましたし、宿に戻る前に開けた場所へ行きましょう。宿の裏庭が広くて良さそうですね」
一行はシャディールのバールから少し離れた、静かな宿の裏庭へと移動した。
アキラが不気味な結晶を芝生の上に置くと、フィリアが心配そうに身を寄せた。
「アキラ様、本当にその禍々しい結晶をどうするおつもりですの? 持っているだけで、頭が少しピリピリいたしますわ……」
「リーネも、これ嫌いなの! なんか悪い精霊の匂いがするの!」
アキラの頭の上で、リーネが葉のドレスをきゅっと掴みながら不満げに言った。
「大丈夫ですよ。それじゃあ、さっそくこの『バグ』をクリーンアップしちゃいますね」
アキラは結晶にそっと手を伸ばし、その表面に指先を触れた。
その瞬間、アキラの視界に半透明のシステムウィンドウが浮かび上がる。
`【警告:古代空間拡張魔導システムの異常バグを検出】`
`【クリーンアップを実行しますか? [はい / いいえ]】`
アキラは迷わず『はい』を念じた。
直後、アキラの指先から、眩い白銀の光の波紋が広がった。
それは波打つように結晶全体を包み込み、こびりついていた不気味な黒い霧を一瞬にして消し去っていった。ピリピリと空気を震わせていた害悪な波動は、アキラの光に触れた瞬間に完全に浄化され、代わりに心地よく澄み切った魔力が庭園を満たしていく。
「あ、黒い霧が消えていく……!」
セシリアが息を呑む。
光が収まったとき、そこにあったのは、もはや不気味な結晶ではなかった。
まるで月光を閉じ込めたかのように優しく輝く、透き通った白銀の丸い水晶玉だった。
「おお……! なんという清らかで神聖な魔力でしょう! アキラ様の奇跡の手により、呪いの石がこんなに美しい宝玉に姿を変えてしまいましたわ!」
フィリアが両手を合わせて恍惚とした表情を浮かべる。
「うん、アキラの光、あったかくて大好き……」
エルナもアキラの腕にすり寄り、幸せそうに目を細めた。
「さて、この水晶のバグは完全に消去されました。ちょっと使ってみましょうか」
アキラはデバッグUIで復元された機能を確認し、水晶に埋め込まれた小さな紋章ボタンをカチリと押した。
その瞬間、水晶から溢れ出た光が前方の開けた芝生を包み込み――次の瞬間、そこには突如として、白木の美しい壁と黄金の屋根を持つ「豪華な二階建てのコテージ(一軒家)」が出現したのだ。
「えええぇぇぇ!?」
セシリアが信じられないものを見る目で絶叫した。
「な、何これ!? 家が……家が一瞬で建っちゃったよ!?」
サリアも腰を抜かさんばかりに驚き、目を白黒させている。
「これこそが、この魔導具の本来の機能ですね。伝説の空間拡張アイテム『ポータブル魔導コテージ水晶』です。中に入ってみましょうか」
驚愕する一同をよそに、アキラはのんびりと笑いながら、コテージの玄関ドアを開けた。




