第031話:砂の交易都市と、怪しい大競売
黄金の自動農園を後にして馬車を走らせること数日。砂漠の果てに、陽光を浴びて白く輝く巨大な都市の姿が見えてきた。
「みんな、あれが砂漠最大の交易都市シャディールだよ! 砂漠にあるいろんな宝物や美味しいものが全部ここに集まるんだ!」
馬車の御者台で手綱を握りながら、サリアが満面の笑みで振り返った。
「まあ、なんて大きくて活気のある都市なのでしょう……!」
フィリアが窓から身を乗り出し、白い石造りの高い城壁と、そこを行き交う無数の馬車やラクダの群れを見つめて驚嘆の声を上げる。
「うん、すごく賑やか……。でも、人がいっぱいいて、ちょっと怖いかも」
エルナはアキラの袖をぎゅっと握りしめ、彼の背中に隠れるようにして都市の喧騒を見つめた。
「大丈夫だよ、エルナ。僕がちゃんと隣にいますからね」
アキラが優しく微笑みかけると、エルナは嬉しそうに頬を緩めて何度もコクコクと頷いた。
「わあぁ! あそこにお花のいい匂いがする果物がたくさんあるの! アキラ、リーネあれが食べたいの!」
アキラの黒髪の中にすっぽりと収まり、頭の上にちょこんと座っている妖精リーネが、小さな手でバザールの果物屋を指さしてパタパタと羽を揺らした。
「はは、リーネは本当に食いしん坊ですね。街に入ったら、まず果物を買いましょうか」
アキラは頭の上の新しい相棒に苦笑しながら答えた。
都市シャディールの中に入ると、そこはスパイスや香水、色とりどりの織物や宝石がひしめく大活気のバザールが広がっていた。アキラはリーネに約束通り、砂漠のオアシスで獲れたみずみずしい果物を買い与える。リーネは自分の体と同じくらいの大きさの果実を両手で抱え、「美味しいのー!」と幸せそうに頬張っていた。
「それにしても、さすがに砂漠の中心都市だけあって、品揃えが格段に違いますね。セシリア、お財布の方は大丈夫ですか?」
アキラが尋ねると、セシリアは小さな家計簿とギルドカードを確認しながら、ハキハキとした口調で答えた。
「ええ、アキラさんが前の農園でたくさんバグを片付けてくれたおかげで、依頼報酬がたっぷり入っているわ。少しくらいの観光なら、全然問題ないわよ。……あ、そうだ。アキラさん、この街には世界中の富や珍しい魔導具が集まる『シャディール大競売会』というのがあるらしいわ。少し覗いてみない?」
「オークション、ですか。面白そうですね。世界の珍しい魔導具が見られるなら、観光マップのネタにもなりそうです」
一行はセシリアの提案に乗り、大競売会が開催されるという、都市の中央にある神殿のような豪華な建物へと向かった。
競売会の会場内は、高価な絹の衣装をまとった砂漠の富豪や大商人たちで埋め尽くされ、熱気に満ちていた。アキラたちは比較的端の一般席に腰を下ろし、ステージ上で次々と取引される煌びやかな宝飾品や、珍しい効果を持つ魔導具を見学した。
「すごい値段で取引されていますわね……。あのような小さな宝石一つで、馬車が何台も買えてしまいますわ」
フィリアが信じられないといった様子で目を丸くしている。
「ふふ、オークションなんて、金持ちの見栄の張り合いみたいなものだからね。……おや?」
サリアが会場の入り口付近を見て、少し顔をしかめた。
そこから、両手の指すべてに大きな宝石の指輪をはめ、豪奢な砂漠の絹ローブをまとった小太りの男が、数人の私兵を従えて傲慢な態度で歩いてきたのだ。
「おや、これはこれは。こんな格式高い競売会に、ずいぶんと小汚い野良の旅人が紛れ込んでいるようだねぇ」
その男――シャディールの大商人ジャミールは、アキラたちの質素な旅装をねちねちとした視線で見下し、嫌味たらしく笑った。
「おい、お前たち。ここは金を持たぬ貧乏人が冷やかしで入る場所ではないのだよ。衛兵を呼んで追い出してもらおうか?」
「ちょっと、私たちはきちんとお金を払って入場しているわ。余計なお世話よ!」
セシリアが鋭い口調で言い返すが、ジャミールは鼻で笑ってあしらった。
「ふん、気が強い女だ。だが、金がなければ何も買えんのは事実だろう? ……そうだな、ちょうど処分に困っている『面白いゴミ』がある。お前たちのような貧乏旅人には、それくらいがお似合いではないかね?」
ジャミールが指さしたステージ上では、ちょうど次の出品物が運び込まれているところだった。
それは、重苦しい台座の上に載せられた、人間の頭ほどもある「不気味に黒く澱んだ結晶」だった。結晶の周囲には、禍々しい黒い霧のような靄がゆらゆらと立ち上っており、見るからに嫌な気配を放っている。
「あれは、呪いの結晶……?」
エルナが表情をこわばらせ、アキラの背後に完全に身を隠した。
「そう、古代の遺跡から発掘された魔導具らしいのだがね、強烈なバグ……いや、呪いのせいで周囲の魔力を狂わせ、近づく者すべてに激しい頭痛を与えるという、全くの役立たずのゴミさ。破壊することもできず、我が商会も処分に頭を抱えていてね。どうだ? お前たちの全財産で、このゴミを買い取ってくれるなら、今ここで大商人である私が特別に仲介してやってもいいぞ?」
ジャミールはアキラたちを嘲笑し、周囲の商人たちも釣られてクスクスと笑い声を上げた。
しかし、その不気味な黒い結晶を見つめるアキラの瞳の奥で、青い光が静かに明滅していた。




