第003話:クリーンアップは一瞬で、驚愕は永遠に
「ん……うぅ……」
金髪のエルフの少女――フィリアがゆっくりと瞼を開けた。
アキラは彼女を湖のほとりの木陰に寝かせ、看病していた。
「あ、気がつきましたか? 無理しすぎですよ」
「な、誰……!?」
フィリアは慌てて体を起こそうとしたが、魔力切れによる全身の疲労感から、顔をしかめてその場にへたり込んでしまう。アキラは「まぁ、座っていてください」と、デバッグUIのクリーン機能で精製した清潔な水を、木のコップに入れて手渡した。
「どうぞ。ただの水ですが、少しは楽になりますよ」
「警戒すべき人間のはずなのに……なぜ……?」
フィリアはアキラをじっと見つめる。
しかし、彼女の視線の先にはアキラだけではなかった。アキラの肩や頭の上に、無数の半透明な光の羽を持つ精霊たちが、嬉しそうに飛び回ってじゃれついているのだ。
「精霊たちが、人間にあんなに懐くなんて……あり得ない……」
アキラがただ者ではないと察したフィリアは、渡されたコップの水を一口飲んだ。その瞬間、彼女の瞳が驚きで見開かれる。
「このお水……なんて澄んでいるの。まるで高山の神殿の聖水よりも、はるかに純度が高いわ……」
「お口に合いましたか。さて、あの湖ですが……」
アキラは立ち上がり、黒く濁った『精霊の湖』へと視線を向けた。
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「ちょっと、あの水を綺麗にしてみますね」
「な、何を言っているのですか!? あの汚染は、高位の浄化魔法を何日も唱え続けて、ようやく数パーセント薄まるかどうかという呪いです! あなた一人でどうにかなるような代物では――」
「まあ、見ていてください」
アキラはのんきな足取りで湖の波打ち際へと歩いていく。
そして、躊躇なくその指先を、ドロドロとした黒い泥水へと浸した。
その瞬間、アキラの視界の中央に、見慣れた青いシステムウィンドウが立ち上がる。
【魔力汚染バグ(進行度:中規模)を検出】
【修正に必要な権限:デバッガーレベル1】
【事象書き換えを実行しますか? [はい / いいえ]】
「うん、権限は問題なし。それじゃあ、バグ修正スタート」
アキラは頭の中で、『はい』のボタンをそっとタップした。
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――ピキィン。
頭の奥で、システムエラーが解消されたことを示す涼やかな効果音が鳴った。
次の瞬間、アキラの指先を中心に、波紋のような純白の光の輪が広がった。
光の輪が湖面を駆け抜けるたび、ドロドロとした黒い泥水が、一瞬にしてクリスタルのように透明な美しい水へと書き換えられていく。
光は一瞬にして湖全体に行き渡り、それだけでなく、周囲の立ち枯れていた大木や枯草を一気に芽吹かせた。瑞々しい緑の葉が茂り、色とりどりの野生の花々が狂い咲く。
フワァァァ……!
湖の底から、無数の緑や青の光の粒――呼び覚まされた精霊たちが一斉に舞い上がり、アキラを祝福するようにその周囲で踊り狂った。
「……え?」
木陰で見守っていたフィリアは、顎が外れそうなほど口を開け、その場に崩れ落ちていた。
彼女が何日もかけて祈り、ビクともしなかった呪いが、一瞬。
呪文の詠唱どころか、魔法陣すら描かず、ただ指先で水に触れただけで、世界そのものが書き換わったのだ。
「無詠唱での……広域神聖魔法……? いえ、失われた古代魔法……? 信じられない……」
フィリアは震える足で立ち上がり、アキラの前に歩み寄ると、そのまま地面に平伏した。
「あなた様は……伝説の古代魔法の継承者様、ですか? それとも、神の使徒様なのでしょうか……!? (目を輝かせる)」
「いや、ただの旅人なんですが……」
アキラは、精霊たちに髪を引っ張られながら、深々とひれ伏すエルフの少女を見て、困ったように頭を掻いた。




