第002話:枯れゆく水源と、祈るエルフ
異世界に来たら、まずはここ。お約束の『冒険者ギルド』だ。
リステリアのギルドは、頑丈な木と石で作られた二階建ての建物だった。扉を開けると、昼間だというのに酒の匂いと、大声で笑い合う男たちの熱気が漂ってくる。
俺は奥にある受付カウンターへと向かい、優しそうな笑顔の受付嬢に声をかけた。
「すみません、登録をお願いしたいんですが」
「はい、新規登録ですね! では、こちらの水晶に手を乗せてください。あなたの適正クラスが測定されます」
受付嬢に促されるまま、カウンターに置かれた透明な水晶に触れる。
すると、水晶がピカッと光り、受付嬢が手元の羊皮紙を覗き込んだ。その、みるみるうちに彼女の顔から笑顔が消えていく。
「えーっと……木下アキラ様、ですね。適正クラスは『一般人』。魔力値は『測定不能』です。あの……本当に冒険者になられますか? 街の外は、スライム一匹でも一般人には命がけですが……」
ひどく心配そうな目で見てくる受付嬢。
しかし、俺の視界のARマップには、しっかり『適正:デバッガー(管理者)』『MP:ERROR(無限)』と表示されている。この水晶、エラー値をゼロと判定したらしい。
「大丈夫ですよ。のんびり採取でもしながら旅をするつもりですから」
「はぁ……そういうことでしたら。では、こちらのギルドカードをお渡ししますね」
無事に銅製のカードを受け取った俺は、ギルドの掲示板へと視線を向けた。
そこにはたくさんの依頼書が貼られていたが、その中に一枚、異様な存在感を放つものがあった。
【緊急依頼:精霊の湖の調査および浄化】
【内容:原因不明の魔力汚染により、水源が黒く濁り枯渇中。現在、高名なエルフの巫女が浄化中だが効果なし。報酬:金貨十枚】
「水源の汚染ねぇ……」
視界のデバッグマップを開く。
ちょうど街の北側にある『精霊の湖』のあたりが、警告色の赤色で激しく点滅していた。
「バグレベルは中規模ってところか。よし、最初のマップ作りはここに決定だな」
俺はギルドを後にし、さっそく街の北門へと向かった。
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リステリアの北門を出ると、すぐ近くに青々とした森が広がっていた。
普段ならピクニックに最適なのどかな森なのだろうが、少し奥へ進むと、空気の「重さ」が変わる。木々の葉は元気がなく、どことなく灰色にくすんでいた。
「うーん、森の奥に近づくにつれてバグの影響が強くなってるな」
視界のUIの端で、エラー通知が小さく明滅している。
ガサリ、と近くの茂みが揺れた。現れたのは、額に小さな角が生えたウサギ――魔物ホーンラビットだ。目が血走っており、フシャーッと威嚇の声を上げている。
「魔物か。戦うのは面倒だし……」
俺がそっと視線を逸らして歩く方向を変えると、ホーンラビットはなぜか俺とは全然違う方向に向かって突進し、木に激突して目を回して倒れてしまった。
【幸運の効果により、敵対生物が自滅しました】
「……自滅て。どんだけ運が良いんだ俺」
チート能力『幸運』の凄まじさに呆れつつ、ふと足元を見る。そこには、赤く輝く美しいキノコが生えていた。
【解析完了:幻の薬草『火霊茸』を検出しました】
【市場価格:金貨3枚。非常に希少な錬金素材です】
「お、高級山菜ゲット。本当に普通に歩いてるだけでお宝が見つかるな」
俺は楽しそうに『火霊茸』を収穫し、アイテムボックスへと放り込んだ。
もはや冒険というよりは、ただの山菜採りである。
のんきに森を歩き続けると、やがて木々の隙間から、ドロドロに汚れた黒い湖が見えてきた。
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木々の間を抜けると、そこに広がっていたのは、鼻をつくような悪臭を放つ黒い泥の湖だった。
水面は油のようにどろりと濁り、不気味な泡が小さく弾けている。かつては美しい精霊の湖と呼ばれていた面影は、どこにもない。
「うへえ、これは予想以上に重症だな……」
俺のデバッグマップ上でも、湖全体が禍々しい赤色に染まっている。
そんな黒い湖のほとりで、一人、地面に膝をついて祈りを捧げている少女がいた。
透き通るような金髪と、特徴的な長い耳。緑の巫女服をまとった、息を呑むほど美しいエルフの少女だ。
彼女は胸の前で細い手を組み、必死に呪文を唱え続けている。
「大いなる風よ、汚れを祓う水よ……精霊の力を以て、この穢れを……っ!」
少女の手から淡い光が放たれ、湖の水面へ吸い込まれていく。しかし、黒い泥水はその光を貪り食うように飲み込み、さらに黒く濁るだけだった。
「はあ、はあ……だめ、やはり私の魔力では、この黒い呪いを押し戻せない……」
少女の顔は死人のように青ざめており、肩が激しく上下している。魔力を限界まで使い果たしているのは明らかだ。
彼女が意識を失い、ゆっくりと前に倒れそうになったその時。
「おい、大丈夫かい!?」
俺は慌てて駆け寄り、倒れ込む彼女の体をぎりぎりで支え止めた。




