第001話:女神様のデバッグ依頼と、初めての観光写像
目が覚めると、そこは一面の真っ白な空間だった。
「えーっと……ごめんなさい! 私の手違いで、あなたを死なせちゃいました!」
目の前で、光り輝く羽衣をまとった美少女が、見事なスライディング土下座を決めている。
自らを『創造の女神リア』と名乗った彼女の言葉を、俺――木下アキラは、驚くほど冷静に受け止めていた。
「……なるほど。深夜残業の帰り道、トラックに轢かれたのは夢じゃなかったんですね」
「ひゃんっ!? お、怒ってますよね!? やっぱり怒ってますよね!?」
「いえ、むしろ感謝したいくらいです。これで明日の朝一の、顧客からの理不尽なクレーム会議に出なくて済みますから」
「えぇ……(引)」
ブラックゲーム会社でデバッガーをしていた俺にとって、この理不尽な状況すら「まあ、仕様変更の一種だな」と思えてしまうのだから不思議なものだ。
「それで、私はこれからどうなるんですか?」
「はいっ! お詫びと言ってはなんですが、あなたを平和な異世界に転移させます! それでですね……ちょっと女神からのお願いがありまして」
「お願い、ですか」
「これなんです!」
リアが胸を張ると、俺の視界に『拡張現実(AR)』の青いホログラムが浮かび上がり、起動音を鳴らした。
【観光デバッグUI 起動】
【所持スキル:『事象書き換え(クリーンアップ)』】
「最近、世界のエラー(バグ)のせいで、各地の絶景や特産品が枯れちゃってるんです。アキラさんのそのスキルなら、触るだけで一瞬で直せます! なので……旅を楽しみながら、世界の美味しいものや温泉を巡って、私に素敵な『観光マップ』を納品してくれませんか?」
「……旅をしながら、バグ取りをしろと」
「はい! もちろん、ストレスフリーで超のんびりした旅になるようなチート仕様にしてありますから!」
視界のホログラムを見つめる。
前世のクソまみれなデバッグ作業とは違い、戦闘なし、納期なし、おまけに触るだけで直せるチート能力。
「……悪くないですね。引き受けましょう」
「やったぁ! さすがアキラさん、話がわかる! それじゃあ、いってらっしゃーい!」
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ふっと浮遊感が消え、足が温かい地面を踏みしめた。
目を開けると、そこは抜けるような青空と、風にそよぐ緑の草原だった。
「おお、本当に異世界だ。おまけに……」
俺の視界の右上に、半透明の小さなマップが表示されている。
現在地は『リステリア近郊・はじまりの草原』。その少し先に、街のマークが見えた。
試しに空中で指をピンチイン・ピンチアウトしてみる。ズーム倍率が滑らかに変わり、周辺の地形が3Dでくっきりと浮かび上がった。
「感度良好、レスポンスも完璧。女神の作ったUIの割には、バグどころかめちゃくちゃ優秀な開発環境だな……」
前世の職業病で、ついついUIの動作チェックをしてしまう。
さらに、視界の左下に浮かぶ『ステータス』をタップすると、俺の現在の情報が開いた。
【名前:木下アキラ】
【職業:女神公認デバッガー】
【HP:100/100】
【MP:ERROR(測定不能・実質無限)】
【スキル:事象書き換え(クリーンアップ)、幸運、精霊の寵愛】
「MPがERRORって……まあ、デバッグ用のアカウントなら当然の初期設定か」
チート仕様に苦笑しつつ、俺はマップに表示されている『辺境の交易街・リステリア』を目指して歩き出した。
三十分ほど歩くと、頑丈な石造りの外壁と、大きな跳ね橋が見えてくる。
門をくぐると、そこには活気あふれる『中世ファンタジー』の世界が広がっていた。
石畳の道を、荷馬車がゴトゴトと音を立てて行き交う。露店からは果物の甘い匂いや、香ばしい焼き肉の匂いが漂ってきた。
「いいなぁ、こののどかな空気。残業もなければ、始発待ちの駅のホームの匂いもしない」
俺は大きく深呼吸をし、これから始まるストレスフリーな異世界旅に、思わず口元を緩めた。
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街の中央広場にある、枯れ果てた巨大花壇。
そこが、アキラのデバッガーとしての最初の現場となった。
「タッチして、はい、と」
アキラが指先でカサカサの土に触れると、視界のUIが『処理中……』から『クリーンアップ完了』へと一瞬で切り替わった。
ドカン! と音がしそうな勢いで、花壇から色とりどりの花が爆発するように咲き誇る。
あまりの劇的な変化に、周囲の通行人たちが「うわあああ!?」と大声を上げてひっくり返っていた。
アキラは素早く『写像水晶』でその様子を撮影し、女神リアに送信する。
すると、一秒と経たずにリアからの写像通信(ARホログラム)が目の前に立ち上がった。もちろん、アキラ以外には見えない設定だ。
『リア:アキラさん! お仕事早すぎです! しかも何ですかそのお花! すっごく可愛い!』
「ただのバグ取りですよ。お詫びのチートが優秀なおかげです」
『いいなぁ〜! 神界は毎日白い部屋で書類仕事ばっかりなのに、アキラさんはそんな綺麗な街でお花見ですか!? ずるいです!』
「あなたが転移させたんでしょうに……」
『ぐぬぬ……! 私も今すぐ有給取ってその世界に行きたいです! お団子食べたいです!』
ジタバタと悔しがる女神の姿に、アキラは肩をすくめる。
「じゃあ、私は次の観光地に向かいますので。有給、取れるといいですね」
『ああっ、待ってくださいアキラさん! まだお話は――』
ぷつり、と通信を切る。
周囲では「今の光はなんだ!? 神の奇跡か!?」と大騒ぎが始まっていた。
アキラはそっとフードを目深に被り、野次馬の波に逆らって、お気楽な足取りで立ち去った。




