第023話:熱砂の旅路と、干上がったサファイア
「あ、あついですわ……。アキラ様、わたくし、干からびてピクルスになってしまいそうです……」
エルフの巫女フィリアが、馬車のシートの上で長い耳をだらりと垂らし、力なく呻いた。
「アキラ……あつい……。溶ける……」
アキラの隣をキープしているエルナも、普段の白い翼を完全に折りたたみ、アキラの腕にすがりつきながらぐったりとしている。
港町マリーナを旅立ったアキラたちは、次の絶景スポットを目指して、南に広がる広大な砂漠地帯へと入っていた。
「はいはい、二人とも。そんなにだらけないの。アキラさんが用意してくれた冷却魔導具があるでしょ」
セシリアが家計簿をパタパタと団扇代わりに仰ぎながら、二人を優しく諭した。
馬車の四隅には、アキラがギルドで購入したばかりの、本来なら微風を送るだけの安価な『送風石』が設置されている。
アキラは額の汗を拭いながら、デバッグUIを呼び出してその送風石に触れた。
【魔導装置:『送風石』のシステムコードを展開】
【冷却属性コードを追加し、出力を400%に書き換えますか? [はい / いいえ]】
「うん、過負荷による爆発フラグはセーフ。それじゃあ、出力をハック(書き換え)しますね。――はい」
アキラが頭の中でタップした瞬間、送風石の表面に刻まれたルーン文字が青く輝き、馬車の中にヒエヒエの冷気が一気に吹き出した。
「ふぅ、これで即席の冷却魔導具の完成ですね。どうですか?」
「はうぁ……! 涼しいですわ! 生き返ります!」
「アキラ、冷たい……気持ちいい……」
冷風をまともに浴びたフィリアとエルナが、うっとりとした表情で息を吹き返す。馬車の周囲だけが砂漠の猛暑から切り離され、まるで高級ホテルのような快適な冷風空間へと早変わりしていた。
「ちょっとアキラさん、相変わらず規格外な魔導具の使い方をするわね……。まあ、涼しいから許すけど」
セシリアもホッとため息をつき、冷たいお茶を淹れ始めた。こうして、アキラたちの砂漠の旅は、チートのおかげで極めて快適に進んでいった。
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馬車が砂丘を越え、目的の場所に近づいたとき、アキラはデバッグマップを覗き込んだ。
「そろそろ、大オアシス『サフィール』のエリアに入るはずなんですが……」
サフィールは、砂漠の真ん中にサファイアのように青く輝く巨大な湖があり、周囲には豊かな緑と美味しい果物が実る、砂漠の楽園と謳われる絶景スポットだ。
しかし、砂丘の頂上に馬車を止め、眼下の盆地を見下ろした一行は、言葉を失った。
「……え? これが、サファイアのオアシス?」
フィリアが愕然とした声を上げる。
そこにあるべきはずの青い湖は、完全に干上がっていた。
ひび割れた泥の底が太陽に晒され、周囲のヤシの木はすべて茶色く立ち枯れている。かつての楽園の面影はなく、ただの荒涼とした死の盆地が広がっていた。
「マップ上のバグアラートも真っ赤ですね。水脈自体がシステムエラーを起こして停止しているみたいだ」
アキラのUIには、オアシス全体を覆う赤色のエラーエリアが表示されていた。
「ひどい……。これじゃあ、ここに住んでいる人たちや精霊たちはどうなってしまったの?」
エルナが痛ましそうに呟いた、その時だった。
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「う……あ……みず……」
枯れたヤシの木の根元から、かすかな呻き声が聞こえた。
アキラが駆け寄ると、そこには健康的な褐色肌をした一人の少女が倒れていた。
頭の高い位置で結ばれた黒いポニーテールと、金色の瞳。砂漠の踊り子がまとうような薄手の衣装を着ているが、その唇は乾ききり、意識を失いかけている。
「大変、重度の脱水症状ですわ! アキラ様!」
「すぐに水分補給だね。ちょっと待って」
アキラはアイテムボックスから、マリーナで仕入れておいた新鮮な柑橘類の果汁と、氷結魔導箱で冷やしておいたクリーンな水を混ぜ合わせ、特製の『冷たいシトラス果汁水』をコップに注いだ。
アキラは少女の頭を優しく支え、少しずつその唇にコップを傾ける。
「ゆっくり、飲んでください」
「ん……ごく……ごく、ごく……!」
冷たく甘酸っぱい水分が喉を潤すと、少女は飢えた獣のようにコップを掴み、一気に飲み干した。
そして、ぷはぁ! と大きなため息をつき、金色の瞳を見開いて勢いよく起き上がった。
「つ、冷たっ! 美味い! 生き返ったぁあ!」
先ほどまでの瀕死の状態が嘘のように、少女は元気いっぱいに立ち上がった。
彼女は自分の体をペタペタと触り、それから目の前でコップを持つアキラをじっと見つめた。
「あんたが助けてくれたのか? こんな砂漠の真ん中で、こんなに冷たくて美味い水をくれるなんて……あんた、もしかして砂漠の神様か?」
少女は満面の笑みを浮かべ、アキラの両手をぎゅっと力強く握りしめた。その距離はあまりにも近く、アキラは思わず少し照れてしまう。
「いや、ただの通りすがりの旅人ですよ。俺はアキラ。君の名前は?」
「私はサリア! このオアシスの踊り子だよ! アキラ、よろしくね!」
サリアはアキラの手をぶんぶんと振りながら、太陽のように眩しい笑顔を向けた。




