第016話:契約書のクリーンアップ(物理)
「いい加減にしなさい、ガストン様! まだ返済の期限は過ぎていないはずです!」
マリーナの路地裏で、セシリアの鋭い声が響いた。
ゴミ整理を終えて帰路についていた彼女は、ガストンの手下たちに待ち伏せされ、無理やり路地に連れ込まれていた。
ガストンは下卑た笑みを浮かべ、懐から一冊の不気味な黒い魔導書を取り出した。表紙には赤黒い血のような文字で契約のルーンが刻まれており、禍々しい魔力の障壁が本全体を覆っている。
「おいおい、期限はまだだが、金利の支払い方法を変更することにしたんだよ。今すぐ俺の屋敷に来て『下働き』をしてもらう。逆らうと、この契約書がどうなるか分かっているな?」
ガストンが魔導書に触れると、セシリアの手首の契約紋様が赤く発光し、彼女は苦しそうに胸を押さえて膝をついた。
「くっ……! そんな、不条理な……!」
「ハハハ! 法律も神の契約も、すべて俺の味方なのだよ! さあ、大人しくついて――」
「すいません、ちょっとその本、見せてもらってもいいですか?」
背後から、あまりにも間の抜けた声が響いた。
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「な、なんだ貴様は! どこから入ってきた!」
ガストンが慌てて振り返る。そこには、いつの間にか用心棒たちの警備の隙間をすり抜け、ガストンの真横に立っているアキラの姿があった。
アキラはガストンの驚愕の表情をスルーし、彼の持つ契約魔導書にそっと指先で触れた。
【システム警告:深刻な契約バグ『不当奴隷契約』を検出】
【事象書き換えを実行しますか? [はい / いいえ]】
「よし、バグ発見。――はい、削除」
アキラが頭の中でタップした。
次の瞬間、ガストンの手元で、魔導書が眩い純白の光を放った。
「ひゃあああ!? 熱っ! なんだこれは!?」
ガストンが悲鳴を上げて魔導書を手放す。
宙に浮いた黒い魔導書は、アキラの光に包まれながら、表紙の赤黒い文字が一瞬で消去されていく。さらに、本を保護していた強力な魔法障壁も、ただの古い蜘蛛の巣のようにパサパサと崩れ去った。
そして、パササササササ……と、魔導書のページがすべて真っ白な白紙へと書き換わり、最後には砂のように崩れて、路地裏の風に流されて消えてしまった。
【クリーンアップ完了:不当奴隷契約データを完全消去しました】
【対象『セシリア』の魔力制限デバフを解除しました】
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「あ……」
セシリアが息を呑む。
手首を苛んでいた黒い契約の紋様が、光の粒子となって綺麗に消え去り、体の中に本来の豊かな魔力が一気に満ち溢れていくのを感じた。
「な、なにをしたあああ! 俺の契約書が! 国家と教会が保証した絶対の契約魔法が、消えただと!?」
ガストンは泡を吹いてへたり込み、砂の消えた自分の手を呆然と見つめている。
「おい! そいつを殺せ! 今すぐ八つ裂きに――」
「そこまでですわ、悪徳商人さん」
にじり寄ろうとした用心棒たちの前に、フィリアが立ちはだかり、杖を地面に叩きつけた。
魔力制限を解除されたセシリアもまた、凛とした表情で立ち上がり、手元に鋭い風の刃を形成する。元令嬢である彼女は、実はかなりの実力を持つ魔法剣士だったのだ。
「お前たち……魔力が戻っているだと!? ひぃぃぃっ!」
形勢逆転を悟ったガストンは、腰を抜かして悲鳴を上げ、用心棒たちを引き連れてコソコソと路地裏から逃げ去っていった。
残されたセシリアは、信じられないものを見る目で、のんきに手をはたいているアキラを見つめた。
「……あり得ない。教会の最高位の呪縛契約を、ただ触っただけで消し去るなんて……。アキラさん、あなたはいったい何者なんですか……?」
「ああ、言ったでしょう。ただの旅のデバッガーですよ」
アキラはいつものようにタレ目を細め、お気楽に微笑んだ。




