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逃げ続けた男、辺境貴族の赤ん坊に転生する 〜黒水の力と魔法灯の家族に救われ、今度こそ大切なものを俺は守る〜  作者: youmo
第1部 もう一度、家族になる

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第11話 赤ん坊、聞いてはいけない話を聞く

 俺がこの世界に生まれてから、一年と少しが過ぎた。


 赤ん坊生活にも、だいぶ慣れた。


 泣く。

 寝る。

 飲む。

 転がる。

 たまに父を喜ばせる。


 人間としての尊厳は、まだかなり低い位置にある。


 ただ、少しずつ分かってきたこともある。


 まず、ここはエルディア王国という国らしい。


 剣と魔法があり、貴族が領地を治め、王都から離れた地方では魔獣対策がかなり重要になる。


 そして俺が生まれたアルベルト家は、王国の東に領地を持つ地方騎士貴族だった。


 王都で舞踏会を開いて派手に暮らす家ではない。


 魔獣の森に近い土地を守り、村を守り、古くからこの屋敷の魔法灯と一緒に生きてきた家。


 ……らしい。


 なぜ伝聞なのかというと、当然だが、誰も赤ん坊の俺に国の成り立ちを講義してくれないからだ。


 情報源は、廊下で交わされる使用人たちの会話。

 父グレンの執務室から漏れてくる報告。

 母エレナが窓辺で眺める領地の地図。


 そして何より、この屋敷の執事であるオスカー・ベルンの声だった。


「旦那様、東の森にて魔獣の痕跡が三つ確認されました」


 その日も、俺はエレナの膝の上で布の玩具を握りしめながら、隣室の会話を聞いていた。


 聞き耳を立てているわけではない。


 赤ん坊は移動できないので、聞こえてしまうのだ。


 合法である。


「場所は」


 グレンの声は短い。


「ロウ村の北側です。幸い、村へ近づく前にバルドが追い払っております」


「被害は」


「家畜が二頭。人の被害はございません」


「そうか」


「ただし、森の浅い場所に魔獣が出る頻度が増えております」


 オスカーの声は、落ち着いていた。


 細い銀縁の眼鏡をかけた、白髪交じりの老執事。


 背筋がまっすぐで、立っているだけで屋敷の柱みたいな人だ。


 いつも丁寧で、いつも冷静。


 ただし、たまに毒がある。


「旦那様」


「何だ」


「報告中にレオン様の方を見るのはおやめください」


「見ていない」


「今、三度ほどご覧になりました」


「気配を見ていただけだ」


「一歳児に対して気配を読む必要はございません」


 グレンは黙った。


 俺はエレナの膝の上で、布の玩具を噛むふりをした。


 笑ってはいけない。


 父が傷つく。


 エレナの手が、俺の背中をゆっくり撫でた。


 母の目元が少しだけやわらいでいる。


「レオン、笑ってはだめよ」


 小声で言われた。


 いや、あなたも少し笑ってるでしょう。


 アルベルト家は、思っていたより物騒な家だ。


 だが、不思議と怖くはなかった。


 森には魔獣が出る。

 父は剣を持つ。

 兵士たちは村を守る。

 使用人たちはそれを当然のように支える。


 この家は、ただ大きい屋敷ではない。


 誰かの夜を、明るくしておくための家なのだ。


 その夜。


 俺はなかなか寝つけなかった。


 理由は簡単だ。


 隣の部屋から、父と母の声が聞こえたからである。


 また仕事の話だろうか。


 そう思って、俺は布団の中で目を閉じていた。


 だが、聞こえてきた内容は、仕事ではなかった。


「あなた、レオンが起きてしまうわ」


 エレナの声。


「声は抑えている」


 グレンの声。


「そういう問題ではなくて」


 俺は目を開けた。


 待て。


 これは聞いてはいけない種類の会話ではないか。


 赤ん坊の体は不便だ。

 耳を塞ぐことすら自由にできない。


 俺は天井を見つめた。


 何も聞こえない。

 何も聞こえていない。


 自己暗示を試みた。


「そろそろ、レオンにも弟か妹がいてもいいと思うの」


 聞こえた。


 はっきり聞こえた。


 俺は布団の中で固まった。


 父よ。

 母よ。


 息子が隣で寝ている時に、その話をするのはやめてくれ。


「……そうだな」


 グレンの声が低い。


 やめろ。


 父よ。


 その声色を息子に聞かせるな。


 俺の中身は大人なのだ。

 そこそこ嫌な想像力も持っているのだ。


 廊下の魔法灯が、ぽっと明るくなった。


 いや、灯るな。


 そこは空気を読んで消えてくれ。


 その時だった。


 廊下から、静かな足音が近づいてきた。


「旦那様、奥様」


 オスカーの声だった。


 扉の向こうが、ぴたりと静かになる。


「寝室の防音結界を張り忘れております」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……そうか」


 グレンが言った。


「ご指摘ありがとう、オスカー」


 エレナの声が少しだけ硬い。


「いえ。レオン様の健やかな睡眠を守るのも、執事の務めでございます」


 ありがとう、オスカー。


 いや、ありがとうなのか。


 俺は布団の中で目を閉じた。


 翌朝。


 エレナは何事もなかったように俺を抱き上げた。


「おはよう、レオン」


「あー」


「どうしたの? 顔が赤いわ」


 誰のせいだと思っている。


 グレンは少し離れた場所で、やけに真面目な顔をしていた。


 いつも真面目だが、今日はいつも以上に真面目だった。


 オスカーはその横で、涼しい顔をしている。


「レオン様」


 オスカーが俺に向かって、丁寧に頭を下げた。


「昨夜はお騒がせいたしました」


 赤ん坊に謝るな。


 いたたまれなくなる。


 エレナは俺の頬に手を添えた。


「あなたがお兄ちゃんになる日も、いつか来るかもしれないわね」


 その声は、とてもやわらかかった。


 俺は母の顔を見た。


 お兄ちゃん。


 その言葉は、不思議な響きを持っていた。


 俺はまだ守られる側だ。

 泣けば誰かが来てくれる。

 転がれば誰かが支えてくれる。


 そんな俺が、誰かの兄になる。


 正直、まだ想像できない。


 けれど、エレナの目を見ていると、それは少しだけ悪くない未来のようにも思えた。


 まあ、今はそれよりも。


 俺は心の中で深く息を吐いた。


 父と母には、せめて結界の確認を徹底してほしい…

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回から少し時間を進めて、アルベルト家の立場と屋敷の人々を出し始めました。

執事オスカーは、今後もレオンやグレンに遠慮なく刺してくれる存在になります。


少しでも続きが気になると思っていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次回は、レオンがついに歩きます。

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