(10)拍子抜け
家へ走り帰った一馬は、自室で正座していた。
(ついにやってしまった)
知行合一とは、あれで良かったのだろうか、という疑問は残るが、雪へ想いを伝える計画を曲がりなりにも実行に移せたことには満足していた。
恋文には、五年前の日吉神社の例大祭のときに雪を見かけてから、ずっと慕っていたこと、この想いは自分の胸にずっと秘めておくつもりだったが、ある言葉を聞き学んでから、それは男子として卑怯なことであると悟り、想いを伝えることに決したこと、ただ、それを伝えて雪をどうこうするつもりはなく、雪にはどうか幸せになってほしい、という旨の内容を書いた。雪と恋仲になりたいとか、夫婦の契りを結びたいなどとは毛頭望んでいなかった。それは家格の違いという歴然とした障壁があり、その障壁を乗り越えることはほぼ不可能であることを一馬も知っていたからである。
(恐らく竹内様のお耳に入るだろう。そうなった場合、わしはどういうお咎めを受けるだろうか?)
嫁入り前の婦女に狼藉を働いたとしてきつい仕置きを受けるかもしれない。死罪にはならないだろうが、蟄居や閉門、場合によってはお家取り潰しもあるかもしれない。
(最悪の場合、母上と正二郎を連れて大溝を離れ、他郷で剣術道場の師範代として雇ってもらうか、自分で道場を立ち上げるかすれば、何とか糊口を凌げるだろう)
一馬はそう覚悟していた。
舞踊の稽古を終えて屋敷へ帰った雪は、自分の部屋へ入るとすぐに一馬からの恋文を読んだ。
(これだけ?)
どこそこで待っているから来てほしいとか、駆け落ちしたいとか、そういう内容が書かれてあるものと思っていたのだが、貴女をずっと慕っていたとか、想いを伝えないのは卑怯だと悟ったなどと書かれてあり、最後に、貴女には幸せになってほしい、と結んであった。過激なことがみじんも書かれていないことに少々落胆した。
もとより、もし過激なことが書かれてあったとしても、雪はそれに応じるつもりはなかった。それに、実際にそういうことが書かれてあった場合、それを拒んだときの一馬の反応が読めないだけに、おだやかな内容の文であったことに安堵した部分もあった。
「たか、ちょっと」
雪は、侍女のたかを呼んだ。
「さっきの文、どんな内容でしたか?」
たかは、好奇心に満ちた顔で雪に訊いた。
「読んでみて」
雪は、一馬の恋文をたかへ手渡した。たかはそれを受け取り、文に目を走らせた。
「これは……何と言うか」
「ねえ。もの足りないでしょ?」
「そうですよね。もっと、お嬢様のことを熱烈に求めているような内容を期待していたのですが」
「これ」
「すみません」
たかは下品な想像をした自分を恥じて、うなだれた。
「この文のこと、誰にも言わないでね」
「旦那様にお伝えしなくてもいいんですか?」
「父上に言ったら絶対駄目。危険が感じられるような内容だったらそうしたかもしれないけど」
「ぜんぜん危険は感じられませんものね」
「そうでしょ」
二人は拍子抜けしたように顔を見合わせて笑った。




