二話
ーーそれから暫くして、ゼイア達は忙しく街道を走る馬車の中にいた。
車窓から覗く景色は発展した街並みを写し、目まぐるしく変わる。
そして、それを見つめるゼイアに休息は無かった……
「ゼイア様、次の予定は新型船舶のプレゼン会議ですね。現地までは暫く移動が続きます、この間に別件の資料でも確認しておきましょうか」
「――ラキヤタ、私はいつになったら茶が飲める?」
「歴代当主は皆、激務の中で凛としていたそうです。勿論、前会長の{ボエミ}様も」
「前会長は何故、私を選んだのだろうか……面子なら、私より{ダオン}を選んだ方が良い」
ゼイアがふと溢した愚痴を聞くラキヤタの表情は、どこか驚きに満ちていた。
「……何だ、その顔は」
「いやはや、ゼイア様って年相応なのですねぇ」
「オイ。一体、私を何だと思っているんだ」
「あら、失礼しました。他の役員達は、今のゼイア様を知らないのでしょう、フフフ」
「私は凡人だ、会長という虚勢を張っているだけのな」
卑屈なゼイアを見るラキヤタの顔は、何故か嬉しそうだった。
――アドレグループは、アドレメナク家によって統括される企業であり、元々は港の取引を管理する小会社であった。
それが、ここ数百年による時代の追い風で、国内の別会社を次々と傘下へ取り入れて事業を拡大、国内最大手の地位へ登り詰めた。
そして、グループの会長は代が替わり、前会長の息子であるゼイアへ引き継がれたのだ。
「ゼイア様、アドレメナク家に必要なのは天才では無く、確かな判断を下せる指導者にございます。その点、ボエミ様の御目は確かだったと思いますよ?」
「お前は私を買い被り過ぎているんだ――で? 確認しておく資料とは何だ」
「はっ、脱線しちゃいました! えーと、{秘書候補者のプロフィール}ですね」
「秘書? あぁ、すっかり頭から抜けていた」
「皆が通った道です、私もそうやって来たのですから」
――アドレメナク家には、とある風習がある。
一族の男は、この国の成人である十六歳に新たな秘書を雇う。これには、人の上に立つ者として信頼を勝ち取り、いかなる場合にでも裏切らない部下を作ると言う意味がある。
「参考までに、前会長がラキヤタを秘書に選んだ理由はなんだったんだ」
「さて、何故でしょう? 聞いた事がありません」
「お前、そういうコトとか気にならないのか」
「フフフ、ただ昔に一度ーー“型を破りたい”とかなんとか言っていましたねぇ」
ラキヤタは、前会長ボエミが雇った秘書である。
それが長年仕え、忙しい父の代わりにゼイアの教育係も勤めた。そして今は、執事長兼、ゼイアの臨時秘書という立ち位置にいる。
「まぁ、結局は自分で考えろと言うことか……」
「選択肢は沢山あります、良い出会いを期待しましょう」
ゼイアは書類をラキヤタから受け取り、そこに書かれたプロフィールへ目を走らせた。
「良い出会い、かーーこれでは、皆同じだな」
書類を見て呟くゼイアの小声は誰にも届かず、ただ、時だけが過ぎて行った……
ーー鳴り続けていた車輪の音が止む。
馬車の停車に合わせ、ラキヤタが車窓カーテンをたくし上げると、そこにはテントが建ち並ぶ市場の様子が広がっていた。
「目的地に到着しました、ゼイア様」
ラキヤタは颯爽と馬車から降り、荷台に積まれていた車椅子を取り出して地面に設置する。そして、ゼイアを車内から車椅子へ移し、そのまま行商市場へと歩み出した。
「ゼイア様、予定より早く会議場へ着きそうですが、現場で時間を待ちますか?」
「いや、私が到着すると先方へ圧をかけてしまう。少し、市場でも周って時間を潰そう」
「承知いたしました」
ーーゼイアがこの後に予定している会議は、この行商市場の先にある場所で行われる。
馬車の都合で途中から移動が徒歩になるが、早めに着いたゼイア達にとっては丁度良い息抜きのチャンスだろう。
市場は連日の快晴で土が乾き、軽い砂埃が舞う中を行商人と客が賑わせている。気温はまだ肌寒いというのに、日の当たる場所で働く者達は、既に薄着となっていた。
「ラキヤタ、そこの店が気になる」
「おや、工芸品ですか?」
移ろう景色を横目に二人が向かったテントには、雑貨販売を意味する看板が建てられていた。
「お、そこのお兄さん達お目が高いね! それは魔除けのお香さ、どうだい? 安くするよ」
「ほぅ、悪く無い香りだ」
ゼイアは店先に並ぶ商品を見て興味を示す、それを見るラキヤタの顔も少し嬉しそうだ。
――するとそんな折、店へ近付く巨大な人影が現れた。
その人影は荷物を抱えており、道行く客の目線を集めている。当然、近場にいたゼイア達も視線を奪われた。
「おい、店主よーー荷物はここに置けば良いのか?」
「おう、そこで良いよ、ありがとね!」
大量に抱えた荷物を降ろすと同時に軽い風圧が生まれ、その大荷物の裏から現れた女性を見て、ゼイア達は更に言葉を失うこととなった。
「こ、これは……」
「む? 何だ、お主ら、我輩が気になるのか?」
――ゼイア達が驚いたのは、彼女の容姿であった。
その女性の身の丈は成人男性を遥かに超え、作業服の袖に収まりきらない腕は丸太の如く雄々しく、筋肉が隆起している。
だが、そんな筋骨に対し長く波打つブロンドの美髪、輝く赤い瞳、鼻筋が高く整った顔立ち、透き通る声などの女性的な面も多い。
「キミは……この店の従業員か?」
「{アスタ・ビシャ・ザガン}だ、名前で呼ぶがよい。そして、我輩はお手伝いさんだ」
「お、お手伝い?」
「――お客さん、アスタちゃんは、この市場の名物お手伝いさんでねぇ。暇だから、こうやって色んな出店のお手伝いをしてくれるんだよ。ホラ、めちゃくちゃ力持ちだしね」
「む、暇では無いぞ? 我輩は今、定職を探しておるのだ。ただ、我輩程の人材が就くべき大職となると……うーむ、どうしても決められんのである」
「相変わらず凄い自信だねぇ」
アスタは豪快な高笑いを披露する。どうやら、かなりの自信家である様だ。
――と言っても、その体格を見ればゼイアでも何となく理解が出来なくもない話であった。
「今度はお主らの番だ、名前を聞こうか」
「え、私か?」
「我輩は名前を教えたのだぞ? なら、お主の名前も教えろ」
「あぁ、そうだな――ゼイアだ。彼はラキヤタ、私の付き人だ」
「ゼイアか! ん、ゼイア? お主……ひょっとして、アドレメナク家か?」
「私を知っているのか」
「付き人に良い身なり、若い車椅子の金持ちなど、そうはおるまい? それに最近、専属秘書の雇用選考会を実施しているだろう。概要に同じ名前を見たぞ」
「なんだ、キミは私の秘書志望なのか?」
「うむ! 良い就職先を目指しておるのでな、チャンスにはガメツイのである」
「なら、私の正体を知って態度は改めないのか?」
「何故だ、ここは選考会場ではないぞ? それに、これが我輩である。ふっはっはっ!」
「……ふっ、これは随分と型破りだな」
自分の正体を知っても態度を改める気が無いアスタには、思わずゼイアの口角も緩む。
ーーするとそんな時、隣のラキヤタが話を遮ってゼイアに耳打ちをする。
「お時間です、ゼイア様。そろそろ、会場へ」
「む、二人共もう行くのか? 折角、出会えたというのにこのままでは勿体ないな……そうだ、少しだけ我輩の名前を売って良いか? 雇われるのなら、金持ちが良いからな」
「うーん、貴女は清々しい程に欲を隠しませんねぇ」
思わず苦笑いをするラキヤタに対し、アスタはゼイアの許可も待たずに喋り出す。
「ーーゼイア、我輩は強い! 暴れる雄牛を殴って昏倒させられる腕力がある!」
「うーん、イマイチ強さの指標が分からんな……」
「こんなに強力な秘書は、後にも先にも我輩だけだぞ? どれ、雇う気になったか」
「アスタ、私の秘書は将来右腕になる者だ。責任ある者として早計な判断は下せない」
「うーむ、ならばお主から質問して、互いを知るのはどうだ?」
ーーこの光景を側から見るラキヤタは、アスタを前にして通常通り接するゼイアへ度量を感じる。そして同時に、ゼイアを前にして一切態度を変えないアスタにも同じ物を感じた。
「そうだな……アスタはこの国の出身ではないな? どういう経緯で来た」
「人生をやり直す機会があったのだ」
「――人生?」
「うむ、我輩はこの腕で成り上がるため、国を渡ってここへ来た。なんたって、血筋や家系より、実力が優先されやすい国柄だと聞いたのでな? なら、ますます我輩向きであろう」
「ほう、嫌いじゃない貪欲さだ――ではアスタ、お前は私の元に就いて何を望む?」
「愚問、それは{富}だ。我輩の腕で築く財である!」
「ほう、野心か……自信過剰と言えばそれまでだが、嫌いじゃない」
「で、どうだ? 我輩を雇いたくなったであろう」
「ふっ、お前が言ったんだ、ここは選考会場ではないと。当然、合否は選考会で決める」
「ぬぅ!? やられた!」
「ただ、名前を私に売ると言う目的――それは果たせたと思って良いぞ、アスタ」
ゼイアは、ラキヤタに指示を出してその場を去って行く。
ーーそんな彼らの後ろ姿を見つめるアスタは、人知れず口角を上げていた。
「ゼイア様、確かにアスタの腕っぷしは強そうですが、経営に向いているタイプとは……」
「もし、アスタを知らずに選考会をしていたら、彼女は、私と面接をする前に落とされていただろう。だが、彼女には個の力を感じた。それは、実体験でしか推し量れない」
「随分と思い切りましたね、堅実なゼイア様が珍らしい」
「あの型破りが気に入った、日頃のストレスかもな」
ゼイアがラキヤタに述べるその言葉は、どこか期待も籠っている様であった。




