三話
ーーそれから時間は経ち、ゼイア達は予定していた会議を済ませた。その頃には時刻も正午を過ぎ、ゼイアは次の仕事へ向けて帰りの馬車に戻って来ていた。
ラキヤタは脚の無いゼイアの為、馬車内へ彼を乗せる手伝いをこなす。そして、その後に馬車の御者台で出発の待機をしていた運転手の元へ向かい、次の行き先を告げる。
「それでは、ゼイア様の邸宅まで移動を宜しくお願いします」
「……了解しました」
それは、ラキヤタにとって慣れた日常業務の一幕であった。
――だからこそ、事はその時に起きた。
なんと、ラキヤタが行き先を告げた次の瞬間、御者は手綱をしならせ、ゼイアだけを乗せた馬車を急発進させたのである。
眼前で走り出した馬車に轢かれぬ様、ラキヤタは身を翻す。当然、自分を乗せずに馬車を走らせる予定など無い、瞬間的に状況を理解したラキヤタが声をあげてしまう。
「ーーしまった! 誘拐か!!」
ラキヤタは鬼気迫る表情で馬車を追う、しかし、馬車は無情にも距離を突き離す。
(いつから仕込まれていた! ダメだ、馬がいる!!)
辺りの市民が騒動を目撃してざわめく中、ラキヤタは大粒の汗を蓄えて辺りを見渡す。しかし、追跡の役に立ちそうな物は見当たらない。
――するとそんな時、走る速度を緩めたラキヤタを追い抜かす巨影が現れた。
「ラキヤタ、お主は国騎士を呼べ!! ゼイアは我輩に任せろ!!」
「あ、貴女は“アスタ”!?」
ラキヤタを追い抜かし、代わりに馬車の追跡を始めたのはアスタであった。
馬車並ではないにしろ、瞬く間に彼女の背は遠くなって行く。明らかに自分より脚の速い彼女を見つめ、ラキヤタは絶望的な状況下で彼女を信じる他なかった……
ーーその一方、走行中の馬車内では、激しく揺れる座席の上で驚くゼイアの姿があった。
「と、止まれ!! いや、無理か! くそっ!」
狼狽する自分を律し、状況を整理するゼイア。車窓に映る市場は離れ、ラキヤタの姿は遠に見えなくなった。
正直、今の彼に抵抗の余地はないだろう。
「よし、速度を緩めろ! 車内に移る!」
ゼイアが無力を痛感していた時、どこからともなく声が聞こえて来た。すると、馬車は言葉通りに速度が緩まり、同時に車窓へ黒尽くめの男が映り込んだ。
「ーーよぉ、会長、相席いいかい?」
走行中の車内を覗く男が扉を開けて中へ侵入、ゼイアの向かい席を陣取り、すぐに懐から単発式拳銃を取り出して構える。
「へぇ、落ち着いているな……お前、今誘拐されたんだぜ?」
「やってくれたな、どこからが計画だ」
「まぁ、急くな、ゼイア。おい、馬車の速度を上げろ!」
乗り込んで来た男の指示で馬車が速くなる。どうやら、御者はこの男の仲間の様だ。
「――さ、何か聞きたいか? 会長さん」
「少なくとも、私の暗殺が目的ではない様だな」
「何故そう言える? 拳銃は本物だ、試してみるか」
「一々、馬車ごと誘拐する暗殺者がいるか。気になるのは、私のスケジュールの出所だな」
「こっちは、銃を突き付けられていながら喋れるお前の方が気になるぜ」
「詰まる所、私の情報をお前達に与えた主犯がいるな?」
「ご名答、確かに俺達は{雇われ}だ……ってことは、これ以上の情報も手に入らない」
誘拐犯は肩をすくめて首を振る。まるで、状況を探るゼイアを小馬鹿にする様な態度だった。
――しかし、次にゼイアが放った言葉は、そんな誘拐犯の予想を裏切ることとなった。
「情報提供感謝する。お前達の計画と、大方の目的は理解した」
「な、何!? 馬鹿な、そんなふざけた話があるか!」
「実行役のキミにはトンチンカンだろうな」
「ぐっ! お前、今どんな状況か解っているのか!」
ゼイアの意味深な発言に対し、憤りを感じた誘拐犯が拳銃をチラつかせる。
だが、ゼイアはあろうことか背もたれに身を預け、特大のため息を吐いてみせる。
「……オマエ、頭おかしいぞ。気でもふれたか?」
「好きに捉えろ。ただ、人は考えることを辞めた時、死が訪れるそうだ」
一歩も引く気のないゼイアを見て、男の銃を握る腕に汗が滲む。すると、車内の不穏な雰囲気を察し、御者の男が仲間の制止を促す。
「おい、ゼイアを殺すんじゃねぇぞ!? 落ち着けよ!」
(ーーやはり、私の安否が報酬に繋がっている様だな。恐らく、主犯も“ヤツ”だろう)
張り詰める空気の中、馬車はゼイアの見知らぬ土地へと入って行く。辺りには視界を遮る程に伸びた雑草が生えており、人通りの少なさを教えてくれていた……
馬車が停車すると、ゼイアは誘拐犯達に担がれて車外へ降ろされる。そして、彼らは荒れた道を掻き分けつつ、その先に現れた廃工場の中へと入って行く。
廃工場内は最近補修された部分も見え、悪党の取引場として度々利用されているのが分かる。
そして、ゼイアは複数の誘拐犯達に見張られながら椅子へ座らせられた。
「ふぅ、ひと仕事だったぜぇ」
「……お前達は、私の身柄を受け渡す相手を待っているのか?」
「あ? やけに喋るな、お前。状況がわからないのか」
「忠告しておきたいんだ。仕事内容が受け渡しなら、取引相手は来ないとな……」
ーーゼイアの発言にその場の誘拐犯達が興味を持ち始める。
それは決して良い意味ではないが、話を聞く体勢にはなったと言える。彼の過激な発言は、注目を集める為でもあったのだ。
「オイ、変な命乞いは寿命を縮めるだけだぞ、ゼイア」
「私が持ち掛けたいのは取引だ」
「まさか、金で今から見逃せとでも言う気か?」
「もっと重要だ――命が惜しければ私に味方しろ」
「ははは! コイツ、脅迫して来やがったぞ」
「私は、キミ達の取引相手に心当たりがある。暇なら、話ぐらい聞いても良いだろう?」
「へっ、いいぜ、聞いてやるよ。ホラ、言ってみろ」
「今からそう遠くない未来、国騎士がここを取り囲む。そして、突入してくるだろう」
――国騎士とは、{国家治安維持特殊騎士団}の略称であり、ウィザード王国が発足した武装警察組織である。
彼らは、治安を維持する為に限定的な権力を有しており、その仕事は国の法律に基づき犯罪者を捕縛、最悪の場合、始末することにある。
「バカ言うな、こんな町外れで、どうやって国騎士が俺達を見つけるんだ?」
「それは……説明するより、実物を見た方が早いかもな」
ーーゼイアが不穏な発言をした次の瞬間、慌てる男が部屋へ飛び込んで来た。
脂汗を垂らして狼狽する彼は、廃工場の外で見張りを担当していた誘拐犯達の仲間である。
「く、国騎士だ!! ここが国騎士に囲まれているぞ!?」
「何だと! 誘拐組ぃ、テメェらツケられたな!?」
見張り係の報告で、忽ち仲違いを始める誘拐犯達、国騎士に知られたとあっては彼らとて気が気じゃないだろう。
ーーしかし、そんな状況下でゼイアは言葉を続ける。
「落ち着け、誘拐組は失敗などしていない、私が予期した通りになっただけだ」
「テ、テメェ……いつの間に国騎士を呼びやがった!!」
男は拳銃の銃口をゼイアへ向け、険しい表情で凄む。だが、状況的に追い詰められているのは誘拐犯達だろう。
――そして、それは“ゼイアも同じ”であった。
「私も呼んでいない」
「はぁ!? なら、どうやって国騎士がここに!」
「国騎士を呼んだのが、私でもキミらでもないのなら……あと呼べる人物は、ここを指定した取引相手ぐらいだろう」
「何だと!? じゃ、じゃあ俺達は……」
「分かりやすく言うのなら、捨て駒だ」
ゼイアから飛び出した言葉に、誘拐犯達が騒めき焦りを見せ始める。
「どうだ? 少しは、私の話を信じる気になったか」
誘拐犯達は互いに顔を見合うーーそして、冷や汗を垂らしながらゼイアへ振り返った。
「い、いいだろう……要件を話せ、ゼイア」
「よし。では先ず、クライアントが国騎士をけしかけた理由だが……それは、私の暗殺でいいだろう」
「テメェで攫っておいて、結局テメェで殺すのか!?」
「ああ、その方が都合いいからな」
「都合? 何で、都合なんか気にする……」
「キミ達を雇ったのが{ダオン・アドレメナク}、つまり、私の実弟だからだ」
「ーーひょっとして跡目争いか?」
「その通り。弟は、私がアドレグループの会長に選ばれた事を快く思っていない。だから私を始末し、グループの跡目を継ぐのが最終目的だろう」
「でも、なんでこんな回りくどいことを……」
「ただ暗殺しただけでは、自分に有利過ぎてしまうんだ」
正当に選ばれた現会長ゼイアが変死し、選ばれなかった弟のダオンが会長を継ぐ。
――そんな都合の良い展開、誰がどう見ても謀殺である。
そして、不自然な交代はグループ内の重役達に不信感を抱かせ、内部分裂へ繋がる。それでは暗殺失敗と同義だろう。
「そこで役に立つのが、今回のシナリオという訳だ」
「“シナリオ”だと?」
ーー誘拐犯達はある日、ゼイアを誘拐して身代金を要求する。対して弟ダオンは、兄ゼイアを救出する為に迅速な国騎士の派遣を行う。
しかし、ゼイアは不幸にも誘拐犯達の凶弾で倒れてしまう。するとダオンは、仇討ちとして誘拐犯達を殺し、ゼイアの死体を回収する。
そして、それを大々的に葬儀で追悼し、泣きながらゼイアの意志を継ぐと宣えば――
そこには、兄想いの弟がグループの跡目を継ぐという構図が完成するのだ。
「美しき兄弟愛。完全なるマッチポンプだ」
「なら、俺達を囲んでいる国騎士隊は買収されているのか!?」
「勿論、奴とて限界はある。精々、金に汚い国騎士、数十名だろうな」
「っても、奴らは完全武装だぞ!? 俺達が逃げる前に殺される!」
「――なら、この廃工場から出なければ良い」
「なんだって?」
「今から私に協力し、時間を稼ぐんだ。私の部下がここに援軍を寄越す、その時まで」
「だ、だが、オマエも俺達を裏切るかもしれねぇ!」
「いいや、逆だ。お前達には、この件の証人として役割がある」
「ぐぐぐっ……」
「雇い主を信じて殺されるか、望みを賭けて私に着くか――選択肢はこれだけだ!」
ゼイアは語気を強める。誘拐犯達は今、運命の別れ道に立たされているのである……




