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お金持ちと力持ち  作者: T20
お金持ちと力持ち {ウィザード王国編}
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2/13

EP.2

 走行中の馬車内では、激しく揺れる座席の上で驚くゼイアの姿があった。

「と、止まれ!! いや、無理か! くそ!」

 狼狽する自分を律し、状況を整理するゼイア。市場から離れ、ラキヤタの姿は遠に見えなくなった。正直、今の彼に抵抗の余地はないだろう。


「速度を緩めろ! 車内に移る!」

 ゼイアが無力を痛感していると、どこからともなく会話が聞こえて来る。すると、馬車は言葉通りに速度が緩まり、同時に車窓へ黒尽くめの男が映り込んだ。

「よぉ、会長。相席いいかい?」

 車窓から車内を覗く男は、走行中の扉を開けて中へ侵入。そして、ゼイアの向かい席を陣取ると、すぐに懐から単発式の拳銃を取り出して構えた。

(コイツ、屋根にでも隠れていたのか……?)

「落ち着いているな。お前、誘拐されたんだぜ?」

「……やってくれたな。どこからが計画だ」

「まぁ、急くな。おい、馬車の速度を上げろ!」

 乗り込んで来た男の指示で馬車の速度が再び速くなる。どうやら、この男と御者による二人の犯行の様だ。


「さ、何か聞きたいか? 会長さん」

「……少なくとも、私の暗殺が目的ではない様だな」

「何故そう言える? 拳銃は本物だ。試してみるか」

「一々、馬車ごと誘拐する暗殺者がいるか。気になるのは、どうやって私のスケジュールを知ったかだな」

「こっちは銃を突き付けられていながら、そんなに喋れるお前の方が気になるぜ」

「詰まる所、私の情報を与えた“主犯”がいるな?」

「ご名答、確かに俺達は雇われだ。ってことは、これ以上情報も手に入らない。残念だったな」

 誘拐犯は呆れた様に肩をすくめて首を振る。まるで、状況を探るゼイアを小馬鹿にする態度だ。しかし、次にゼイアが放った言葉は誘拐犯の予想を裏切った。


「“情報提供感謝する”。大方の計画と目的は理解した」

「な、何!? 馬鹿な、そんなふざけた話があるか!」

「まぁ、実行役のキミにはトンチンカンだろうな」

「ぐっ! お前、今どんな状況か解っているのか!!」

 ゼイアの意味深な発言に対し、憤りを感じた誘拐犯が拳銃をチラつかせる。だが、ゼイアはあろうことか背もたれに身を預け、特大のため息を吐いた。

「オマエ、頭おかしいぞ……気でもふれたか?」

「人は考えることを辞めた時、死が訪れるそうだ」

 一歩も引く気のないゼイアを見て、男の銃を握る腕に汗が滲む。少なくとも拳銃を持っている間は有利だ。

「おい、殺すんじゃねぇぞ!? 落ち着けよ!」

 馬車の御者が座席へ声を掛ける。どうやら、車内の不穏な雰囲気を察し、仲間へ制止を促している様だ。

(やはり、私の安否がコイツらの報酬に繋がっている様だな……恐らく、主犯は“ヤツ”だろう)


 張り詰める空気の中、馬車はゼイアの見知らぬ土地へ入って行く。辺りには視界を遮る程に伸びた雑草が生えており、人通りの少なさを教えてくれていた。

(実行役の目的が金なら、展開次第で交渉の余地がある。どうにか時間を稼ぎ、ラキヤタを信じる他無い)

 ゼイアが考えを巡らせていると馬車は停車し、彼は誘拐犯達に担がれながら車外へ降ろされる。

 荒れた道を掻き分け、誘拐犯達はその先に現れた廃工場へ入って行く。廃工場内には最近補修された部分も見え、悪党の取引場として度々利用されているのが分かった。

(……数が多い。逃げ出すのは不可能だな)

 目に見えるだけで既に数名の誘拐犯達、ゼイアはそんな彼らに適当な椅子へと座らされた。


「ふぅ、一仕事だったぜぇ……」

 ゼイアは、目前で気を抜く誘拐犯を見つめた。

「お前達、私の身柄を受け渡す相手を待っているのか?」

「やけに喋るな。お前、状況がわからないのか」

「忠告しておきたいんだ。仕事内容が受け渡しなら、“取引相手は来ない”ぞ」

 ゼイアの発言にその場の全員が興味を持ち始める。それは決して良い意味ではないが、話を聞く体勢になった言える。彼の過激な発言は、注目を集める為でもある。

「変な命乞いは寿命を縮めるだけだぞ、ゼイア」

「私が持ち掛けたいのは“取引”だ」

「まさか、金で見逃せとか言う気か?」

「もっと重要だ。“命が惜しければ私に味方しろ”」

「ははは! コイツ、脅迫して来やがったぞ!」

「私はキミ達の雇い主に心当たりがある。暇なら、話を聞いて判断しても良いだろう?」

「へっ。いいぜ、聞いてやるよ。ホラ、言ってみろ」

 初めは、本当に暇つぶしでしか無かった。しかし、誘拐犯はすぐに知る事となる。ゼイアが話す“真意”を。


「今からそう遠くない未来、“国騎士”がここの工場を取り囲む。そして、突入してくるだ」

 国騎士とは。{国家治安維持特殊騎士団}の略称で、ウィザード王国が発足した警察組織である。

 彼らは、治安を維持する為に限定的な権力を有しており、武装が許されている組織。仕事は、国の法律に基づき犯罪者を捕縛、最悪の場合“始末”することにある。

「こんな町外れ、国騎士がどうやって見つけるんだよ」

「それは説明するより、実物を見た方が早いかもな」

 ゼイアが不穏な発言をした次の瞬間、慌てる誘拐犯の仲間が部屋へ飛び込んで来る。脂汗を垂らして狼狽する彼は、廃工場の外で見張りを担当していた仲間だ。

「く、国騎士だ!! 国騎士に囲まれちまってる!!」

「何だと!? 誘拐組ぃ、テメェらツケられたな!!」

 仲違いを始める誘拐犯達、国騎士に感知されたとあっては気が気じゃないだろう。しかし、そんな状態でもゼイアは彼らに語り掛けた。


「落ち着け、彼らは失敗などしていない。私が予期した通りになっただけだ」

「テ、テメェ! いつの間に国騎士を呼びやがった!」

 男は拳銃の銃口をゼイアへ向け、険しい表情で凄む。だが、状況的に追い詰められているのは誘拐犯だろう。

 そして、それは“ゼイアも同じ”であった。

「……私も呼んでいない」

「はぁ!? なら、どうやって国騎士が!!」

「国騎士を呼んだのが、私でもキミらでもないのなら……あと呼べる人物は、取引場所をここに指定した“クライアント自身”ぐらいだろう」

「な、何だと……じゃ、じゃあ俺達は!?」

「分かりやすく言うのなら……“捨て駒”だな」

 ゼイアから飛び出した言葉に、周りの誘拐犯達も騒めき焦りを見せ始める。見張り役の仲間を見れば、国騎士の到着は真実だとわかる。

 そして、ゼイアも真剣な面持ちで見つめている。


「お、お前の要件を話せ……ゼイア」

「よし……では先ず、クライアントがキミ達へ国騎士をけしかける理由だが……それはやはり、“私の暗殺”だろう」

「テメェで攫っておいて、結局テメェで殺すのか!?」

「その方が都合いいからだ」

「都合……? 何で、都合なんか気にする……」

「キミ達を雇ったのが{ダオン・アドレメナク}。つまり、私の“実弟”だからだ」

「兄弟って……まさか、権力争いか!?」

「弟は、私が会長に選ばれた事を快く思っていない。だから私を始末し、グループの跡目を継ぐのが目的だろう」

「でも、なんでこんな回りくどいことを……?」

「ただの殺しでは、“自分に都合が良すぎる”んだ」

 正当に選ばれた現会長ゼイアが変死し、選ばれなかった弟ダオンが会長の後を継ぐ事になる。そんな都合の良い展開、誰がどう見ても“謀殺”である。

 そして、不自然な交代はアドレグループ内の古参重役達に不信感を抱かせ、最終的にはグループの内部分裂へと繋がる。それでは“暗殺失敗”と同義だろう。


「そこで役に立つのが今回の“シナリオ”という訳だ」

「シナリオ?」

「ああ、設定はこうだ」

 誘拐犯達はある日、ゼイアを誘拐して身代金を要求する。対してダオンは、ゼイアを救出する為に迅速な国騎士の派遣を行う。

 しかし、ゼイアは不幸にも誘拐犯達の凶弾で倒れてしまう。するとダオンは、仇討ちとして誘拐犯達を殺し、ゼイアの死体を回収する。

 そして、それを大々的に葬儀で追悼し、泣きながらゼイアの意志を継ぐと宣えば。そこに生まれるのは、“兄想いの弟”がアドレグループを継ぐという構図が完成する。


「美しき兄弟愛。完全なるマッチポンプだ」

「なら、俺達を囲んだ国騎士は買収されているのか!?」

「勿論、奴とて限界はある。精々、“金に汚い国騎士”数十名だろうな」

「っても、奴らは完全武装だ! 逃げる前に殺される!」

「なら、この廃工場から出なければ良い」

 誘拐犯達はゼイアを見つめ、言葉の続きを聞き入る。

「今から私に協力し、キミ達は“時間稼ぎ”をしろ。私の部下がここに援軍を寄越すその時まで」

「だ、だが、オマエも俺達を裏切るかもしれねぇ!」

「いいや、逆だ。お前達には証人としての役割がある」

「ぐぐぐっ……」

「さぁ、考えろ。雇い主を信じて殺されるか、望みを賭けて私に着くか……お前達の選択肢はこれだけだ!」

 ゼイアは迫真の表情で語気を強める。誘拐犯達は今、運命の別れ道に立たされているのだ……


 ゼイアが取引を持ち掛ける一方、廃工場を目前にした草陰にて。そこでは、黒い制服姿の集団が最新式の単発長銃を持ち、待機していた。

「隊長、誘拐犯が我々を発見したそうです」

 兵士の一人が部隊を管轄する隊長に報告をする。彼らはゼイアの予想通り、買収された汚職国騎士である。

 そして、そんな彼らに課せられた仕事は二つ。ゼイアを不幸な事件に見せかけて殺害する事。罪を誘拐犯に擦り付けてから始末する事。

「これで動機づけは十分だな。逃げ出すか、ゼイアを人質に取るか……まぁ、一人残らず死んで貰うけど」

 隊は現在、ゼイアの安否確認で戦闘を避けている“てい”を取っている。そして、この後は誘拐犯が国騎士を見つけたパニックで人質を殺してしまう“予定”だ。


「おっし。じゃあ、ぼちぼち突入しちゃうかね」

 隊長は部隊へ命令を下し、突入の準備を始める。

「前衛盾、後衛長銃、準備完了です。隊長」

「じゃ、チャチャっと正当防衛に行こうぜ」

 防弾の大盾を持った隊員が矢面に立ち、その背後に銃剣付き単発式長銃を携えた兵士が着く。彼らは一糸乱れぬ隊列のまま、廃工場へ向けて歩み始めた。

「戦鎚兵、準備!」

 隊が廃工場の入り口扉へ近付くと、先ずは大型戦鎚を持った兵士が前へ出る。兵士は豪快に得物を振り上げると、朽ちかけた扉を一撃の下に破壊してみせた。

「突入!」

 道を確保した後、掛け声と共に数人の盾兵が先んじて工場内へ侵入し、後続の仲間の為に盾で壁を形成する。

「国騎士だ! 抵抗するならその場で鎮圧するぞ!」

 突入した国騎士隊が誘拐犯達へ向けて警告を放つ。だが、これは体裁。隊は敵が投降しても殺害する気だ。


「ん?」

 しかし、身構える彼らの予想とは裏腹に、誘拐犯からの反撃は一切なかった。そのせいか、兵士達の脅し文句だけが寂しく建物内に響いている。

「やけに静かだ……隊長、どうします?」

「問題ねぇよ。こっちの武装は奴らより強い、進め」

 不意打ちに備えつつ、国騎士隊の面々は思いの外広い廃工場内部を探索し始める。

「何故、誰も居ない……ん?」

 兵士の一人が前進していると、盾に“何か”が引っ掛かる様な感触を覚え、反射的にそれを確認する。

「これは……“糸”? どわぁあっ!!」

 兵士が足元の糸に気付いた次の瞬間、そのすぐ隣の物陰から火花と爆音が放たれる。それには、罠を作動させた兵士のみならず、周りの仲間達も混乱に包まれた。


「今だ、行け! 奪うんだ!」

 罠の起動を皮切りに、隠れていた誘拐犯達が物陰から現れる。彼らは、音で怯む前衛の盾兵を押し除け、その後ろで長銃を持った兵士へ差し迫る。

「何を!? どあぁっ!」

「よし、距離を取れ!!」

 炸裂罠による混乱に乗じて現れた誘拐犯達の目的は、国騎士隊が持つ銃であった。彼らは驚く兵士を蹴り飛ばし、長銃を強奪。更に、距離を取って再び物陰に隠れる。

「マズい、銃を奪われた! 反撃が来るぞ、退避ー!」

 奇襲で隊列を崩した上に銃を奪われた兵士達、彼らは敵の反撃を恐れて慌てふためき出してしまう。


「狼狽えるんじゃねぇ!!」

 だが、そんな兵士達に隊長の怒号が浴びせられた。

「銃が奪われたから何だ!! 先ずは防御陣形だろうが、無能共!!」

 首筋に図太い血管を浮き上がらせて叫ぶ隊長を見て、兵士達の指揮は瞬く間に回復。すぐに、盾を構えた防御陣が完成する。彼は腐っても部隊の長なのだ。

「お前達、金が欲しいんだろ? 大金欲しきゃ、少しは命張れよ。だから、次逃げたら俺が殺す。いいな?」

「は、はい。隊長……」

「そもそも、敵が策を練ろうが戦力差は変わらねぇ。基本を頭にぶっ込んでりゃ先ず負けねぇ戦いだ。焦るな、対処しろ。焦ればテメェらはクソ溜め以下になる」

 隊長は部下達へ睨みを利かせ、士気を奮い立たす。


「撃て! 撃てー!」

 一方、誘拐犯達は奪った長銃を構えて一斉射撃による攻撃を加える。しかし、彼らの弾は相手の盾によって簡単に防がれてしまう。

「な? 馬鹿だろ。国騎士の防弾盾は屈折鉄板だ。弾丸や槍対策は万全なんだよ。コイツら相手なら銃なんざそもそも要らねぇんだ。落ち着いて戦え」

 国騎士の使用する大盾は、銃撃戦を想定した強固な代物だ。そう易々と敵の攻撃を許したりはしないだろう。

「中は思ったより広い! 短槍を用意しろ!」

 隊長に言われ、兵士達は小型の槍を盾の隙間から抜き出した。これは、中近距離の取り回しを重点に作られた国騎士専用の槍である。

「命懸けで銃を奪うって事は、そもそも武装が貧弱って事だ! 強気に踏み込んで行くぞ、お前達!!」

 隊長の指揮により攻勢へ出る国騎士隊。それには誘拐犯達もたまらず戦線を下げ、奥の部屋へと逃げ出した。

「ははっ、所詮はただの賊。余裕ですよ、隊長!」

「まだ目標の確認が済んでねぇぞ! 調子こいてねぇで戦線を上げろ!」

 隊長の叱咤で再び気を引き締め、隊は戦線を上げ出す。


 するとその時だった。奥の部屋へ逃げた誘拐犯達が再び現れ、目の前の柱に向かって工具ハンマーを振り抜いたのだ。それにより、朽ちかけの柱はへし折れて天井の一部が崩落。奥の部屋へと続く入り口を塞いでしまった。

「オイオイ、確かあの部屋の出入り口はあそこだけだろ」

「馬鹿だぜ、自分から逃げ場を無くしやがったぞ」

 兵士達が誘拐犯の愚行を見て嘲笑う。しかし、隊長は一人眉をひそめていた。

「やっぱりゼイアの野郎、誘拐犯を懐柔してやがるな」

「えぇ? 隊長、幾らなんでもそれは考えすぎでは……」

「普通、一か八か逃げちまった方が生き残れると思わねぇか? でも、連中は一人残らず反撃を選んだ」

「それがどうしたって言うんですか」

「その方が“逃げるより生き残れる”。つまり、ゼイアは誘拐犯を協力させて時間を稼いでいる」

「じゃあ、ゼイアは既に我々の目的に!?」

「じゃなきゃ、逃げ口まで塞いで脚の無い大将のため、防衛戦なんかしねぇだろが」

「も、もしゼイアの増援なんかが来たら……我々の正体がバレてしまいますよ!?」

「だから早くしろって話だろうが、ボケ! 戦鎚兵準備、瓦礫を叩き壊して道を開けろ!」

 のん気な兵士を叱って隊長が迅速に指示を出す。一方、瓦礫を隔てた向こうの部屋では、ゼイアを含めた誘拐犯達が臨戦態勢に入っていた。


「ゼイア、“作戦通り”武器は奪い取ったぞ」

「よくやった。だが、相手の油断も消えているだろう」

 誘拐犯達が逃げた奥の部屋。そこでは、椅子に座って戦況報告を受けるゼイアの姿があった。

「炸裂トラップに使った拳銃は壊れちまった。後は、奪った長銃と角材ぐらいしかないぞ」

「相手を弊所に誘って狙いを絞ろう。それでも、攻勢には転じられそうにないがな……」

「稼げても精々一時間が限界だぞ、ゼイア」

(それまでにどうにか間に合ってくれ、ラキヤタ……)

 ゼイアは不安を吐露しない様に抑える。今の彼は誘拐犯を率いる大将、せめて士気は下げたくなかった。

(武装しても、所詮は一般人。対する相手は訓練を受けた兵士……一縷の望みに賭けた作戦か……)

 ゼイアの眉間の皺が深くなる。まともに戦えば、結果など火を見るより明らかだろう。

 戦闘が出来ないゼイアは物陰に隠れ、隣には銃を構える誘拐犯が立つ。そして、緊張で包まれた空気を最初に打ち破ったのは、突入して来る国騎士隊の怒号であった。


「拠点確保、敵影確認! 白兵戦準備ぃ!」

 捲き上る粉塵を突っ切り盾兵が壁を作る。続いて、銃兵が盾に身を隠しつつ陣を組んだ。

「遮蔽物良し、敵の配置も甘い、素人の浅知恵レベルだな。よーしテメェら、接敵確認だ! 陣を解いて問題ねぇ、各個確殺で行け! さぁ、ぶっ殺すぞぉ!」

 隊長の号令を皮切りに、兵士達が武器を振り翳し誘拐犯へ襲いかかる。廃工場内の戦いが始まったのだ。

「一対多を徹底しろ! 相手はただのチンピラだぞ!」

 部屋の各所で戦闘が発生する中、誘拐犯の一人がナイフを持って隊長へ突撃してくる。すると、それに気付いた彼は腰に携えたサーベルを引き抜いて相対した。


「お、手合わせするか? 俺の稽古は高くつくぞー」

「テメェさえ殺しちまえばこっちのモンだ!」

「着眼点は悪くない。ただし実力不足。はい、脇ィ!」

 隊長は相手のナイフをサーベルで弾き返し、踏み込むと同時に相手の脇の下を切り裂いた。

「国騎士剣術が素人ナイフに負けるかよ。脇は動脈の塊だ、早く止血しないと出血多量で死ぬぞ?」

「ひっ、ひっ!」

「はい、隙だらけ! 死ぇいあっ!!」

 隊長は慌てふためく誘拐犯の喉元をサーベルで斬り裂き、容赦なくとどめを刺す。

「おめぇら誘拐犯は少し残せ。ゼイアを殺してからじゃ、順番が前後しちまうからなぁ?」

 隊員の雄叫びが部屋にこだまする。国騎士と誘拐犯では実力と装備差が決定的であり、時間と共にゼイアの陣営は鎮圧されて行く。


 そして、戦いは意外な程あっさりと決することになる。

「隊長! “目標”を確認しました!」

 ゼイアを捕捉した兵士が一気に差し迫る。隣で銃を構えていた誘拐犯が抵抗するも、簡単に鎮圧されてゼイアも同時に捕縛された。

 防衛線を突破されれば呆気のないもので、それだけ相手に部が有ったと言わざるを得ない。誘拐犯の半分はその場で殺害され、もう半分は痛めつけられた。

 そして、彼らはゼイアと共に縛られ、床に並べさせらるのであった……


「……馬鹿が。手間かけさせやがってよ」

「貴様がダオンの手下か……国騎士の恥晒しめ」

 拘束されたゼイアは、屈しない姿勢を見せていた。

「話で聞くより随分と醜い姿だな、ゼイア」

「ダオンの食べ残しで喜ぶ、卑しい貴様よりはマシだ」

 隊長は無言で溝落ちを蹴り上げる。攻撃を受けたゼイアは苦悶の表情を浮かべ、咳き込んで悶絶した。

「殺すのは簡単だが、金持ちをいたぶる機会は滅多にねぇ。日頃の憂さ晴らしに付き合ってくれ」

「ごほっ……こ、木っ端役人でいた方が幸せだったと後悔するぞ……」

「必死だねぇ。頼みの援軍は間に合わなかったな?」

「くっ……ダオンは謀策を企てる男だ。貴様を手元に置いておく筈がない。口封じがオチだぞ」

「俺は馬鹿じゃねぇ、金を手に入れたら国を出る。使い潰される弱者とは訳が違うのさ」

「逃げる選択肢しか残されていない割に、自分はまるで強者の様な物言いだな……」

「ゼイア、強者ってのは生き残ったヤツの事さ」

「ん? ……ふっ、そうか。ふふふ……」


 何故か、ゼイアは静かに笑い出した。それには、調子に乗っていた隊長も眉を顰める。

「テメェ……何がおかしい」

「貴様の言う、強者の矜持が気になってな……?」

「ちっ、気色の悪いガキだぜ。なら、冥土の土産に教えてやる。人間は大きく別けて二種類だけだ。それはなぁ」

 隊長は意気揚々と喋りながら、偽装工作の為に誘拐犯から奪った武器をゼイアへ向けて振りかぶる。

「強者と弱そんっ!!?」

 それは突然のことだった。

 隊長は側面から強い衝撃を受け、慣性に従って薙ぎ倒された。そして、吹き飛ばされた隊長の代わりにその場で立っていたのは、ゼイアを見下ろす“巨人”の姿であった。


「久しぶりだな、ゼイア。随分苦労したと見える」

「なら、私の代わりに働いてくれるか? アスタ」

 隊長に背後から強烈な平手打ちを食らわせ、ゼイアの窮地を救ったのは予想外の助っ人。アスタであった。

 一方、張り倒された隊長は咳き込みつつ、現れた乱入者に驚愕して今の状況を整理する。

「誰だお前は! 何でコイツの侵入に気付かなかった!」

 至極真っ当な質問を部下へ投げかける隊長。しかし、見張りを担当していた兵士達は、揃ってアスタの侵入に“気付かなかった”と述べるばかりであった。


「こんなデカい侵入者を見逃すワケねぇだろうが!」

「おい、そう部下を責め立てるな。気付かなくて当然である。我輩は“気配を消していた”からな」

「はぁ、気配だぁ!? ふざけやがって、戦闘準備だ!」

 腹を立てる隊長が部下に戦闘指示を与える中、アスタはゼイアへ向かって質問を投げ掛ける。

「さぁ、ゼイア。何か“要望”はあるか?」

 ゼイアはこの状況に余裕を見せるアスタへ驚くも、その後にニヤリと口角を上げた。

「なら、弊社に“お前を雇う”メリットを見せてくれ」

「良いだろう。我輩のパブリックリレーションだな」

 するとアスタは、笑みを浮かべたまま兵士達に“かかって来い”と言わんばかりのジェスチャーを見せつけた。


「ナメやがって!!」

 早速、兵士の一人がアスタへ短槍を突き出して攻撃する。しかし、彼女は凄まじい反射神経で槍の先端を掴み取り、万力の如き力で“固定”してしまう。

(う、動かない!? 片手なのに力負け!?)

「何してんだ! 邪魔だ、どけ!」

 怪力に驚愕する槍兵の脇から別の兵士が現れ、手に持った長銃の銃口をアスタへ向けてくる。するとアスタは、兵士が引き金を引く寸前に余った手で銃身先を持ち上げる。

 射線をずらされた銃は明後日の方向へ弾丸を放ち、無駄弾を撃った兵士は慌てて次弾の装填を急ぐ。

 しかし、そこに間髪入れずアスタの剛腕が飛来、二人の兵士は意識と身体を諸共吹き飛ばされてしまった。

「た、盾だ! 大盾と戦鎚で陣形を組んでブチ殺せ!!」

 追加の指示を出されて動き出す兵士達。しかし、アスタは腕を組みながら包囲の完成を見守る。

「どうした、早く囲め。上司からの指示であるぞ?」

「なっ! このアマ、馬鹿にしやがって!!」


 兵士の包囲が完成するなり、並ぶ盾の隙間を縫って戦鎚を振りかぶる兵士が現れた。瓦礫を粉砕する鎚ならば殺傷能力は充分だろう。

 相手が“普通”の場合だが。

「手伝って貰うぞ」

 アスタは迫り来る戦鎚の先端を素手でいなし、その背に拳を叩き込む。その妙技は一秒にも満たないが効果は絶大。背を叩かれ勢いを増した戦鎚は使い手の手に余り、その場で暴れ出してしまったのだ。

「どわぁあああっ!?」

 戦鎚を振った兵士は勢いそのまま一回転、近くの仲間達を巻き込んで仲良く吹き飛んだ。


「そろそろ、我輩からも行かせてもらうぞ」

 アスタがそう述べて歩み出ると、時を合わせて兵士達が一斉に攻撃を仕掛ける。しかし、アスタが繰り出す技は兵士達を次々と薙ぎ倒し、昏倒させていく。

 そして気が付くと、隊は隊長を残して全滅。唯一残った隊長はアスタの眼光を一身に受ける羽目となった。

「残すは貴様だけだな、隊長」

「お、俺の部隊が全滅? 女一人に?」

 悠々と服の埃を払うアスタと、事態に理解が及ばぬ隊長。そして、一部始終を目の当たりにしたゼイアは、彼女の底知れない能力に驚き、口を閉じ忘れていた。


「かかって来い。それとも、腰のサーベルは伊達か?」

「ま、まぁ落ち着けよ! ホラ、話し合ってさ!」

 隊長は、変な笑顔を作りながらアスタと対話を試みる。

「とか何とか言っているが……ゼイア、どうする?」

「そうだな……奴曰く、私は弱者らしい。なら、たまには歯向かってみたいものだ」

「だそうだ。日頃の行いが悪かった様だな?」

「クソォオオオオ!!」

 無情な宣告を下された隊長は、すぐにサーベルを引き抜きアスタへ切り掛かった。しかし、振り下ろした刃の切っ先は、見事に彼女の二本指で受け止められてしまう。

「馬鹿め、貰ったぁああ!!」

 すると隊長は、サーベルを持っていない手でガンホルダーの拳銃を取り出して銃口を向ける。

 対する彼女は、指で挟んだサーベルの刀身をへし折り、その刃で拳銃の引き鉄に掛かる隊長の指を切り落とした。


「ギャァアアア!! お、俺の指がぁああ!!」

「指の心配をしている場合か、“じゃくそん”」

 アスタは喚く隊長から拳銃を奪い取り、怪力で握り潰して破壊する。全ての行動が常識を上塗りしていくさまに、隊長は思わず痛みも忘れて放心した。

「な、何者なんだ……てめぇは何なんだよぉおお!!」

 自暴自棄となった隊長が折れたサーベルを振り回す。

 当然、そんなものがアスタに通じる筈もない。彼女の素早い拳が隊長の顎先を叩き、まもなく彼を失神させた。

「で、ゼイア。我輩を採用する気になったか?」

「良い働きだ、アスタ……アドレメナクにようこそ」

 隊長に振るわれた暴力の痛みが癒えきらない中、ゼイアは笑顔を作ってアスタを迎える。すると、彼女も笑顔で応えてゼイアに近付いて行く。

 そしてここに、アドレグループ会長ゼイア・アドレメナクに新たなる秘書。アスタ・ビシャ・ザガンが就任するのであった。

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