一話
ーーまだ外気が肌寒い時期。
日は空高く登り、朝方に降りた霜は溶け出して土を濡らす。長い冬が佳境になると気持ちも前向きになり、住民は仕事に勤しんで日常を謳歌することだろう。
そして、そんなウィザード王国の某所にて一人、焦る男の姿があった……
({会長}が来るなんて聞いていない! ストライキが始まってまだ数時間だぞ!?)
男が額に汗粒を浮かべて書類を束ねていると、扉からノック音が鳴り響いて来る。
「失礼します、{専務殿}。勝手に入室させて貰いますね」
扉越しに専務へ呼び掛けて来た者が、許可を待たずに扉を開けた。
ーーするとそこには、奇抜な髪型と髪飾りの上から、紳士服を着こなすという奇妙な出で立ちの男性が立っていた。
「突然の訪問、大変申し訳ありません。私の名前は{ラキヤタ}、アドレグループ会長の専属秘書と執事を兼任する者です。以後、お見知り置きを」
「えっ、貴方があのラキヤタ殿ですか!? 失礼ながら、その御姿に驚いてしまいました……」
「構いませんよ、皆様、最初は驚きます。私、出身が山岳部族なのですが」
ーーするとその時、開いたままで放置されていた扉の奥から“若い男の声”が聞こえて来た。
「その話をする前に、私の手伝いをしてはくれないだろうか? ラキヤタ」
「あぁ、申し訳ありません、{ゼイア}様! ただ今」
声に従ってラキヤタが廊下へ出ると、すぐに金属の軋む音が響いて来た。
そして、その音の正体が車椅子から発せられている物だと気付くのに、専務は時間を要さなかった。
「会長、お疲れ様です!」
「ご苦労、専務」
ラキヤタが押す車椅子に鎮座する若い男。
ーーしかし、それを見つめる専務の目線は、男の両脚へと向かっている。何故なら、彼の両脚は膝から下が無かったからだ。
(これがアドレグループの新会長、脚無しの{ゼイア・アドレメナク}か……)
色相の薄い肌と長いまつ毛、深く青い瞳を持った齢十六歳の成人男性。そして、ウィザード王国内にて最大手の複合企業、アドレグループの新会長である。
「ーー専務、細かい前置きは省略しよう。私は多忙ゆえ、早々に本題へ入らせて貰う」
「そ、それで……どの様な要件で?」
「当然、ストライキの件だ。相手の代表が、私との面会を要求しているそうだな。専務、今すぐ代表者と会談席を設けてくれ、既に、キミの社長からは了承を得ている」
「しかし会長、それでは先ず、我が社の役員を全員招集し、それから手続きを……」
「ーー専務殿、これは会長命令ですよ」
専務が微妙な声量で長々と喋り出したその時、ラキヤタが口を開き、有無を言わせない圧力で専務の口を噤む。
そして、黙る専務を置いて、ゼイアは矢継ぎ早に今後の指示を与え、部屋を後にした。
(会長とは言え、所詮は世襲で番が来たガキだ。きっと問題は無いはず……)
自分の中で余裕とばかりに舌を出す専務だが、実際はこの一瞬で起きた事の重大さに胃痛を感じていた……
ーーそれから時が経ち、専務はゼイアに言われた通り会談席を設けた。
そして、ストライキの代表者とゼイア達による会談は、すぐに始まることとなった。
「私が会長のゼイア・アドレメナクだ、よろしく頼む」
「ありがとうございます、会長。まさか、こうも早く会談が実現するなんて……」
切り付ける様な空気が漂う会議室には、ゼイア達の他にこの会社の専務と社長の姿がある。
そして、そんな彼らの視線を一身に浴びる作業着姿の男性が一人、彼がストライキ側の代表者だ。
「ーー会長、単刀直入に言います。私達は、賃金を増やして欲しいのです」
「キミ達のことは、事前に調べさせて貰った……皆、腕の立つ職人の様だ。そして、キミ達は現状の賃金では吊り合わないと、今回のストライキを起こした。いいな?」
「はい、その通りです。是非とも、会長のお言葉で要望を叶えて頂きたいのです」
「では、結論から言わせて貰う――断固として断る。何故なら、それが雇用契約だからだ」
「し、しかしそれは!」
「――雇用契約によれば、既に規定の給金は成立している。つまり、その点でこの会社に否は無い。だが、キミ達はストライキという形で会社に損失を出してしまった」
「そ、そんなつもりでは!!」
「ストライキで賃金が上がるという前例を作れば、グループ傘下の他社にも同様のストライキが多発するかもしれん。雇用条件が気に食わないのなら、辞めるべきはキミ達だろう? 我々は最初から条件を提示し、キミ達はそれを飲み込んだ。そこに一切の相違は無い筈だ」
狼狽える従業員を前に、表情一つ変えないゼイア。それはまるで、冷たい鉄の様だった。
「フフフ、会長はこうおっしゃられている! 今すぐ戻って仕事を再開しろ!」
ーーしかし、その時であった。
「専務、私の話はまだ終わっていないぞ?」
意気揚々と喋り出した専務を遮ったのは、他でもないゼイアの言葉であった。
「え? 会長、これ以上何を……」
「確かに、賃上げは拒否したーーだが、この会社に“問題が無い”とは言っていない」
話が切り替わった途端、ゼイアの眉間に深い皺が生まれ、専務は悪寒に包まれる。
「専務は分かっていない様だ。ラキヤタ、説明してやれ」
「はい、ゼイア様ーーこの会社では現在、専務殿による立場を利用した強引な業務の危険化、及び、そこで生まれた利益がグループへ未報告となっている規約違反が見られます」
「そ、それはっ!?」
「つまり、専務殿は利益を横領した盗人となってしまいます、これは遺憾ですね」
「待って下さい、会長! それはコイツらが流したデマで、私を貶める為に!」
「ーー残念ながらデマではない、何故なら、社長が自ら告発してくれた情報だからだ」
「社長!? まさか、私を売ったのですか!」
情報の出所に驚いた専務が、会議に同席しながらも黙っていた社長へ振り向く。
「……会社を立ち上げ、私と二人三脚で経営をして来た頃のキミは頼れる仲間だった。でも、これ以上は見逃せない、私から会長に全てを伝えたよ」
「そ、そんな……この裏切り者がぁ!」
「――裏切りだと? 専務、キミが社長の信頼を食い物にしたのだろう。だが、アドレグループに喧嘩を売ったのはマズかったな。ラキヤタ、{国騎士}を呼べ」
ゼイアの指示でラキヤタが号令をかけると、黒い制服に身を包んだ者達が会議室へ突入し、瞬く間に専務を取り囲んで連行する。
ーーそれは、たった数秒間の出来事であった。
「申し訳ない諸君、騒がしくなったな。だが、これもアドレグループの為だ、許せ」
「は、はい……」
「では、話を戻そうーーキミ達、従業員の賃金上げは呑めない。だが、代わりに業務内容の改善を進めさせる。これでストライキを解除しては貰えないだろうか?」
「え!? は、はい! わかりました、会長!」
「よし、証人は社長だ。これで私は失礼するが、今後の方針は社長と話して決めてくれ」
ーーこの短時間で起きた出来事の勢いに飲まれ、ストライキの代表者はゼイアの提案を二つ返事で了承する。
そもそも、彼が放つ会長の圧を前に末端職員が文句など言える筈もない。従業員と社長は、部屋を後にするゼイア達の姿を見送る他無かった。




