十二話
春雨が降り注ぎ、乾いた土を濡らす。庭に咲いた花びらが水滴を弾いて輝き、薄暗い雲が空を覆う中、ゼイアの邸宅では暇を持て余した彼とアスタが庭を眺めていた。
「なぁ、ゼイア――お主、他に趣味とかないのか?」
「思い付かん、私はつまらない男なんだ……」
本来であれば、ゼイアは四六時中忙しい身だ。しかし、シェケダンが睨みを効かして以降、露骨に仕事は減った。
現在、アドレグループの港は、国騎士の介入が行われている事だろう。
(大分、腐っておるなぁ……このゼイアは見るに耐えん、少し話題を変えてやるか)
「そう言えば、ゼイア。この間、{邸内美人ランキング}が開催されたのだが」
「――え?」
「なんと、我輩は二位だった……しかも、九割が女性票だ! それでな? 試しに男共を問いただしたのだが、{なんかゴツゴツしてそう}とぬかしおったのだ! 許せんだろう!?」
「待て。話を進めるな、アスタ。そもそも何だ? そのランキング」
「ラキヤタが、この手の下世話なノリが好きなのだ」
「アイツが主催なのか!?」
「ーーで、ここからが本題なのだ、ゼイア。お主、{アスタは柔らかい}と部下へ公言しろ」
「いや、不正だろ。後、他にも色々選択肢があっただろ」
――思い通りに行かないゼイアに、アスタが顔を歪ませていたその時だった。
書斎の扉が開かれ、ラキヤタが入室して来たのだ。
「ん? ラキヤタ、私に何か用か」
「ええ、ゼイア様に“お友達”が来ています。少し、お話でもどうですか?」
すると、開けたままの扉からもう一人、続けて別の訪問者が現れる。その訪問者は、驚くゼイアへ無作法に歩み寄り、手に持った茶菓子を掲げて喋り出す。
「ゼイア、茶ぁシバくぞ」
「――ダイクーン!?」
ラキヤタの言う客人の正体、それはダイクーンのことだった。
「ラキヤタが招いたのか?」
「ダイクーン様が、お会いしたいと申しておりましたので。どうせ、今は暇でしょう?」
人数分のティーカップを乗せたワゴンを押しながら、ラキヤタは何の気無しに語る。
「はっはっはっはっ! 良い執事だな、ゼイア」
「私は嬉しいが……ダイクーンは話す暇なんてあるのか?」
「まぁ、流石に“意味なく”ゼイアの所へ来たら、お嬢にサボりって怒られちゃうさ」
「なら、やはり例のテロリスト《ハギラゴン》か?」
「半分当たり、残りはシェケダンの話――いや、正確には“派閥”の話かな」
ダイクーンが椅子へ座ると、アスタが机に紅茶と菓子を置く。一応、彼女も使用人だ。
「ゼイアは――今の王政府に、{女王派}と{シェケダン派}がいるって話、知ってる?」
「派閥に加担する程、政治には入れ込んではいないが……応援するなら女王派だな」
「へへっ、ありがと。お嬢はさ、初の女性国王だから敵が多いんだよねぇ」
「女王は正統な血筋だ。シェケダン派は、彼女の何が気に食わないんだ」
「時代を変えようとしている所ーーとかじゃないかな?」
「変革か……」
「シェケダン派には古参が多くてさ、上流階級の多くが彼の思想へ賛同している。つまり、お嬢の思考は奇抜の部類に入るってコトみたい」
「前例が無いものは、色眼鏡で見られる――私もこの脚だ、経験はあるさ。なら、そのシェケダン派の主張とやらは、一体どういうモノなんだ?」
ダイクーンは頷いて顎に手を置き、そして、間を置いてからゆっくりと喋り出した。
「――政権を旧王国時代……所謂、侵略国家時代に戻したいんだ」
「まさか、戦争を望んでいるのか!?」
「奴らは、その時の強いウィザード王国に憧れを持っている。表向きは防衛による富国強兵を公言しているけど、高まった軍事力の吐き口なんて決まっている」
「他の儲け方など、幾らでもあると言うのに……」
「産業発展で偉くなった商人に頭を下げ、今の経済を回す国の姿が嫌いなんだよ」
――ゼイアは、シェケダンが商人の台頭を嫌っていた事を思い出した。
「お嬢は今更、侵略して植民地を確保する時代なんか望んじゃいない」
「それなら私も、女王に協力したいところだ。でも、今はシェケダンに睨まれている」
「らしいな……ヤツは、お嬢とゼイアが協力するのを阻止したいみたいなんだ」
「ん? ーー待て、そうなると私達が会うのはマズイのでは?」
「実の所、俺がここへ来たのはお忍びだ。シェケダンに見つかったら危ないだろう」
「そんな危険な状況で、ここまで来たのか……」
ダイクーンは苦笑いを見せ、紅茶を飲み干す。アスタやラキヤタも怪訝な表情で静聴している。
「正直、今のウィザード王政府は、シェケダンの手中に傾きつつある――ハギラゴンだって、既に活動拠点まで見つけているんだ」
「では、“わざと放置”されているのか!? 相手は、国家転覆を狙うテロリストだぞ!」
「それでも、シェケダンは経過観察を理由に、意図的に国騎士の出動を抑えている。恐らく、この件を長引かせ、アドレグループの衰退を狙っているのさ」
「国騎士の権限も自在か……確かに、女王派の旗色は悪そうだ」
「ーーだから、俺はゼイアへ提案する為に来たんだ」
首を傾げるゼイアに対し、ダイクーンは口角を上げてからアスタを一瞥する。
「シェケダンは、共謀疑惑を建前にゼイアを追い詰めている――なら、ヤツが介在出来ない、“自前の力”だけで大元を絶っちまえばいいのさ」
「まさか、私達だけでハギラゴンを壊滅させる気か!?」
「そう言うコト。俺が国騎士を連れて攻勢に出たら、シェケダンは確実に止めて来るだろう。でも、ゼイアが個人でテロリストを潰した場合、奴は止めようが無い」
「な、なんという破茶滅茶だ……」
「情報の横流しや、事後処理ぐらいなら俺でも出来る。だから、実働だけをやって欲しい」
現状の事態を放置していても状況が好転する事はない、つまりそれは、アドレグループの崩壊を意味する。
だが、ゼイア達が単独で動けば、状況を打開出来るかもしれないのだ。
「ーーゼイア、ヤツらがその気なのだ。そして、お主には我輩がいるぞ」
黙っていたアスタが喋り出す、きっと、この作戦で直接動くのは彼女になるだろう。しかし、武装するテロリストの壊滅など、到底商人の仕事では無い。
「ゼイア様、アスタは代えの効かない人材です。危険に晒せば、よりグループの利益を侵害する可能性だってあります。それを踏まえた上、しっかりお考え下さい」
――ラキヤタの言葉に耳を傾け、ゼイアは静かに目を閉じた。
「その通りだ、ラキヤタは賢いな……なら、私が馬鹿を言ってもなんとかなるだろう。よし、我々はハギラゴンを叩く、この状況を打開するぞ!」
ゼイアの決定を前に、その場の全員が頷く。どうやら皆、その言葉を待っていた様だ。
ーーかくして、戦う意志を固めたゼイア達は、その後、ダイクーンからハギラゴンの情報提供を受ける事にした。
その内容は、活動拠点、武装情報、組織を束ねる頭目の個人情報など様々で、開示された情報の全てが極秘である、引き返す事の出来ない一線でもあった。
「取り敢えず、必要そうな情報は伝えた……でも、俺は“ここに来ていない”」
「勿論だ。今の情報は、私が自力で集めた事にする」
「助かる」
話を終えたダイクーンは、これ以上の不在を怪しまれない様、慌ただしくゼイア邸を後にする。そして、ゼイアは悩んだ上で選択が正しかったと考える事にした……




