ウィザード王国編 その13 一章完結
「やってくれたな、怪力女。その銃の開発に、幾らかかると思ってやがる……」
「人一人殺せぬ銃など、欠陥も良い所であるな」
「おいおい、元々は対キメラ用の銃だぜ……」
「それより、我輩との久々な対面である。その顔を見せたらどうなのだ? ダイクーン」
「テメェ、余裕ぶっこいてんな? まだ勝負はこれからだぜ、アスタ」
するとダイクーンは、その腫れぼったい肩と頭の装甲鎧を外して脱ぎ捨てた。
そして、その下から漸く現れた彼の姿は、指先からつま先にまで装甲外骨格が散見される戦闘服を着込んでいた。
腰にはアスタと同じ三連装拳銃。胸には大型ナイフを置いているシンプルな兵装だ。
「良いおべべだろ? コイツはキメラ用じゃねぇ、“アスタ用”の装備だ」
「なるほど。まだまだ戦意は消えぬ様だな」
「五分だ。ここまでやって五分だぞ? アスタ」
「消極的であるな。屋上の時はもっと大口だったぞ」
「あん時は演技だ、実際は危なかった。ただ、アレから時間が経った。“勉強”は十分に出来たよ」
そう言ってダイクーンは、股を大きく開きながら腰を落とし、服の腰部分を持ってたくし上げる。これは、激しく動く際に布が膝に引っかからない様にする所作である。
そして、拳銃が収まっている腰のガンホルダーに左手をかけ、右手で武術の構えを取って見せた。
「近代格闘戦術{ガンズサンボ}だと!?」
「これならお前との戦いに相応しいだろ? アスタ」
ガンズサンボとは、“理論上”は世界最強の武術である。
古今東西あらゆる武術をデータとし、近代技術を持って編み出された超実戦型格闘術。その最大の特徴は、“完全武装を前提としている”点である。
近代兵器の使用に制限が無いため自由度が桁違いに高く、ブーツ、手袋、軍服などを着用した上、武器にはナイフから銃、大砲までも使用する。
そして想定される戦場はリングでは無く、雨天、砂漠、吹雪、時には馬上、泥中、水中まで。
多人数重武装戦までと想定の幅が広く、反則やルールも存在しない殺傷鎮圧を目的とする完全武術である。
よって、そのコンセプトから“絶対に完成しない武術”とされているのだ。
「ガンズサンボは戦場で進化する。だから、この世の武術より“必ず強い”とされる……お前よりもだ、アスタ」
「しかし、その幅の広さから使い熟す事は基本的に不可能。“空想の武術”とも呼ばれている代物の筈だ」
「ところがどっこい俺との“相性”が良いんだな、コレが」
膨大な時間を掛け、経験と身体で覚える武術は宰相として働くダイクーンとは相性が悪い。
しかし、ガンズサンボは状況、装備、臨機応変に変わる場面など、実戦以上に予備知識や“勉強が重要”である。
故に戦場経験が少なく、勉強が得意なダイクーンとの相性が良いのである。
「で、どうする? アスタちゃん」
「貴様がそうなら……我輩も“同じ力”で戦うとしよう」
するとアスタは、ダイクーンと同じガンズサンボの構えを取った。
しかし、アスタの場合はダイクーンと違い、今までの膨大な実戦経験で培った技術を基にしたガンズサンボだ。
「アスタ。お前、今まで“同じ”な状況があったか?」
「確かに、装備、環境、体格……全てが互角の完全実力勝負は今まで無かったな……」
「俺もだ。決着をつけるぞ……」
「良かろう……これが最後だ……」
構える二人の姿が異様に映ったのは互いの距離だった。
二人の間合いは非常に近く、アスタとダイクーンの右手の甲はあろう事か接触している。
素人からすれば、二人はいつでも殺し合える距離にいるのに、戦いだけが始まらないという状況なのだ。
しかし、その時間も終わりを告げ、勝負は突然始まる。
二人は目にも止まらぬ速さで拳銃を引き抜き、互いの腹部へ向かって放ったのだ。そして、互いの弾が防弾服と腹筋により守られた瞬間、最終局面が始まる。
「「一発!!」」
アスタとダイクーンは拳銃を左右に逐一持ち替え、徒手格闘技で絶妙な距離を保ちつつ、互いの腕を払い合う。
その拳法の組み手の様に見える動きには、素人では分からない膨大な情報、戦略、隙の探り合いが起きている。
この時二人が狙っているのは、“射線”。
銃という一撃必殺の攻撃を眉間に叩き込む為、自分の拳銃の射線を通そうとしているのだ。
しかし、互いに狙いが解っている以上、その射線を確保する寸前で払手や回避が挟まり“点”を外すのだ。
当然、このやり取りを一瞬でも間違うと死を意味する。
二人の眼は限界まで見開かれ、視線は素早く上下左右へと動かされている。そしてその先には、必ず拳銃と隙を狙う徒手格闘の攻撃が映されていることだろう。
「「二発!!」」
二人がそう叫ぶと同じ隙を狙って同時に弾を発射した。しかし、どちらも頬をかすめる所で弾を回避、決定打とはならない。
ダイクーンがアスタの足を蹴り飛ばし、転ばせて大きなチャンスを生んだかと思いきや、彼女が転んだのはわざとで、低い体勢から鋭角なハイキックをお見舞いする。
しかし、ダイクーンもそれを読んで攻撃を持ち前の腕力で受け止め、空いた手で銃を構える。すると、同時にアスタも彼へ向けて銃を構えていた。
「「三発!!」」
互いに放たれた弾丸は狙ったタイミングが寸分違わず同じだった為、奇跡的に弾同士が空中でかち合う。
火花を散らす戦いとはこのこと、それ程までにも一連の流れが素早く無駄が無いのだ。
「「リロード!!」」
二人は三発の弾を撃ち切るや互いに蹴り飛ばし、その勢いを利用して距離を取りつつ弾の装填を済ました。
そして体勢を立て直すと、今度は並走しながら徒手格闘の応酬が始まる。拳と拳がぶつかり合う音が強烈に響く中、二人は瞬く間に三発の弾を撃ち切った。
だが、今回は再装填をさせまいとダイクーンがナイフを取り出し、アスタへと突き出す。すると彼女は、自分に向かい来るナイフを蹴り上げてその勢いのまま宙返り。
それと同時にダイクーンのナイフを強奪し、着地と共に相手へ急接近して斬り付けた。対するダイクーンも腕の装甲板で刃を弾きやり過ごす。
火花を散らす程の衝撃に耐えかねて破損する装甲板。飛び散る破片の中でダイクーンは腕を振り回して反撃、アスタからナイフを奪い返す。
だが、アスタはナイフを囮に素早くリロードを完遂させ、更なる動きに転ずる。先に装填できたアスタは早速発砲、ダイクーンへの先制を試みる。
対するダイクーンは、咄嗟に拳銃の先端を手で叩き、射線をずらしつつリロードまで試みる。
当然アスタは、それを許すまいと彼の手を握り締め、リロードを制限する。そして、突然始まった力比べと共に二人の頭突きがかち合い空気を揺らした。
頭突きの衝撃で僅かな距離を取ったアスタとダイクーン。先にアスタが銃を構え、躊躇い無く発砲する。しかし、ダイクーンは彼女へ近づく事で弾を回避する。
そして今度は、残り一発の銃を巡って二人の殴り合いが始まった。
一撃の威力が破城槌並みの怪物達の殴り合いは、一撃を防ぐだけで骨が軋み大気が歪む。一般人であれば、ここまでのやり取りで百四十回は死んでいる事だろう……
しかし、幾らアスタとダイクーンとは言え、人間なら限界は来る。確実に二人の体力は減っており、動きの機敏さに翳りが見えて来たのだ。
(この身のこなしが文献を読み漁っただけで出来るのであれば、天才も嘘では無い。しかし、偶に見える辿々しい動き、やはり実戦経験の少なさから来る物だ。ならば、成長するダイクーンに勝つ為には、判断を誤らせる他無い!! 一か八か……“学ばせる”!)
アスタは一瞬の隙を見て強力な掌打を放つ。
ダイクーンは受け身で衝撃を吸収し、身体は吹き飛ばされつつもダメージの殆どを消し去る。次に彼は、アスタとの間に生まれた距離を詰めるべく、間髪入れず接近する。
すると、攻勢へ転じるダイクーンに対し、アスタも同じタイミングで前へ歩み出た。
これにより、偶然にも二人は擦れ違う様な形で交差し、再びの距離を得る事となる。
そして、激しい戦闘中に訪れた一時的な静寂が続く……
「今……“良いの”が入ったな? アスタ」
「ぐあっ!」
次の瞬間、アスタの肩から壊れた水道菅の様に鮮血が飛び散った。よく見るとダイクーンの手にはナイフがあり、すれ違い様に斬り付けていた様だ。
アスタはすぐに筋肉を収縮させて傷口を塞ぐが、かなりの痛手には変わらない。
「待った甲斐があった。普通にナイフを使ったんじゃアスタには効かないからな。フンッ!」
喋るダイクーンが力むと、戦闘服の装甲裏から半円状の刃が出現する。全身の至るところから生えた刃は正に全身凶器、彼は仕込み刃を切り札として隠していたのだ。
「色んな武器を学んで来たが、意外とこういうのが一番強かったりするんだよなぁ、アスタ」
「確かに解らなくも無いが……少しは自分の外部装備にも目をやると良いぞ」
「ん? な、無い!」
するとアスタは懐から拳銃を取り出した。その銃は彼女が持っている物とは別物であり、ダイクーンのホルダーに収まっていた筈の拳銃が消えていた。
「ちっ……今更、弾の無い拳銃を取られても大した問題じゃない。近接すれば、勝ち目は俺にあるぞ」
「その理屈なら……我輩が貴様から距離を取れば、銃がある分で形成有利ということだが?」
「「……」」
沈黙が一秒間続いた後、戦士は同時に動き出した。
アスタは的確に距離を取りつつ徒手格闘で応戦するが、ダイクーンは彼女に銃を使う機会を与えない。とにかく距離を詰め、身体の各所にある刃でアスタの肉を斬り裂く。
服のおかげで出血も裂傷も最低限に抑えられているものの、アスタはダイクーンの攻撃を完全に防ぐ方法が無い。
故にダイクーンは、多少の反撃を受けようと引き換えに刃物でアスタへ深傷を負わせる事が出来る。
二人の間に巻散る血潮は壮絶の一言だった。そして、極度の緊張は、残った体力を瞬く間に擦り潰して行く。
「フハハハ! 認めるぜ、アスタ! 確かに実戦は文献以上の学習効果がある! テメェと戦う度、俺自身技が上達して行くのが解るぞぉ!!」
「貴様の様な男が、よく今の今までそのなりを隠していられたな!!」
「俺は来るべき時に備えて力を隠した! 俺が国を変えるその時まで、鍛え、隠し、蓄えた! フハハハハ!」
「今の貴様を野放しにすれば、犠牲を生み続ける! 改革の度に一々犠牲が伴っては、民の身が持たんわ! 貴様の野望はここで完全に潰す!」
「俺は犠牲など出した事は無い! 最初からぶっ殺す前提の悪党を幾ら殺しても犠牲なんて言わねぇ! その過程で失われた命も、理想の成就で礎になる!!」
「そんな屁理屈で、ラキヤタの死を我輩とゼイアが許しはしない! 必ず貴様に償わす!!」
「俺は最強だ! 出来るわけ無いだろうが!!」
才能、力、狂気。ダイクーンは全てが入り混じる魔人と化す。その顔は血管が浮き出て、瞬きを忘れ、剥き出した歯が悪魔的に映る。
今の彼は、人の死を軽んじる魔人なのである。
ダイクーンは刃物についた血液をアスタの目へ飛ばし、彼女がそれを回避する隙に身を翻しナイフを突き出した。
その刃はアスタの腹部へ深々と突き刺さり、彼は一瞬勝利を確信する。
しかし、すぐに警戒心を取り戻す。相手はあのアスタ、死ぬまで勝負は解らないのだ……
「ん? くっ! 引き抜けねぇ!」
ダイクーンの判断は正しかった。
彼がアスタに刺したナイフは、溶接してしまったかの様に動かなくなったのだ。常人には致命の一撃でも、彼女の場合は限らない。
「だが、その技はキメラの時に見たぞ!!」
ダイクーンは早々にナイフを手放すと、その体勢から強力なアッパーカットを放った。
現在、彼の右手首から肘にかけては、半円状の仕込み刃が出現している。まともに食らっては“開き”にされてしまうだろう。
そんなアスタは自らの腕を犠牲に、その攻撃から身を守る。当然、腕は深い裂傷を負って大量に出血してしまう。
「タフだな! いつになったら死ぬんだよ、お前!!」
「その刃物は我輩の血脂で切れ味を失ったな」
「馬鹿がっ! 血が足りなくてフラフラだろうが! 調子乗ってる場合かよ!」
「まだやれる。我輩が生きている内は安心出来んぞ、ダイクーン」
「ふっ……いいや。終わりだ、アスタ」
「何……?」
「“コイツ”を奪わせて貰ったからな!」
突然、アスタから距離を取るダイクーン。なんと彼の手には、今さっき彼女が使っていた拳銃が収まっていた。
どうやらダイクーンは、組み合った際にアスタから拳銃を奪取していた様だ。
この技は、先程アスタが彼に使った技。それは、ダイクーンの戦闘センスを物語っていた……
「流石に今のお前に弾丸はかわせないだろ? 確か一発、まだ撃てて無かったよな?」
「止めておけ……貴様は勝てない。それでもそれを撃つのなら、覚悟をして置くのだな……ダイクーン」
「忠告どうも。最強のアスタでも命乞いをするんだなぁ? 可哀想に、ゼイアが不甲斐ない所為でお前は死ぬ」
「救えんな、貴様は……」
「だが、安心しろ。ちゃんと俺も最期は死ぬ。ゼイアとエドリガムに処刑されてな!!」
「貴様は“失って”痛い目に遭わないと解らんか……」
「じゃあなアスタ・ビシャ・ザガン! 俺の勝ちだぁ!」
魔に取り憑かれた様に高笑いするダイクーン。最早、今の彼に相手が善人か犯罪者かは関係無い。
目の前にいる邪魔者を殺して排除するだけだ。そうしてダイクーンは引鉄を引いた……
満身創痍のアスタに弾は避けれない。無慈悲にもアスタの眉間を狙った拳銃は火を吹いた。
そう、“信じられない程大きな爆炎”を起こして。
「ぐあああ!! う、うわぁああ!!!??」
絶叫していたのは、ダイクーンだった。
彼の右手は爆発によってズタズタに引き裂かれ、指のいくつかが吹き飛んでしまっている。
拳銃だった物は銃身が“内側から”張り裂けており、出血するダイクーンの手で真っ赤に染まる。
そして当然、アスタがその隙を見逃す筈もない。
彼女は自分の腹部に刺さったナイフを引き抜き、素早くダイクーンの右腕に突き刺した。
何が起きたか、理解が及ばぬダイクーンに回避は出来ない。アスタは彼に向かって追撃の回し蹴りを放つ。
その蹴りの終着点は今刺したナイフである。
「この愚か者が!!」
ただでさえ重い彼女の蹴りが、刺したナイフを楔代わりに威力を高める。
振り抜かれた一撃に装甲も防刃も関係無い、ただダイクーンの右腕を“肘下から全て削ぎ落とした”。
「う、腕がぁああっ!?」
「ついでにもう一本の心配もするがいい!」
回し蹴りを終えたアスタは体勢を華麗に翻し、勢いそのまま脚をダイクーンの頭上より高く振り上げた。
その踵とダイクーンの間には、飛ばされて空中を舞うナイフがある。そして、彼はそれを見てこの後の結末を理解した。
硬直して動かない自分の身体に対し、頭の回転だけが加速して情景がゆっくり流れる。
それは宛ら、罪を清算する断頭台の受刑者の如く。
「ちくしょうっ……」
アスタの雄々しい叫びと共に踵は振り下ろされ、その間にナイフを挟みつつ、ダイクーンの左腕へ向かって行く。
そして、彼の左肘から下の部位を空中へ弾き飛ばした。
両腕を一瞬の内に削ぎ落とされたダイクーンは、出血しながらよろめく。
一方アスタは、その場で飛び上がり彼の背後を取ると、膝裏を素早く蹴り飛ばし体勢を崩して押し倒す。
とにかく絶叫するダイクーンを無視し、アスタは手早く彼の鎮圧を開始したのだ。
「チクショオオオ! 殺せぇええ!! 殺してくれぇええ!! 頼む! チクショオオオオオオオ!!」
「黙れ!」
「うぐぅ!」
アスタは、両腕を失いながらも暴れるダイクーンを殴り黙らせる。そして、近くから縄を持ち出して素早く拘束を開始した。
「その鍛えた丈夫な身体を呪うのだな……貴様はなかなか死ねんだろう……うっ!」
ダイクーンを気絶させて拘束したアスタ。すると、突然目眩を起こし、膝を着く。
彼女も相当な深傷を負っている。血液を失い、体力の限界を迎えた様だ。
「しまった……我輩も……流石に血を流し過ぎた……か」
アスタはその場に倒れる。
そして、自らとダイクーンの血の池の中、意識は暗い闇の中へ落ちて行くのであった……
アスタは、瞼を通して光を感じる。その居心地の悪さから目を薄く開いた。
まどろむ思考が鮮明になり、全身に走る痛みを感じる。これでは目が無理矢理でも覚めてしまうだろう。
「い、痛いぞ! 何だ、コレは!」
「アスタ!? 気が付いたか!!」
特大サイズのベッドに寝ているアスタが辺りを見渡す。すると、隣にゼイアの姿がある事に気が付いた。
しっかりとした医療設備や白い壁の内装、ここはゼイア邸の医務室である様だ。
「良かった……」
「ゼイア……何がどうなったのだ?」
「ボルクスが気絶したお前とダイクーンを見つけ、すぐに私へ報告してくれた。それからお前を使用人達で保護し、私と女王でダイクーンを捕らえた事を国騎士達に伝えた」
「……って事はつまり?」
「ああ。我々の勝ちだ」
アスタは緊張の糸が切れたのか、持ち上げた半身から力を抜き再びベッドへと沈んだ。
現在、ゼイア邸の周りには、この先どうなるのかわからず、取り敢えず待機し続けている国騎士達がいる。そして、それをゼイアの使用人達が見張っているという状態にある。
国騎士達にはまだ戦う余力がある様だが、エドリガムとダイクーンが敵の手中にある以上動く事は出来ない。
「まだ硬直状態だが……その内、女王が事を収める為に前へ出ると言っている。今は、怪我をした使用人達の救護が始まった所だ……」
「ゼイア、ダイクーンは?」
「そこだ」
ゼイアがベッドに横たわるアスタにも解る様、指を差し示す。するとその先には、大量の拘束具によってベッドに繋ぎ止められたダイクーンの姿があった。
彼は既に目が覚めている様で、目を見開きゼイアとアスタを睨んでいる。だが、口につけた拘束具のせいで喋る事すら出来ない。
「フーッ、フーッ!」
「まるで猛獣だな。貴様はこれから死なずに牢屋へ入れられる。完全敗北だ、ダイクーン……」
ダイクーンは身体を揺らして拘束具を擦り合わした。
「アスタ。私が現場を見た時、ダイクーンの腕が弾け飛び床に落ちていた。破損した拳銃に、血塗れのお前……一体、あそこで何があった?」
するとアスタは、ゼイアにその時の事を掻い摘んで説明しだした。
あの時、ダイクーンの分水嶺となった暴発した拳銃。
あれは、アスタが予め三連装拳銃の三発目に“物を詰めて蓋をしていた”のが原因である。
つまりアスタの拳銃は、二発までしか撃てない自爆装置になっていたのだ。
ダイクーンは自身が言う通り本物の天才であり、戦えば戦う程に学習して強くなる。
だが、実戦経験が少なく、想定外の出来事には反応が素人並みになる。そしてアスタは、そこから見える“とある癖”に気付き罠を仕掛けたのだ……
「ダイクーンは敵の技を瞬時に学習して、技術の差を補完する癖があるのだ。だから奴から銃を奪い、“敵の武器を奪う発想”を与えたら……物見事に食い付いたと言う訳だ。まさか、その武器が自爆する物だとも知らずにな」
「フーッ!!」
「悔しいか、ダイクーン。腕を失った貴様は、誰かに頼らなければならない身体となった。そして貴様は、牢屋で生きて行くという“殺されない苦痛”に耐えるのだな」
喋れないダイクーンへ、苦しい宣告を浴びせるアスタ。ダイクーンは敗北を悟りながらも、認めきれずにいる。
するとそんな矢先、医療室の扉が開かれ自分の使用人を連れたエドリガムが入って来た。
彼女はゼイアとアスタに挨拶を述べた後、ダイクーンの拘束された姿を見て神妙な顔をした。
「……ゼイア殿、アスタの御身体の方はどうですか?」
「アスタはなんとか……驚くべき回復力です」
「さすが最強の従者ですね……それにしても、今回は本当にありがとう御座いました」
「アスタ以外にダイクーンは止められませんから……これからダイクーンの移送ですか? 女王」
「ええ……彼の止血と治療は終わりました。これから国の牢屋へ移送されます。ただ、その前に……少し話をしに来ました。ゼイア殿にも関係があるお話です」
するとエドリガムは、徐にダイクーンの拘束用マスクへ手を伸ばす。それを見たゼイアは一言、“大丈夫か”と彼女に忠告をする。
しかしエドリガムは、“彼は理解のある人物だ”と言葉を返し、口の拘束を外してダイクーンが喋れる様にした。
「エドリガム……俺を殺してくれ。でなきゃ自殺する」
「殺しませんし、ただの自殺は出来ないのでしょう?」
「何故そう思う……」
「処刑とただの自殺では意味合いが変わります。貴方は自分を信じてくれた人達を裏切れません。なんの意味も無い自殺は“逃げ”とみなされる」
「……エドリガム。今、政権を握れば、俺の責任がお前へ向かう。国民の非難の的になるぞ、いいのか?」
「茨の道でしょう……でも構いません。そうしてでも、貴方には死んで欲しく無かったから」
「……いつの間にか我を通す様になったな、エドリガム。お前を操れると思っていた俺の見積もりは甘かったか」
「では、皆に話して下さい。貴方がこの様な理想を求めたきっかけ……ゼイア殿を巻き込んだ“本当の真意”を」
エドリガムがそう言うと、ゼイアは小首を傾げる。自分が知る情報以外に、まだ何か真実がある様だ。
「“私を巻き込んだ真意”? どういう事だ、ダイクーン」
「……全ては、ゼイアをきっかけにして始まったんだ」
「冗談はよせ、ダイクーン。お前と知り合ったのはパーティが初めてだ。計画はもっと前から考えていた筈だろ」
「鈍いな……俺は“過去”に会っているんだよ。お前が事故で両脚を無くした日、ゼイアを医者へ連れて行ったのは俺だからな」
「な、何だと……」
ゼイアは衝撃のあまり、手に持っていた濡れタオルを床に落とした。ゼイアにとっての英雄、かつて自分を事故から救ってくれた人物が目の前にいるのだから。
「あんなに探したのに……お前が私を……?」
「俺が無名の役人だった頃の話だ。それに、あの日の事件の情報は俺が消した。辿り着けなくて当然だ」
「何故、今の今まで黙っていたんだ……」
「言えるものか……俺の人生で“最大の汚点”だからな」
「汚点?」
「お前が脚と母を失った事故の正体……あれは事故じゃない。隠蔽工作で捻じ曲げられた“事件”だった」
「……全て話してくれ、ダイクーン」
するとダイクーンは、あの時起きた真相を語り出した。
あの日、ゼイアは母に連れられ、馬車に乗って町へ出ていた。そして、事件は帰り道の途中の出来事であった。
当事者の内、生存したのは幼子のゼイアのみ。情報の少なさからゼイアを助けた人物の特定も出来ない状態だった。しかし、情報が少なかった理由には、とある“隠蔽工作”が働いていたのだ……
「ゼイア達を襲ったのは馬車同士の衝突事故ではない……秘密裏に輸送されていた“キメラ体”だ」
「キメラ体だと!?」
「そして、そのキメラ体輸送の“責任者”であり。当時、補助監督として輸送馬車の乗車を務めていたのも俺だ」
「なっ! 貴様、キメラ研究に共謀していたのか!?」
衝突した馬車がその日に運んでいた積荷の正体。それは、シェケダンが研究に使う予定だったキメラ成体のサンプルであったのだ。所謂、極秘貨物である。
キメラは、麻酔が施されて大人しく運ばれていた。しかし、その日の事故によりキメラ体は覚醒、その獰猛な性質を表した。
事故が起きた時、ゼイア、母親、同乗していたダイクーンの部下も全員生きていた。だが、開放されたキメラが襲い掛かったのだ。
「お前の母親はお前を守る為、キメラに殺された。俺の部下は目の前で喰われた。俺はキメラを撃退して追い払ったが、幼かったゼイアは巻き添えで死にかけていた」
「なんだと……」
本来であれば、ダイクーンはゼイアの事を証拠隠滅の為に事故と見せかけ殺害しなければならない。キメラ研究が世に出る事を避けるシェケダンの下した命令は絶対だった。
しかし、若いダイクーンにそれが出来る筈も無く、ゼイアを助けるという選択肢を選んだ。
そうして彼はゼイアを救出し、全ての証拠を隠滅して事故に改ざん。逃げたキメラを別動隊と共に始末した。
「何故、加担した! 貴様が嫌う犯罪の片棒だぞ!?」
「当時の俺は……只管に“出世”したかったんだ。理想の国を作るには先ず、自分がそれなりの地位に就かねばならない。だから出世の為、俺は“怪しい仕事”を黙認した」
ダイクーンがシェケダンより請けた仕事内容は、“極秘貨物の配送”。運ぶ中身は一切知らないを突き通すのが条件だった。
ダイクーンが貨物の中身をキメラだと知らなかったのは事実である。しかし、中身が表立って公表出来ない代物であることは容易に想像出来た。
つまりダイクーンは、己の躍進と引き換えに犯罪を黙認したのだ。宰相シェケダン直下の命令となれば仕事として大きく、出世を考えるのなら断る事は出来ない。
たが、結果としてこの件は、“未然に防げた”にも関わらず、失敗により見ず知らずの人命を奪う結末となった。
「俺はその後、証拠隠滅でいなかった事になった。おかげで経歴は傷付かず、逃げたキメラの始末も遂行し、失敗が帳消しになった。シェケダンは末端役人の俺の事なんか記憶してないし、出世も問題なく進んだよ」
「私の救出にそんな裏があったとはな……」
「暫く俺は、罪悪感と自責の念で生きた屍の状態だった。そう、“あの日”が来るまでな」
「あの日?」
事件以来、ダイクーンは腐った王政府の惨状を多く目撃した。長く政府内に在籍すればする程、それは顕著に。
血筋、面子、古い様式や汚職の数々。保身に走り、私欲に塗れた老人達なんて物は序の口だ。
特に一番彼を傷付けたのは、真面目な人間が割を食う姿だった。
「騙される方が悪い、悪いのは犯人ではなく世の中。誹謗中傷の挿げ替え、簡単に釈放される悪党。真面目であればある程出世は遠退いて、使い捨て。子供が絡んで不幸になる姿を見る度、俺は事件の日のゼイアを思い出した」
ダイクーンは、そんな人達を一人でも救いたくて活動をした。だが、どれも結末は虚しい物だった。
その頃、ウィザード王国は前王が死去し、シェケダンはキメラ計画へ酔心するあまり政治活動が疎かになった。
こうしてダイクーンは、決定権や権限こそ無いものの、雑用を任せる形で宰相となった。そして、功績を認められたダイクーンは“ある仕事”に従事する。
それは、新王エドリガムの教育と監視である。そしてそれがダイクーンを変えたのだ。
エドリガムはダイクーンと波長が合い、国の未来を見て自分の在り方を模索する“未来の王”の姿を持っていた。
「俺はエドリガムに“未来”を見た。最高の王がこの国に生まれる……その事が俺の視界の暗雲を晴らし、一筋の答えに導いた。計画を考えたのはこの日からだ」
その日からダイクーンは、エドリガムを理想郷の王に据え、自分はその為の礎になろうと考える様になった。
「俺は犯罪者だ。汚職に無関係の人間を巻き込んで殺し、未来ある子供のゼイアから脚を奪った。だが、死ぬ前にエドリガムを王にしなければならない。だからどんな働きもした……それが、この理想郷の計画だったんだ……」
「そうか……よく分かった、ダイクーン……」
「残念だったな、ゼイア。お前の英雄はただのゴミだ」
ダイクーンは皮肉めいて口角を上げる。まるで自らを犠牲にして、ゼイアから心底憎まれたいかの様に……
「その通りだ……お前が掲げた夢の正体が、ただの“自暴自棄”だったとはな」
「……おい、ゼイア。今、お前なんて言った?」
「お前が自分を許せないのだろう? ダイクーン」
「は?」
「犯罪者の自分が嫌で、この世界も憎い。だから憎い物を全て巻き添えにして終わらせたかった。皆、それに巻き込まれた。お前は理想の国が作りたかった訳じゃない、“理想の自殺がしたかった”だけだ。違うか?」
ゼイアはダイクーンに言い放つ。すると彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてゼイアを見つめ返していた。
「ゼ、ゼイア殿……そんな言い方……」
「違いませんよ、女王」
「……ゼイア……お前は俺が、犯罪者と無理心中したかったって言いたいのか?」
「そうだ。何かおかしいか」
空気が凍る。ゼイアは声色一つ変えず、歯に衣着せぬ物言いでダイクーンの核心を突いたのだ。
「……ぷっ、ふっはっはっ!! やっぱり、俺はお前の事が嫌いだよ、ゼイア」
「だろうな」
「俺は、お前の発言を“否定出来ない”ことが嫌いだ。俺は、今まで人から同調されて来たからな……」
「なにを。敵対する者も多々いただろう?」
「いいや。敵から何を言われても殺すから関係ない。だがな? “殺してはならない奴”から考えを否定された……だから憎くても言い返せない。それが嫌いなんだ」
ダイクーンには、同じ立場から文句を言う者が居なかった。彼自身、賛同されるか敵かの二択だった。
その点ゼイアは、味方ではないが敵と呼ぶには曖昧な相手であったのだ。
「ダイクーンがどう思おうと知らんが……私は、お前を“友人”だと思っている。同調するだけが友人では無い」
「お前はいつも俺の邪魔をするなぁ……最後まで都合が良くない……」
ダイクーンは俯き、瞼を閉じる。今開けたらきっと、成長したゼイアに対して涙が溢れてしまうからだ。
「さぁエドリガム、言いたい事は言った。両手が無くて不自由なんだよ。さっさと牢屋へ連れて行ってくれないか? 今は恥ずかしいったら、たまらねぇんだ」
「わかりました、ダイクーン……では、行きましょうか」
ダイクーンは数人の使用人に立たされ、拘束されたまま歩かされる。扱いとしては特級犯罪者だから仕方無い。
彼が関与した処刑数は十万人を超えており、ウィザード王国の歴史史上類を見ない死亡者数を出した男である。
しかし、彼を極刑にした場合の二次事件が起きる事を警戒し、罰は投獄される形となった。そんな彼の公的な最終刑期は、六千八百年となった……
「じゃあな、ゼイア、アスタ。願わくは、お前らに苦難と不幸が訪れる事を願っているよ。だから……」
「……だからなんだ?」
「だから、まぁ……頑張れよ。色々とすまなかった」
「アスタが腕を切り落としたから、多少許してやる。それに、お前がかつての英雄である事には変わり無い。しっかりと牢屋で頭を冷やせ、ダイクーン・フェナメノン」
「……馬鹿だなぁ、裏切られたクセに。ホント嫌いだよ」
一瞬、彼の頬に一滴の雫が光って見えた。そしてダイクーンは厳重な警備の下、エドリガムと共に医療室から出て行った。
そうして部屋には、アスタとゼイアだけが残された。
「ゼイア。やっと終わったな、全部」
「この国は問題だらけだ。私も啖呵を切った手前、女王には協力せねばならない。結局、ダイクーンの思い描いた結末と近くなった様だ……憎たらしい」
「だが、ダイクーンは死ななかった。そこが違うだけでもかなり変わるだろう?」
「ああ……奴は、変わるだろうか……」
「わからん。だが、人は本質を見抜かれると脆いものだ。崩れてもう一度立ち上がった人間は変わる、いい意味でも悪い意味でもな?」
「腕を落とされてもまだ理想郷を求めるのなら本物だ」
「その時は億劫だが……また我輩が戦う。ただ、奴は真面目だから六千年間服役するかもな?」
「ふっ。奴が狡猾を覚えたら其れこそ手が出せない。すぐにでも理由をつけて牢屋から出て来るぞ」
「はぁー。それにしても疲れたぞ、ゼイア。我輩は血が足りなくて気分が悪い」
「私も疲れた……そうだ、アスタが動ける様になったら少し旅行しよう。多少遊んでもバチは当たらん」
「む? それは命令か? 提案か?」
「勿論、命令だ。お前に仕事を与えるのが私の仕事だ。アスタ・ビシャ・ザガン、本当にお前に会えて良かった。最高の相棒だ。これからもアドレグループ……いや、“私”を頼むぞ? 新たな英雄よ」
ゼイアは満面の笑みをアスタに向けた。全てが終わり、気持ちが軽くなったのか滅多に見せない笑顔だ。
すると、それを見たアスタがふと口を開く……
「……お主笑うと可愛いな。笑えば結婚出来るぞ」
「なっ! もう二度と笑わん!」
「ふっはっはっはっはっ! こちらこそよろしく頼むぞ、我が主よ!」
アスタの高笑いが部屋に響き、ダイクーンを初めとしたこの事件は幕を閉じた。
多くの人間を巻き込んだこの事件は、ウィザード王国の歴史的大事件として人々の心に刻まれるだろう。そして、その裏に隠されたアスタとゼイアの戦いも終わり、暫くの休息が訪れる。
数奇な運命に翻弄される彼らの物語はまだ続く。だが今は、その幕を一旦閉じるのであった……
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