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お金持ちと力持ち  作者: T20
お金持ちと力持ち {ウィザード王国編}
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13/13

EP.13

 ダイクーンから逃げ切ったゼイア達は、安堵のため息を吐きながら走る馬車に揺られていた。

「女王。我々はこの後、屋敷に立て籠もります。恐らく、ダイクーンとの戦闘になるでしょう」

「ゼイア殿……もし、貴方がそうするしか無いと思うのなら……最悪の場合、彼を……」

「私達は決してダイクーンを殺しません」

「えっ……」

「ダイクーンの殺害は“敗北”です。死が、奴の名前を同志達のシンボルにしてしまうからです」

「ダイクーンの死が象徴になる……?」

「そうです。だからと言って、筋書き通りに奴を処刑しても負けです。ダイクーンの理想が成就する」

「で、ではどうすれば……?」

「我々が奴に“勝つ”方法は一つ。虐殺を完遂する前に生きてダイクーンを捕縛する事。奴の政策を阻止し、女王である貴女がダイクーン暴走の責任を取る」

「……」

「貴女を理想の国の王にしたいダイクーンが、自分のせいで責任を取らし、当人は生きて牢屋に居る。これが奴にとって“耐え難い罰”となる」

「……分かりました」

「勿論、茨の道です。国民からの非難轟轟でしょう。しかし、私達アドレグループは全力で貴女を支えます」

「……ゼイア殿はお強いのですね」

「はい?」


 ゼイアがダイクーンをどうするべきか語っていると、エドリガムは俯きながらその心中を語り出した。

「ワタクシがダイクーンに捕縛された時、国民の総意は彼にあると思っていました。あれだけ部下に慕われ、ワタクシには想像もつかない重荷を背負っている……と」

「……確かに、ダイクーンは魅力的に映る男です」

「カリスマと呼ぶのでしょう……私にはそれが無い。それでも、“彼のやり方は好きでは無かった”」

「私も同意します」

「ゼイア殿。恐らく、この国でダイクーンを止めようとしているのは貴方だけです。それでも、こんな未熟な王であるワタクシに協力をして頂きませんか?」

「勿論です。私は女王の決断を心より尊敬します」

 ゼイアが手を出す。すると、エドリガムも応える様に彼の手を握り、強い握手で決意を固めた。


「ゼイア! そろそろ屋敷に着くぞ!」

 戦車を駆り、馬車と並走するアスタが声を上げる。眼前に見えるゼイア邸、恐らく数時間と経たずにダイクーンは隊を引き連れ、ここに現れるだろう。

 それまでの僅かな時間、ゼイア達は覚悟を決めて準備しなくてはならない。国の行末を賭けた決戦は、刻一刻と迫っているのだから……


 それから少し時間が経ち、ゼイア邸会議室。

 そこではゼイア、アスタ、ダオン、ボルクス、そしてエドリガムの姿があった。

「上手くいったのか? ゼイア」

「まあまあ……だな。一応退けたが、ダイクーンはこれから本気で私達を潰しに来るだろう、ダオン」

「そ、それって……」

「私達が負ければ、お前もついでに処刑される」

「マジかよ……ぜ、絶対勝てよ……」

「負けた時は私も終わりだ。戦闘中は危険に晒される、ダオンは使用人達に従って隠れろ」

「ああ……そうさせて貰う。あ、それと……」

「何だ?」

「ありがとうな、ゼイア。この程度で借りは返せたと思っていない。また、俺に出来る事があったら言ってくれ」

「ああ、頼む。因みにアスタの護衛はどうだった?」

「……俺が、お前の暗殺に失敗した理由が分かった」

 ダオンは皮肉めいて苦笑いを見せる。そして、陽動役を終えたダオンは一人会議室を後にした。


「……我々、使用人はどうされますか? ゼイア様」

「ボルクス。ダイクーンの国騎士隊は、使用人達を殺す様な事はしない。だが、鎮圧はする。此方も国騎士を殺す訳にはいかない。非殺傷武器で皆を武装させ、相手の拘束鎮圧を目指す様に通達してくれ」

「了解致しました」

 指示を受けたボルクスは会議室を飛び出し、使用人達を束ねに向かう。それが、執事長としての仕事である。


「ゼイア殿の使用人達は優秀ですね」

「全て、ラキヤタの教育の賜物です。女王」

「……やはり、ダイクーンは憎いですか?」

「ラキヤタを奪うキッカケを作ったのは確かです。でも、私は奴を憎みません。例え、筋書きだったとしても……一時は、私もダイクーンの友でしたから」

「……ゼイア殿、必ず勝って下さい。戦いが終わった後の事は全て、ワタクシが始末を着けます」

「……大変でしょうが、宜しくお願いします。女王」

 エドリガムはゼイアに激励を飛ばし、会議室を後にする。全てが終わった後、ゼイアが勝っても負けても彼女の仕事は山程あるだろう。


「ゼイア、お主はどうするのだ?」

「私は戦況を見て指揮を取るつもりだ……」

「我輩も最前線に出るか」

「いや、ダイクーンを確認するまで動くな。奴を止められる戦力はお前だけだ。出し抜かれる訳にはいかない」

「口惜しいが……待機か」

「コレはカンだが……アイツは、状況次第で私かアスタ辺りの殺しを躊躇わないかもしれない」

「……今の奴ならやりかねんな」

「アスタ……死ぬなよ? 私にはお前が必要だ」

「愚問。我輩はお主を置いて死んだりせん。タコ殴りにしたダイクーンを連れて来てやる」

 ゼイアはアスタを見つめて頷く。この戦いは、アスタかダイクーンのどちらかが欠ければ決するだろう。そして、緊張が場を支配したまま運命の時はやって来た……


 ゼイア邸の敷地付近には国騎士の隊列が並ぶ。彼らは皆、制服の上から部分的な鎧を装着し、短い棒や刺股、盾などを装備している。この装備は、主に暴徒鎮圧などで使う非殺傷装備である。

 現在、国騎士の隊列はゼイア邸を囲む様に配置されており、既に見えるだけでもかなりの人員が確認できる。

「ボルクス、首尾はどうだ?」

「使用人各員、武装及びに配置へ着きました。既に防衛準備は整っています、ゼイア様」

「前へ出ない様に戦え。屋敷や地形を武器にして戦うんだ。敵の数は此方の倍はあるからな」

「了解しました」

「国騎士が動き出したら“アレ”を使え。戦力が少ないのなら、此方は装備でヤツらの上を行く」


 ボルクスと話しながら屋敷を周るゼイアに、少しの間だけ離れていたアスタが合流する。

「ゼイア、確認して来たぞ」

「ヤツはいたか?」

「一通り観察はしたが、ダイクーンの姿が見当たらない。少なくとも、前線にはいない様だ……」

「何を企んでいる……コチラにアスタがいる以上、奴が出動しない事は無い。必ず何処かに潜んでいる筈だ」

「うむ。そこで提案なのだが……」

 アスタが提案を出してから数分後。そこには、いつかの時の様に背負い紐でゼイアを担ぐアスタの姿があった。


「アスタ……やはり、これをしなきゃダメか?」

「戦いで混乱が起きる中、いちいち車椅子で屋敷を周るのか? これが最適解であろう」

「お、お前が言うのなら仕方ないな……ん? おい、ボルクス。何を見ている……」

「えっ? あ、別に何でもありませんよ、ゼイア様」

「ミルクでも飲むか? ゼイア」

「アスタ、お前。少しふざけているだろう」

 皆の戦闘準備が整ってから暫く、ようやく硬直していた事態が動き出す。屋敷前方を陣取る国騎士の隊列から、隊長帽を付けた者がメガホン片手に前へ出て来たのだ。


「ゼイア・アドレメナクに告ぐ!! 貴様は現在、女王誘拐及び、監禁立て籠もりによる罪を犯している!! それにより、現在の最高責任者であるダイクーン・フェナメノンが強制鎮圧を指示した!!」

「……いよいよ、始まるか」

「よって我々国騎士隊は!! これより、ゼイア及びにその味方をする者達全員を武力にて拘束する!!」

「アドレメナクの使用人諸君……現当主ゼイア・アドレメナクの名において命ずる。決戦だ!!」

「覚悟せよ!! 国騎士隊、突撃ー!!」

 敵味方、その場にいる全員が声を上げ、全てを決める戦いの火蓋が切って落とされた。


「出鼻を挫くぞ! 大拘束装置一斉発射だ!!」

 ゼイアがアスタの背から使用人達に指示を出す。すると、使用人達は屋敷の窓を割り、車輪付き設置方巨大弩弓を出現させる。

 弩弓の先端は敷地の庭を走る国騎士隊へ向けてあり、すぐにその張り詰めた弦を解き放った。

「な、何か飛んで来るぞ! 防御しろ!!」

 弩弓から放たれたのは巨大な錘が付いた網。ゼイアが馬車で逃げる時に使った物の巨大版である。

 錘付きの網は前進する国騎士達を絡め取り、その動きを止める。更に、出鼻を挫かれて国騎士の隊列が乱れる中、使用人達は更なる攻撃準備を始める。


「“鉄砲隊”、射撃開始!!」

 ボルクスがそう叫ぶと、使用人達が屋敷の窓や隙間から身を乗り出す。使用人達は長銃を持って構えており、前進する国騎士隊に狙いを定めている。

「じゅ、銃だ!! 総員、盾を構えろ!」

 隊列が乱れ、上手く盾を構えられない国騎士達。その隙を狙って使用人達による一斉射撃が始まる。

「ぐああっ! い、痛ぇえっ!」

「くっ! な、何だ!? “弾じゃない”!?」

「コレは……“ゴム”だ……」

 銃撃を受けて昏倒していく兵士達。だが、彼らに死人は出ていない。ゼイアの使用人達が使っている銃は、弾が全て非殺傷性を持つゴム弾だったからである。


「よし。敵の士気と数が減っていくぞ、ゼイア」

「人員を迅速に集めたダイクーンの手腕は見事だが……その無理は“兵士の装備”に現れたな」

 この国騎士達は、ダイクーンに急遽呼ばれて集まった者達。その際、ダイクーンの手際良さもあって頭数は揃えられたものの、やはり時間や準備が足りず、装備が鎮圧用の接近武器しか用意出来なかったのだ。

 しかし、対するゼイア達は潤沢な財力を使い、これを想定した最新装備を使用人達に配備させていたのである。


「盾隊、陣形を組め! 相手は飛び道具があるぞ!!」

「クソッ、何が一般人の鎮圧だ! ただの一般人が、国騎士隊に先手が取れるのかよ! ありゃ軍隊だ!」

 ゼイア達の激しい反撃に想像の数倍手を焼く国騎士隊。何とか遠距離攻撃を掻い潜って屋敷に到着する兵士達もいるが、現れた使用人達が瞬く間に攻撃を仕掛けて来る。

 当然、ゼイアの使用人達は皆武芸を嗜んでおり、国騎士といえど容易に倒せる相手では無い。

「執事長! 南西より敵が屋敷へ侵入しました!」

「私に任せなさい!!」

 ボルクスが屋敷の廊下を走り、侵入した兵士達を補足する。対して兵士達は、盾や警棒を構えて対峙した。


「女一人に国騎士が負けるかぁ!」

「なら、ラキヤタ流の技を見せてあげましょう!」

 ボルクスは走りながら飛び上がり、廊下の壁を蹴って一瞬にして国騎士達の背後を取る。そして、服の裾下に隠した三又の十手で相手を叩き倒してみせる。

「ぐえあっ!? バ、バカな……」

「アドレメナクは戦いも一流です」

 屋敷内外、敷地の凡ゆる場所で国騎士達と使用人達の戦闘が巻き起こる中。ゼイアとアスタもまた、屋敷内を駆け巡っていた……


「くっ! どこもかしこも国騎士だらけだ!」

「だが、使用人達の士気は高いぞ、ゼイア! あの数を相手に屋敷を守れている。戦果は上々と言って良い!」

「しかし、これだけ騒いでも“大将”が見えない……アスタ、女王のいる場所も見回ろう」

「了解した!」

 アスタはゼイアを背負ったまま、エドリガムを匿う一室の前までやって来る。

「はっ! 見つけたぞ、ゼイア・アドレメナクだ!」

「ちっ、既にこんな所にも!」

 部屋前まで来たゼイア達は、そこで屋敷内に侵入した国騎士達と出会う。兵士達が警棒を構える中、アスタは命令を受けるまでもなく敵との距離を詰める。


「少し眠っておれ」

「全員防御だー!」

 身を守る兵士達だったが、アスタはその上から吹き飛ばし、廊下の壁や天井に相手を減り込ませた。

「アスタ、女王の安否確認だ!」

 先を急ぐ二人は倒した兵士達を放置し、先ずはエドリガムを匿う部屋の扉を開ける。するとそこには、棒を構える彼女と脱出する際に連れて来た宮廷使用人の面々がいた。

「ゼイア殿でしたか……」

「すみません、驚かせて。大丈夫ですか? 女王」

「私達に問題はありませ……」

「そ、そこに隠していたかっ!!」

「なにっ!?」

 それは、エドリガムの安否確認をしていた時のことであった。倒れていた兵士の一人が突然声を出したのだ。

 アスタは素早く兵士の方へ振り返るが、兵士は既に懐から図太い口径の拳銃らしき物を取り出している。


「拳銃!!」

 アスタは攻撃を警戒し、咄嗟に腕で顔を覆いつつゼイアを背中に隠す。だが、彼女の予想とは裏腹に、拳銃の銃口は“窓へ向かって”弾を発射した。

「何だ!?」

 兵士の放った弾は、銃身から赤い煙を放ちながら窓を割る。そして、赤煙の軌跡を残して屋敷上階の廊下から外の空へと飛んで行った。

「アスタ、これは“信号弾”だ!!」

「信号弾? 何を誰に……」

「そんなの“一人”しかいない! ダイクーンが来るぞ!」


 一方その頃、ゼイアの屋敷から少し離れたとある高台。そこには、“小型の設置式投石器”が置かれていた。

 一台だけ置かれたその装置は、発射先をゼイアの屋敷に向けている。だが、肝心の弾となる石は無く、その付近に国騎士数名とダイクーンが立っていた。

「ダイクーン様、位置確認が取れた様です」

「よーし……じゃあ、真打登場って行こうか」

 マントで身を隠すダイクーンが投石器に座る。どうやら彼は、“自身を弾にして”投石器を起動させる気の様だ。


「それではダイクーン様。楽しい空の旅を」

 部下が投石器を起動し、勢いを帯びた先端が弧を描きダイクーンを射出する。景気良く空へ投げられた彼は、空中で体勢を整えながら黒いマントを脱ぐ。

 雲一つ無い快晴の空に現れるダイクーンの全身。それは、黒色の金属装甲に囲まれ、肩が頭部まで盛り上がり、流線型ヘルメットを装着する奇怪な姿であった。

「ひゃほー! クセになりそうだ!」

 彼は脱いだマントを広げ、宛ら滑空するモモンガの如く浮力を操る。空中を飛ぶ彼が見下ろす先には、屋敷の敷地内で使用人と戦う国騎士達の光景が広がっている。

(正直、ゼイアを舐め過ぎたな……野郎、アスタいなくても普通に厄介だぜ)

 ダイクーンは屋敷上階から上がる赤い煙を目指し、飛び続ける。最終決戦は目前まで迫っていた……


「女王、部屋を移動しましょう!」

「は、はい!」

 ゼイアとアスタは、エドリガムとその使用人達に進言して部屋を出る。信号弾を許してしまった以上、真っ先に狙われるエドリガムを同じ場所に置いておく事は出来ない。

「アスタ、私を降ろして車椅子に乗せろ! ダイクーンが来たら邪魔になる!」

「すまぬ、ゼイア」

 アスタは近場から車椅子を調達し、ゼイアを乗せる。すると彼は、そのままエドリガム達を先導しながら屋敷を自力で移動し始める。

「コチラです、じょ……」


 その時であった。大きな破砕音を響かせ、信号弾が放たれた辺りの屋根に穴が開く。

 驚く皆が振り返るとそこには、屋根から漏れる日の光を纏い、瓦礫を下敷きにする黒鉄の巨人が降り立っていた。

「ダイクーン……なのか? アレは……」

「おお……皆居るじゃねぇか」

 敵の最高戦力にして大将、ダイクーン。彼は、装甲に守られた仮面越しにゼイア達へくぐもった声を掛ける。

「ゼイアよぉ、そろそろお嬢を返してくんねぇか?」

「嫌だ……と、言ったら?」

「アスタを殺して、テメェもエドリガムも幽閉する」

「……アスタ、頼めるか」

「愚問。我輩はその為にいる」

 ゼイアはエドリガムに頼んで車椅子を押してもらい、アスタをその場に一人残して離れて行く。そして、廊下には二人の巨人だけが残り、向かい合う事となった。


「見ない内に随分と見た目が変わったな、ダイクーン」

「この後も仕事は山積みなんだ。“怪我したくない”」

「その鉄塊を身に付ければ、我輩を倒せる様な口振りだ」

「その通り、備えあれば憂いなしってね」

「我輩に勝つ? 貴様がか? ふっはっはっはっ! 随分と大きく出たな、中間管理職如きが」

「素の実力にそこまで差は無いぜ、アスタ。なら、装備の性能が残りの強さを占めるんだよ」

「恐怖を感じているのだろう? その滑稽なお面越しでなくては、我輩を直視出来ない腰抜けめ」

「……挑発には乗らねぇぞ? アスタ、俺ァ堅実だ。勝てねぇ勝負はハナっからしねぇんだよっ!!」

「ちっ!」

 次の瞬間、勝負は突然始まった。


 ダイクーンは背負っている巨大な背嚢から“鉄塊”を取り出して構えた。その鉄塊は銃に面影があるが、決定的に何かが違う。銃身らしき筒が六本束になっており、背嚢と銃を繋げる帯、複雑な構造をした根本部分、本能的に危険を感じさせるフォルムをしていた。

「{九十九式連装機関砲}のデータ集めにご協力を!」

 鉄塊の銃身が高速回転を始める。凄まじいマズルフラッシュと共に、秒間二十発にも及ぶ弾丸が放たれた。

「な、なんてパワーだ!!」

 隣の部屋へ飛び込み、遮蔽物に身を隠すアスタ。飛び散る屋敷の壁の破片と炸裂音に戦慄を覚える。

 まともに食らえば、幾ら防弾服とて形無しだろう。


「元来の長銃とは技術力が“二百年”程違う! コイツが次世代兵器の機関砲だぜ、アスタ!」

「くっ! とんでもない物を持ち出して来たな……」

「こりゃすげぇぜ! あのアスタ様が逃げの一手とはなぁ!! 俺の推定戦力は一個大隊かぁ!?」

 ダイクーンの使う機関砲は、反動と装備重量のせいで扱える人間が“彼しかいない”ことを除けば、最強の兵装と言えるだろう。

 ばら撒いた薬莢を見つめ、彼はバックパックからガンベルトを取り出しリロードし直す。そして、瓦礫に隠れたアスタを探して廊下を歩き出した。


「そんな愚鈍では良い的である!!」

 アスタは遮蔽物から身を乗り出し、ダイクーン目掛けて三連装拳銃を撃ち尽くす。しかし、飛び散ったのは血潮では無く火花であった。

「大口径拳銃でも装甲ダメージはほぼ無し。ほら、代わりのプレゼントあげちゃうぜ」

 ダイクーンは攻撃して来たアスタの方角へ向け、機関砲による掃射を行う。アスタはすぐに身を隠して移動するが、先程まで隠れていた遮蔽物は一瞬の内に灰燼と帰す。

「さぁ、どうする? 隠れてばっかじゃ、屋敷が倒壊しちまうぞー?」


 ダイクーンは辺りを見渡すが、既に彼女の姿はそこに無い。彼は、軽口とは裏腹に警戒して足を止める。

(アスタは隠密が得意だ。でも、こんな状況で身を隠せる場所はそう無い。俺の死角を縫って近付く必要がある)

「例えば“天井”とか使ってなぁ? アスタァ!!」

「くっ!」

 ダイクーンが頭上を見上げる。

 すると、屋敷の高い天井を非凡な指圧で張り付き、密かにダイクーンへ近付くアスタの姿がそこにあった。

 ダイクーンは機関砲の銃口を持ち上げ、捕捉したアスタの周囲数メートルへ弾をばら撒き迎撃を始める。


「我輩の手の内が読まれている!」

「バカか。テメェとは一緒に戦って来ただろうが!」

 アスタはその場から離れ、銃撃を掻い潜りつつ物陰へ潜む。しかし、その間にダイクーンは距離を取り、機関砲による有利を冷静に守り続ける。

「大口の割に随分慎重な立ち回りだな、ダイクーン」

「当たり前だろ。今、戦ってんのはキメラ倒した化け物だぞ? この装備だって、元はシェケダンのキメラ戦を想定して作った武器なんだぜ?」

「貴様が用意した役者が強過ぎて先延ばしか」

「だから、無駄にならなくて良かったってモンだ」

 憎まれ口を叩き合う両者。しかし、アスタは心中焦りを感じていた。余りにも装備性能に差があるのだ。


(困ったな……まるで手も足も出ん。これなら、まだキメラの方が戦い易いぐらいである……)

(出てこねぇな、アスタの奴……まぁ、弾にはまだ余裕がある。少し、バラ撒いて炙り出すか)

 ダイクーンは怪しい遮蔽物に狙いを定めると、取り敢えず遠方から攻撃を加え始める。入念に接近を警戒し、一切の付け入る隙を消すつもりの様だ。

(ちっ、虱潰しか! 我輩が見つかるのは時間の問題。しかし、奴の弾は尽きる気配が無い。あの背嚢が答えか? まるで人間武器庫だな)

 アスタは辛うじて残る遮蔽物の隙間から、ダイクーンのリロードする姿を見つめる。すると彼女は、機関砲の銃身が赤く熱されている姿を目にした。


(アレは……そう言えば以前、ゼイアが言っていたな)

 アスタはふと、数ヶ月前のゼイアとの会話を思い出す。

「ゼイア、連射を可能にした銃は作れんのか?」

「サイズに目を瞑れば可能だぞ」

「なら、一つぐらい試作で作れば良いのではないか?」

「試したさ。ただ、連射銃を作る過程で出た話なのだが、問題の一つに“金属が熱垂れを起こす”という物があった」

「熱垂れ?」

「火薬を使って弾を高速で放つという構造上、銃というのは熱を持ちやすい。通常の銃なら然程問題は無いのだが、連射銃の場合は別だった。度重なる連射の摩擦や衝撃を完全に克服するのは厳しくてな」

「なるほど……使い続けると“自壊”するのか」


 アスタはかつての会話から、今のダイクーンとの似た点を見つける。そして、それが突破口である事を知る。

(あの機関砲……恐らく、“耐えてくる相手”を想定していない。ダイクーンは欠点を補う為、距離が必要……)

「なるほど、攻撃力の代わりに耐久性を犠牲にした試作品。まだ細いが、勝ち筋もありそうだ……となると、今の我輩に必要なのは“耐久力”であるな」

 アスタは記憶の中から今すぐ役に立ちそうな代物を思い浮かべる。もし賭けるのなら、ダイクーンに僅かな慢心が見える今しか無いだろう。


「そこかぁ!!」

 ダイクーンがアスタの気配に気付き、機関砲による掃射を始める。堪らず瓦礫から飛び出たアスタは、走りながらダイクーンへ向けて“何か”を投げつけた。

 それは、空中に放り投げられてから数秒後に爆発し、ダイクーンの頭上の天井を破壊して瓦礫の雨を降らせる。

「手投げ弾か!」

 重装備のダイクーンに、降って来る瓦礫を避けるスピードは無い。彼は、そのまま落下物の下敷きになった。

「こんなモン、障害にもならねぇぞ!!」


 しかし、その数秒後には怪力を発揮して瓦礫を吹き飛ばし、中から無傷のダイクーンが現れる。

「ダイクーン、覚悟!!」

「そんな事だろうと思ったぜ!」

 瓦礫から飛び出たダイクーンが目にしたのは、僅かな隙を突いて全力で接近して来るアスタの姿。だが、それを予想していた彼は、機関砲を構えて引き金を引く。

 微々たる差も戦場では生死を分ける。距離を詰めるアスタを一秒以下の瞬間で上回り、機関砲の弾が捉えた。

「ぐあっ!」

「おっ? 今、“当たった”な!? なぁ! 当たっただろ! なぁ! なぁ! なぁ!」

「防弾服で無ければ、今頃内臓をぶち撒けていた……」

 強引に軌道を変え、アスタは遮蔽物に身を隠した。腹部からの出血に応急処置を施す。防弾服の一部は引きちぎられており、機関砲の威力を物語っていた。


「位置は分かってんぞ? もう隠れる場所はねぇな!」

 ダイクーンは追撃の弾幕を放ち、逃げるアスタを追い掛ける。そして、その最中で遮蔽物は殆ど破壊され、彼女はとうとう逃げ隠れる場所を失った。

「じゃあな、アスタ。最期は呆気なかったな」

「“準備は済んだ”。場所変えと行こう、ダイクーン」

「は?」

 アスタを追い詰めたつもりのダイクーンだったが、返って来た彼女の発言に彼の思考が一旦停止する。

 すると、アスタは拳銃を取り出し、ダイクーンの“足元”へ向かって弾を放ち出した。

「ぬおぉっ!?」

「忘れたか、ダイクーン。ここは屋敷の上階だぞ」


 アスタの弾は床を貫き、ダイクーンの足場を崩壊させる。度重なる機関砲の乱射と彼の重量、それらの要素に耐えかねた床が崩れたのである。

「馬鹿が、調子に乗りやがって。こんなモン、俺にゃあアクシデントにすらならねぇぞ!!」

 ダイクーンは落下する身体を制御し、非凡な身体能力で落下に備える。そして、総重量が水牛並みとは思えない身のこなしの軽さで、見事屋敷の最下層に着地した。

(ここ、屋敷の一階か? ちっ……アスタの遮蔽物が増えたか。ただ、めんどくせぇが問題はねぇ。俺が有利だ)

「アスター? どこだー? 早く死んでくれー」

 ダイクーンは、熱を帯びた機関砲を構えて辺りを見渡す。彼は現在、屋敷内の舞踏場に居る様だ。

 そして、自分が落ちて来た天井の穴を見つめた後、ゆっくりと動き出し辺りの警戒を続ける。


(アスタの事だ、奇襲を仕掛けるつもりだな?)

 ダイクーンは広い舞踏場の中心へ向かい、360度全方位を警戒。どの方角からアスタが来ても、ある程度の距離を担保する。相手の姿を確認してから撃つまでの時間も十分にあるだろう。

「出で来い、アスタァアアア!! 腰が抜けたかぁ!?」

「急かすな、ダイクーン! 待たせたな!」

「馬鹿が、自分から姿現しやがっ……なっ!?」

 しかし、そんなダイクーンが目にしたのは、銀色の装甲板に囲まれた二輪が突撃して来る様子であった。


「せ、“戦車”だと!?」

 アスタが持ち出したのは、エドリガム救出の際に使った戦車。彼女はそれを剛力で押し、ダイクーン目掛けて強引に突撃して来たのである。

「む、無茶苦茶やりやがって!!」

「だぁああああああああ!!!」

 辺りの家具を全て粉砕し、猛スピードでダイクーン目掛けて突撃して来るアスタと戦車。対して、ダイクーンは機関砲を撃ち続ける。

 戦車を盾に激しい鉛の嵐を突き進むアスタ。身体に搭載された筋肉が盛り上がり、図太い血管が首筋を伝う。銃撃を相手に相撲を取る者など、古今東西彼女だけである。


「こなくそぉおおおおお!!!」

「ほ、砲身が焼き切れるっ!?」

 弾を撃ち続けるダイクーンが、淡い光を放つ機関砲の姿に焦りを見せる。度重なる連射に武器の限界が来たのだ。

「く、くそっ!」

 銃身が煙を上げる。このまま撃ち続ければ、弾が誘爆して跳ね返って来てしまう。危険を感じたダイクーンは、咄嗟の判断で機関砲を撃ち止め、回避行動を取った。

「銃撃が止んだ? 今か!!」

 しかし、そんな隙を晒したダイクーンをアスタが見逃す筈は無かった。彼女は戦車の裏から飛び出し、ダイクーンに差し迫ったのだ。

 ダイクーンは使えない機関砲を振り回して応戦するが、愚鈍な装備でアスタに着いて行くのは不可能。彼女は真っ先に機関砲へ向けて強烈な打撃を繰り出した。

「こ、この馬鹿力が!!」

 アスタの拳が機関砲の砲塔をへし折る。すると、ダイクーンはひしゃげた鉄塊と背嚢を捨て、距離を取った。


「やってくれたな、怪力女」

「人一人殺せぬ銃など、欠陥も良い所であるな」

「その銃、開発に幾らかかったと思う?」

「そんな事より、我輩との久々の対面であるぞ。その顔を見せたらどうなのだ? ダイクーン」

「余裕ぶっこきやがって。勝負はこれからだぜ」

 ダイクーンは鎧を外し、脱ぎ捨てる。

 その下から現れた姿は、指先まで装甲外骨格が施された戦闘服であった。腰にはアスタと同じ三連装拳銃。胸には大型ナイフを置いているシンプルな兵装だ。

「良いおべべだろ? コイツはキメラ用じゃねぇ、“アスタ用”の装備だ」

「なるほど……まだまだ戦意は消えぬ様だな」

「五分だ。ここまでやって五分だぞ?」

「消極的であるな。屋上の時はもっと大口だったぞ」

「アレは演技だ。ただ、時間が経った今なら本当だ。“勉強”も十分に出来たしな?」

 ダイクーンは股を開いて腰を落とし、服の腰部分たくし上げる。そして、拳銃が収まっているガンホルダーに左手をかけ、右手で武術の構えを取って見せた。


「近代格闘戦術{ガンズサンボ}だと!?」

「これなら、お前との戦いに相応しいだろ」

 ガンズサンボとは、“理論上”は世界最強の武術である。

 古今東西あらゆる武術をデータとし、近代技術を持って編み出された超実戦型格闘術。その最大の特徴は、“完全武装を前提としている”点である。

 近代兵器の使用に制限が無いため、極端に自由度が高く、ブーツ、手袋、軍服などを着用した上、武器にはナイフから銃、大砲までも使用する。

 想定される戦場は雨天、砂漠、吹雪、時には馬上、泥中、水中。相手は多人数までと想定の幅が広く、反則やルールも存在しない殺傷鎮圧を目的とする完全武術。

 よって、そのコンセプトから“絶対に完成しない武術”とされているのだ。


「ガンズサンボは戦場で進化する。だから、この世の武術より“必ず強い”とされる……お前よりもだ、アスタ」

「しかし、その幅の広さから使い熟す事は基本的に不可能。“空想の武術”とも呼ばれている代物の筈だ」

「ところがどっこい、俺との“相性”が良いんだ」

 膨大な時間を掛け、経験と身体で覚える武術は宰相として働くダイクーンとは相性が悪い。しかし、ガンズサンボは状況、装備、臨機応変に変わる場面など、実戦以上に予備知識や“勉強が重要”である。 

 故に戦場経験が少なく、勉強が得意なダイクーンとの相性が非常に良いのである。

「で、どうする? アスタは」

「貴様がそうなら……我輩も“同じ力”で戦うとしよう」

 すると、アスタも同じガンズサンボの構えを取る。しかし、アスタの場合はダイクーンと違い、今までの膨大な実戦経験で培った技術のガンズサンボだ。

「アスタは今まで、“同じ”な状況はあったか? 装備、環境、体格。全てがほぼ互角の完全実力勝負」

「確かに、今まで無かったな……」

「俺もだ。決着をつけるぞ」

「良かろう。これが最後だ、ダイクーン」


 二人が異様に見えるのは、その距離だった。

 互いの間合いは非常に近く、アスタとダイクーンの右手の甲は接触している。素人からすれば、殺し合える距離の中で戦いだけが始まらない状況に見えるだろう。

 そして、勝負も突然始まった。

 二人は目にも留まらぬ速さで拳銃を引き抜き、互いの腹部へ向かって放つ。そして、互いの弾丸が防弾服で守られた瞬間、最後の戦いが幕を開けたのだ。


「「一発!!」」

 アスタとダイクーンは逐一拳銃を持ち替え、徒手格闘で絶妙な距離を保ちつつ、互いの腕を払い合う。

 その拳法の組み手にも見える様な動きには、膨大な情報、戦略、隙の探り合いが起きている。この時、二人が狙っているのは弾を眉間へ叩き込む為の“射線”だ。

 しかし、互いに狙いが解っている以上、その射線は払手や回避で外される。

 当然、このやり取りを間違うと死を意味する。

 二人の眼は限界まで見開かれ、視線は素早く上下左右へと動かされている。その先には、必ず拳銃と隙を狙う徒手格闘の攻撃が映されていることだろう。


「「二発!!」」

 二人が叫ぶと、同じ隙を狙って同時に弾が発射された。しかし、どちらも頬をかすめる所で弾を回避。決定打とはならない。

 ダイクーンがアスタを転ばせチャンスを生むも、彼女はその勢いを利用して鋭角なハイキックをお見舞いする。ダイクーンはそれを読み、攻撃を受け止めて銃を構える。だが、同時にアスタも銃を構えている。


「「三発!!」」

 互いに放った弾は、射線とタイミングが寸分違わず同じだった為に空中でかち合う。火花を散らす戦いとはこのこと、それ程までに隙が無いと言える。


「「リロード!!」」

 二人が弾を撃ち切ると蹴り飛ばし合い、その勢いを利用して距離を取りつつ互いに弾の装填を済ます。そして、並走しながら格闘の応酬が始まった……


 拳と拳がぶつかり、弾丸が交差する。二人は瞬く間に三発の弾を撃ち切り、再び仕切り直しとなる。

「目先を変えようぜ!」

 しかし、今回は装填をさせまいとダイクーンがナイフを取り出して突き出す。対するアスタはナイフを蹴り上げて宙返り。同時にナイフを強奪して斬り付け返す。

「む、浅いか!」

 ダイクーンは腕の装甲板で刃を弾き、反撃。粉砕した装甲板の破片が飛び散る中、ナイフをアスタから奪い返す。

「業物なんだ。返して貰うぜ」

「なら、鉛玉も貰って行け」

 しかし、アスタはその間に素早くリロードを完遂。先に装填した彼女が銃撃による先制を試みる。

 対するダイクーンは、咄嗟に銃口を手で弾き射線を躱す。そして、次撃を許すまいと彼女の腕を握った。

「おてて繋いじゃったな」

「次は接吻でもするか?」


 二人の首筋に筋肉が盛り上がり、全力の頭突きが打つかり合う。二人の額に血が滲み、空気が揺れる。

「がぁっ! キス下手くそか!?」

「すまんな、経験が乏しいのだ!」

 頭突きの衝撃で後方に怯み距離を取る両者。

 すると、アスタが先に銃を構えて発砲する。だが、ダイクーンは彼女へ近づく事で弾を紙一重で回避。今度は、残り一発の銃を巡って殴り合いが始まった。

 一撃の威力が破城槌並みの殴り合い。防ぐだけでも骨が軋み、大気が歪む。しかし、常人離れしていても人間。限界は来る。体力は減り、機敏さに翳りが見え始める。


(文献を読み漁っただけでこの身のこなし。天才は嘘では無いな。しかし、偶に見える辿々しい動き。やはり、実戦経験の少なさが理由か? なら、“学ばせて”みるか)

 アスタが強力な掌打を放つと、ダイクーンは受け身で衝撃を吸収。身体は吹き飛ばされつつも、ダメージは無い。

「距離なんか取らせねぇよ!!」

 ダイクーンは距離を詰めるべく間髪入れずに接近。すると、アスタも同じタイミングで前へ歩み出る。

 これにより、偶然にも二人は擦れ違う様な形で交差して距離を得る。そして、一時的な静寂が訪れた。


「今……“良いの”が入ったな? アスタ」

「ぐあっ!」

 アスタの肩から鮮血が飛び散った。ダイクーンの手にはナイフがあり、すれ違い様に斬った様だ。アスタは筋肉を収縮させて傷を塞ぐが、痛手には変わらない。

「待った甲斐があった。普通にナイフを使ったんじゃアスタには効かないからなぁ……フンッ!」

 ダイクーンが力むと、戦闘服の装甲裏から半円状の刃が出現する。至る所から生えたその隠し刃は、正に全身凶器と呼ぶに相応しいだろう。


「意外とこういうのが一番強かったりするんだよな」

「解らなくも無いが……少しは、自分の外部装備にも目をやると良い、ダイクーン」

 アスタは懐から拳銃を取り出す。その銃は彼女が使っている物とは別物。代わりに、ダイクーンのホルダーに収まっていた筈の拳銃が消えていた。

「ちっ……今更、弾の無い拳銃を取られても大した問題じゃない。近接すれば、勝ち目は俺にある」

「その理屈なら……我輩が距離を取れば、銃の分で有利ということだが?」

「「……」」

 沈黙が続く。そして、二人は同時に動き出した。


 ダイクーンは相手に銃を使う機会を与えない様、とにかく間を詰める。アスタはそれを格闘で応戦するが、相手の身体の各所にある刃が肉を斬り裂いていく。

(ゼイアの服のおかげで裂傷は最低限だが、この刃を完全に防ぐ手立てが無い……厳しいな、間に合うか?)

 ダイクーンは反撃されようが構わず、刃物による傷をアスタに負わせる。巻散る血潮は壮絶を物語り、極度の緊張が二人の残った体力を瞬く間に擦り潰して行く。


「認めるぜ、アスタ! 実戦は文献以上の学習効果がある! テメェと戦う度、上達を実感する!」

「よく今までそのなりを隠していられたな」

「国を変えるその時まで、鍛え、隠し、蓄えたからな!」

「今の貴様を野放しにすれば、犠牲を生み続ける! 改革の度に犠牲が伴っては、民の身が持たん!」

「俺は犠牲など出した事は無い! 最初からぶっ殺す前提の悪党を殺しても犠牲なんて言わねぇ! その過程で失われた命も、理想の成就で礎になる!」

「そんな屁理屈で、ラキヤタの死を我輩とゼイアが許しはしない! 必ず貴様に償わす!!」

「俺は最強だ! 出来るわけ無いだろうが!!」

 才能、力、狂気。全てが入り混じり、その顔には血管が浮かび上がる。瞬きを忘れ、剥き出した歯は悪魔的に映る。今のダイクーンは我を忘れた“魔人”だった。


「そろそろ終わりにしようや、テメェが死んでよぉ!」

 ダイクーンは刃物に着いた血液をアスタの目へ飛ばし、彼女がそれを回避する隙にナイフを突き出す。

 ナイフは彼女の腹部へ深々と突き刺さり、勝利を確信するダイクーン。しかし、すぐに警戒心を取り戻す。

 相手はアスタ、死ぬまで勝負は解らない。

「くっ、引き抜けねぇ!」

 ダイクーンが刺したナイフは、溶接してしまったかの様に動かなくなる。常人には致命の一撃でも、アスタの場合には限らない。


「だがなぁ、その技はもう見たぞ!!」

 ダイクーンは早々にナイフを手放し、アッパーカットを放つ。彼の腕には半円状の仕込み刃が出現している。まともに食らっては“開き”にされてしまうだろう。

「百も承知!」

 アスタは腕を盾に攻撃から身を守る。当然、腕は深い裂傷を負って大量に出血してしまう。

「タフだな! いつになったら死ぬんだよ!」

「その刃物は、我輩の血脂で切れ味を失ったな」

「バカが、テメェは血が足りなくてフラフラだろうが」

「まだやれる。我輩が生きている内は安心出来んぞ」

「いいや……もう終わりだ、アスタ。“コイツ”を見な」

 突然、アスタから距離を取るダイクーン。

 なんと、彼の手には今さっき彼女が使っていた拳銃が収まっていたのだ。ダイクーンはアスタと組み合った際、拳銃を奪取していたのである。


「今のお前に弾丸は躱せないだろ……確か一発、“まだ撃てて無かった”よな?」

「……止めておけ、貴様は我輩に勝てない。それでも撃つのなら……覚悟をして置くのだな、ダイクーン」

「忠告どうも。アスタでも命乞いをするんだなぁ? 可哀想に、ゼイアが不甲斐ない所為でお前は死ぬ!!」

「そうか……やはり救えんな。貴様は……」

「じゃあなアスタ・ビシャ・ザガン! 俺の勝ちだぁ!」

 魔に取り憑かれた様に高笑いするダイクーン。

 最早、今の彼に相手が善人か犯罪者かは関係無い。目の前にいる邪魔者を排除するだけだろう。

 そして、ダイクーンは引鉄を引いた……


 満身創痍のアスタに弾は避けれない。無慈悲にもアスタの眉間を狙った拳銃は火を吹いた。

 そう、信じられない程大きな“爆炎”を起こして。

「ぐあああ!!!??」

 絶叫していたのは、ダイクーンだった。

 彼の右手は爆発によって引き裂かれ、指が吹き飛んでしまっている。拳銃は銃身が“内側から”張り裂けており、出血するダイクーンの手で真っ赤に染まる。

 そして当然、アスタがその隙を見逃す筈もない。

 彼女は自分の腹部に刺さったナイフを引き抜き、素早くダイクーンの右腕に突き刺した。

 何が起きたのか理解及ばぬダイクーンに回避は不可能。アスタは刺したナイフに追撃の回し蹴りを放った。


「この愚か者が!!」

 ただでさえ重い彼女の蹴りは、刺したナイフを楔代わりに威力を高める。振り抜かれた一撃に慈悲など無い、ただダイクーンの右腕を肘下から全て“削ぎ落とした”。

「う、腕がぁああっ!?」

「一本の心配もするがいい!」

 回し蹴りを終えたアスタは体勢を翻し、勢いそのまま脚をダイクーンの頭上より高く振り上げた。

 その踵とダイクーンの間には、空中を舞うナイフがある。硬直して動かない自分の身体に対し、彼の頭の回転だけが加速して情景がゆっくり流れる。

 それは宛ら、罪を清算する断頭台の受刑者だった。

「ちくしょうっ……」

 アスタの雄々しい叫びと共に踵は振り下ろされ、その間に挟まれたナイフがダイクーンの左腕へ向かって行く。

 そして、彼の左肘から下の部位を空中へ弾き飛ばした。


 両腕を一瞬の内に落とされたダイクーンがよろめく。

 一方、アスタは飛び上がって彼の背後を取り、膝裏を素早く蹴り飛ばして押し倒す。そして、絶叫するダイクーンを無視し、アスタは手早く鎮圧を開始した。

「チクショオオオ! 殺せぇええ!! 殺してくれぇええ!! 頼む! チクショオオオオオオオ!!」

「黙れ!!」

 両腕を失い暴れるダイクーンをアスタが殴って黙らせる。そして、素早く相手の止血と拘束を開始した。


「その丈夫な身体を呪うのだな……貴様はなかなか死ねんだろう……」

 ダイクーンを気絶させて一息吐くアスタ。しかし、彼女は目眩を起こし、膝を着く。既に相当な深傷を負っている。血液を失い、体力の限界を迎えたのだ。

「さ、流石に……血を流し過ぎた……か……」

 アスタはその場で倒れる。そして、血溜まりの中で意識は暗い闇の中へ落ちて行くのであった……


 アスタは、瞼を通して光を感じる。その居心地の悪さから目を薄く開いた。まどろむ思考は鮮明となり、全身に走る痛みを感じる。

 これでは、目が無理矢理でも覚めてしまうだろう。

「い、痛いぞ……何だ、コレは……」

「アスタ!? 気が付いたか!!」

 特大サイズのベッドに寝ているアスタが辺りを見渡す。すると、隣にゼイアの姿がある事に気が付いた。

 しっかりとした医療設備や白い壁の内装、ここはゼイア邸の医務室内である様だ。


「……ゼイア……何がどうなったのだ?」

「気絶したお前とダイクーンを見つけ、使用人達で保護しつつ、女王がダイクーンを捕らえた事を敵に伝えた」

「……つまり?」

「我々の勝ちだ」

 アスタは緊張の糸が切れたのか、持ち上げた半身から力を抜き再びベッドへと沈んだ。

 現在、ゼイア邸の周りには取り敢えず待機する国騎士達がいる。そして、それをゼイアの使用人達が見張っているという状態にある。

 国騎士達には戦う余力があるが、エドリガムとダイクーンがゼイアの手中にある以上動く事は出来ない。


「まだ硬直状態だが……その内、女王が事を収める為に出ると言っている。今は、怪我をした使用人達の救護が始まった所だ……」

「ゼイア……ダイクーンはどこに?」

 ゼイアがベッドで横たわるアスタにも解る様、指を差し示す。するとその先には、大量の拘束具によってベッドに繋ぎ止められたダイクーンの姿があった。

「フーッ!、フーッ!」

 彼は既に目が覚めている様で、ゼイア達を睨んでいる。だが、口につけた拘束具のせいで喋る事すら出来ない。

「まるで猛獣だな。貴様はこれから生きて牢屋へ入れられる。完全敗北だ、ダイクーン……」

 ダイクーンは身体を揺らして拘束具を擦り合わした。


「アスタ。私が現場を見た時、ダイクーンの腕と破裂した拳銃が落ちていた……一体、あそこで何があった?」

 あの時、ダイクーンの分水嶺となった暴発した拳銃。

 あれは、アスタが予め三連装拳銃の三発目に“物を詰めて蓋をしていた”のが原因である。

 つまり、アスタの拳銃は二発までしか撃てない自爆装置となっていたのだ。

 ダイクーンは自身が言う通り本物の天才であり、戦えば戦う程に学習して強くなる。だが、実戦経験は少なく、想定外の出来事には反応が素人並みになる。

 アスタは、そこから見える“とある癖”に気付き罠を仕掛けたのだ。

「ダイクーンには、敵の技を学習して差を補完する癖があるのだ。だから、“敵の武器を奪う発想”を与えた」

「意図的に勉強させたのか……」

「である。そして、コイツは物見事に食い付いた。まさか、銃が自爆するとも知らずにな」

 ダイクーンは悔しそうに唸り続けていた。

「牢屋で“殺されない苦痛”に耐えるのだな、ダイクーン」


 するとそんな矢先、部屋の扉が開かれエドリガムが入って来る。彼女は、ゼイアとアスタに挨拶を述べた後、拘束されたダイクーンを見て神妙な顔をした。

「……ゼイア殿、アスタの御身体の方はどうですか?」

「アスタはなんとか……驚くべき回復力です」

「さすが最強の従者ですね……それにしても、今回は本当にありがとう御座いました」

「アスタ以外に止められませんから……これからダイクーンの移送ですか? 女王」

「ええ……彼の治療は終わりました。これから国の牢屋へ移送されます。ただ、その前に……少し話をしに来ました。ゼイア殿にも関係があるお話です」


 エドリガムは、ダイクーンの拘束用マスクへ手を伸ばす。それを見たゼイアは、“大丈夫か”と忠告をする。

 しかし、エドリガムは“理解ある人物”だと言葉を返し、ダイクーンの口の拘束を外した。

「エドリガム……俺を殺してくれ。でなきゃ自殺する」

「殺しませんし、ただの自殺は出来ないのでしょう?」

「何故そう思う……」

「ただの自殺は“逃げ”です。貴方は、自分を信じてくれた人達を裏切れないでしょう」

「今、政権を握れば……俺の責任がお前へ向かうぞ?」

「茨の道でしょう……でも構いません。そうしてでも、貴方には死んで欲しく無かったから」

「……いつの間にか我を通す様になったな、エドリガム。お前を操れると思っていた俺の見積もりは甘かったか」

「では、皆に話して下さい。貴方が理想を求めたきっかけ……ゼイア殿を巻き込んだ“本当の真意”を」


 エドリガムがそう言うと、ゼイアは小首を傾げる。自分が知る情報以外に何か“真実”がある様だ。

「私を巻き込んだ真意? どういう事だ、ダイクーン」

「……全ては、ゼイアをきっかけにして始まったんだ」

「待て、計画はパーティ前から始まっていたんだろう?」

「“過去”に会っているんだよ。お前が事故で両脚を無くした日、ゼイアを医者へ連れて行ったのは俺だからな」

「な、何だと……」

 ゼイアは衝撃のあまり、手に持っていた濡れタオルを床に落とした。ゼイアにとっての英雄、かつて自分を事故から救ってくれた人物が目の前にいるのだから。

「あんなに探したのに……」

「俺が無名の役人だった頃の話だ。それに、あの日の情報は全て消した。辿り着けなくて当然だ」

「何故、今の今まで黙っていたんだ……」

「言えるものか……俺の人生で“最大の汚点”だからな」

「汚点?」

「そもそも、あれは事故じゃない。隠蔽工作で捻じ曲げられた“事件”だった」

「……全て話してくれ、ダイクーン」


 事件が起きたあの日、ゼイアは母に連れられて町へ出ていた。事件当事者の内、生存したのは幼子のゼイアのみで情報はほぼ無い。しかし、それはとある“隠蔽工作”が働いていたからであった。

「ゼイア達を襲ったのは衝突事故じゃない……秘密裏に輸送されていた“キメラ体”だ」

「キメラ体だと!?」

「そして、輸送の“責任者”であり、当時の補助監督として輸送馬車の乗車を務めていたのも俺だ」

「なっ! 貴様、キメラ研究に加担していたのか!?」

 衝突した馬車が運んでいた積荷は、研究に使う予定だったキメラ成体のサンプル。所謂、極秘貨物である。

 事故が起きた時、関係者は全員が生きていた。しかし、麻酔が施されていたキメラが事故により覚醒、その獰猛な性質を現して皆に襲い掛かったのである。


「お前の母親は息子を守る為に殺され、俺の部下は目の前で喰われた。俺はキメラを撃退したが、幼かったゼイアは巻き添えで死にかけていた」

「なんだと……」

 本来であれば、ダイクーンは証拠隠滅の為にゼイアを見殺しにしなければならない。キメラ研究が世に出る事を避けるシェケダンの下す命令は絶対だ。

 しかし、ダイクーンはゼイアを助けるという選択肢を選んだ。彼はゼイアを救出し、全ての証拠を隠滅して事故に改ざん。逃げたキメラを別動隊と共に始末したという。


「何故、片棒を担いだ! 貴様が嫌う犯罪だぞ!?」

「“出世”したかった。高い地位に就かねば、国の改革に携われない。だから、怪しい仕事でも黙認した」

 ダイクーンが請けた仕事は“極秘貨物の配送”。運ぶ中身に対し、“知らない”を突き通すのが条件だった。

 ダイクーンが、キメラだと知らなかったのは事実。しかし、中身が公表出来ない物であると容易に想像は出来る。

 つまり、彼は己の躍進と引き換えに犯罪を黙認したのだ。宰相直下の命令となれば、出世を考える上で断る事は出来ないのだ。

 たが、結果として“未然に防げた”にも関わらず、見ず知らずの人命を奪う結末となったのだ。


「俺は居ない事になった。おかげで経歴は傷付かず、キメラの始末も遂行、失敗は帳消しになった。シェケダンは末端役人の俺を記憶していないし、出世も問題なかった」

「私の救出にそんな裏があったとはな……」

 事件以来、ダイクーンは出世と共に腐った王政府の惨状を多く目撃した。血筋、面子、汚職は当然、真面目な人間が割を食う姿を何度も見た。

「騙される方が悪いと、悪党が大手を振って歩く。子供が不幸になる姿を見る度、俺はゼイアを思い出した」

 ダイクーンは、そんな人達を一人でも救いたくて活動をした。だが、どれも結末は虚しい物だった。


「俺は目の前の人すら救えん。そう考えていた時、“あの日”がやって来たんだ」

「あの日?」

 その頃、ウィザード王国は前王が死去し、シェケダンはキメラ計画へ酔心するあまり政治活動が疎かになった。

 こうしてダイクーンは、決定権や権限こそ無いものの、雑用を任せる形で宰相となった。そして、功績を認められたダイクーンは“ある仕事”に従事する事となる。

「新王エドリガムの教育と監視さ」

 エドリガムはダイクーンと波長が合い、国の未来を模索する“未来の王”の姿を持っていた。

「最高の王が生まれる……俺の視界の暗雲は晴れた。計画を考えたのはこの日からだ」

 その日からダイクーンは、エドリガムを理想郷の王に据え、自分はその為の礎になろうと考える様になった。


「俺は犯罪者だ。無関係の人間を殺し、ゼイアから脚を奪った。だから死ぬべきだ。でも、先にエドリガムを王にしなければならない。だから、どんな働きもしたさ」

「そうか……よく分かった、ダイクーン……」

「ふふふ……ゼイア、失望したか? お前の英雄はただの犯罪者さ。なんてコトも無い存在なんだよ」

 ダイクーンは皮肉めいて口角を上げる。まるで、自らゼイアに憎まれたいかの様に。

「はぁ……くだらない……失望したよ、ダイクーン」

「だろ? 英雄の正体に絶望しろ、ゼイア」

「英雄にではない……失望したのは、お前の“夢”だ」

「……何?」

「アレだけ宣った夢が、ただの“自暴自棄”だとは」

「お前、今何て……」

「自分を許せないのだろう? ダイクーン」

「何だと……」

「犯罪者の自分が嫌いで、世界まで憎い。だから憎い物を巻き添えに、全て終わらせたかった。お前の夢は理想郷作りじゃない、“理想の自殺がしたかった”だけだ」


 ゼイアはダイクーンに言い放つ。すると彼は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてゼイアを見つめ返していた。

「俺が……犯罪者と無理心中したかったって?」

「そうだ。何も違わないだろう」

 空気が凍る。ゼイアは声色一つ変えず、歯に衣着せぬ物言いでダイクーンの核心を突いたのだ。

「……ぷっ、ふっはっはっ!! やっぱり、俺はお前の事が大嫌いだよ、ゼイア! ふっはっはっ!」

「……だろうな」

 ダイクーンは激昂せず、ただその真実に笑い出した。


「俺は、お前の発言を“否定出来ない”ことが嫌いだ。俺は、今まで人から同調されて来たからな……」

「なにを。敵対する者も多々いただろうが」

「“敵”なら、何を言われても関係ない。だが、“民”から否定されたのはお前だけだ」

 ダイクーンには、同じ立場から文句を言う者が居なかった。彼自身、賛同されるか敵かの二択だった。

 その点、ゼイアは“味方ではないが敵でも無い”。

「どう思おうと知らんが……私は、お前を“友人”だと思っている。同調だけが友人では無い」

「邪魔だなぁ……最後まで都合が良くない……」

 ダイクーンは俯き、瞼を閉じる。今開けば、成長したゼイアに対して涙が溢れてしまうから。

 ゼイアはとっくに、ダイクーンが脚を奪った事に怒る人物ではなくなっていたのだ。過去に囚われているのは自分だけ、既にゼイアは自分を超える器であったのだから。


「エドリガム、言いたい事は言った。両手が無くて不自由なんだよ。さっさと牢屋へ連れて行ってくれないか?」

「わかりました、ダイクーン……では、行きましょうか」

 ダイクーンは数人の使用人に立たされ、拘束されたまま歩かされる。扱いとしては特級犯罪者だ。

 彼が関与した処刑数は十万人を超えており、ウィザード王国の歴史史上類を見ない死亡者数を出した男である。

 しかし、彼を極刑にした場合の二次事件が起きる事を警戒し、罰は投獄される形となった。

 そんな彼の公的な最終刑期は六千八百年となる。

「じゃあな、ゼイア、アスタ。願わくは、お前らに苦難と不幸が訪れる事を願っているよ。だから……」

「……だからなんだ?」

「だから、まぁ……頑張れよ……色々とすまなかったな」

「……多少許してやる。しっかりと牢屋で頭を冷やせ、ダイクーン・フェナメノン」

「……バカだなぁ、裏切られたクセに」

 一瞬、彼の頬に一滴の雫が光って見えた。そして、ダイクーンは厳重な警備の下、エドリガムと共に医療室から出て行った。

 部屋には、アスタとゼイアだけが残された…。


「ゼイア。やっと終わったな、全部」

「この国は問題だらけだ。私も啖呵を切った手前、女王には協力せねばならない。結局、ダイクーンの思い描いた結末と近くなった様だ……憎たらしい」

「だが、ダイクーンは死ななかった。そこが違うだけでもかなり変わるだろう?」

「アスタ……奴は、変わるだろうか……」

「わからん。だが、人は本質を見抜かれると脆いものだ。崩れてから立ち上がった人間は変わる。いい意味でも、悪い意味でも。それでも戦うのなら本物だな」

「まぁ、奴は真面目だから六千年間服役するかもな」

「はぁー。それにしても今回は疲れたぞ、ゼイア」

「私も疲れた……そうだ、アスタが動ける様になったら少し旅行をしよう。多少、遊んでもバチは当たらん」

「む? それは命令か? 提案か?」

「勿論、命令だ。お前に仕事を与えるのが私の仕事だ。アスタ・ビシャ・ザガン、本当にお前と会えて良かった。最高の相棒だ。これからもアドレグループ……いや、“私”を頼むぞ? 新たな英雄」


 ゼイアは満面の笑みをアスタに向けた。全てが終わり、気持ちが軽くなったのか滅多に見せない笑顔だ。

「お主、笑うと可愛いな。もっと笑えば結婚出来るぞ」

「なっ! もう二度と笑わん!」

「こちらこそよろしく頼むぞ、我が主よ」

 アスタの高笑いが部屋に響き、ダイクーンを初めとしたこの事件は幕を閉じた。

 多くの人間を巻き込んだこの事件は、ウィザード王国の歴史的大事件として人々の心に刻まれるだろう。

 そして、その裏に隠されたアスタとゼイアの戦いも終わり、暫くの休息が訪れる。

 数奇な運命に翻弄される彼らの物語はまだ続く。だが今は、その幕を一旦閉じるのであった……

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